■立ち位置揺らぐ韓国

米国と中国の政治的な衝突がエスカレートし続けている。コロナウイルスの起源を巡る問題を象徴とし、南シナ海での中国軍の活動、香港・ウイグル問題における人権侵害、台湾への軍事的圧力、ファーウェイなどの中国企業に対する警戒など、米国の中国に対する不信は強まる一方だ。中国も米国からの圧力に対して強気な姿勢を崩そうとせず、世界の二大強国の鍔迫り合いは激しさを増す一方である。

写真=iStock.com/Oleksii Liskonih
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Oleksii Liskonih

当然であるが、米中の衝突の矢面に立つのは、東アジアの国々である。日本、北朝鮮、韓国らは難局を乗り切るために非常にセンシティブな政治的状況に置かれている。そして、これらの中で最も政治的な立ち位置が揺らいでいる国は韓国であろう。

韓国の蝙蝠的な態度には、北朝鮮・中国に対して最も最前線に立つ米国の同盟国でありながら、経済的に中国に大きく依存し、北朝鮮との民族的つながりを持つ特殊事情が背景にある。そして、現在の文正寅政権は、米国と中国からお前はどちらの味方なのか、と常に圧力をかけられるとともに、足をひっぱる兄弟である北朝鮮からも強い影響を受けている。

■米国が仕込んだ「踏み絵」、韓国は踏まなかった

韓国の置かれている難しい立場を象徴する出来事が5月29日にあった。

同日、韓国国防部は星州に置かれている迎撃ミサイル施設であるTHAADについて期限切れしたミサイルの入れ替えを断行し、同措置に関するメディア向けの記者会見を行った。この記者会見ではTHAADの性能改良とは関係ないことについても強調されていた。

THAADは米中による韓国への踏み絵のような存在だ。米国にとってはTHAADの配備は東アジア地域における米韓同盟の象徴であるし、中国はTHAADについて自国の脅威となるために反対してきている。

したがって、5月28日に香港に対する国家安全法をめぐって、米中両国の緊張が高まる中で、その翌日に政治的に難しいオペレーションに踏み切ったことは米国への秋波とみなすべきことだ。ただし、韓国は同時に性能改良とは無関係であることを明言し、中国に事前通達を行ったことで中国側の面子も立てている。

■米中双方のご機嫌取りに奔走する韓国

6月には米韓のテレビ国防会議が予定されていることもあり、それまでに最低限の行動を終えるという米側からの圧力が大きかったのではないかと推測される。文正寅政権の中国に対する配慮は板挟み状態を良く示している一幕であったと言えるだろう。(中国は現在やみくもに自国の敵を増やすわけにもいかないので過剰な反応はしなかった。)

韓国の現状はおっかなびっくり米中双方のご機嫌取りに奔走する黒ひげ危機一髪のような状況だと言えるだろう。

米関係の不信は基地負担問題でも噴出している。米国側はトランプ大統領のお得意の取引手法として、従来までの5倍、約50億ドルの基地負担額を韓国側に吹っ掛けてきていたと言われている。まずはハードルを上げて交渉するのがトランプ流の交渉術であり、日本に対してもトランプ政権は法外な基地負担額を求めてきたことが思い出される。

■なぜトランプは韓国に強気なのか

韓国側は在韓米軍の駐留経費として、前年比13%増の提案を行ったが、トランプ大統領はこれを拒否し、2020年以降の負担額の議論は宙に浮いた状態となっている。現在、米国側は前年比49%増の13億ドルを求めているとされているが、この水準で妥結する可能性は極めて低いだろう。

トランプ政権が韓国に対して強気に出ている理由は幾つかある。その中でも意外に知られないことは、トランプ大統領の大統領選挙時当初からの取り巻きには、在韓米軍の撤退論者がいることだ。

筆者がその人々と出会ったのは、ワシントンD.Cでの勉強会であった。勉強会の主催者は、ジョージ・オニール氏、D.C政界でも知る人ぞ知るロックフェラーの四代目にあたる人物である。筆者はD.Cでの情報収集活動を展開していく中で、偶然に同氏とのご縁を得ることになり、その勉強会に参加する機会を得ることになった。

■米国へのロビーイング代金の上位国は

勉強会はワシントンD.C郊外の施設で昼食を取りながらプレゼンテーションを聞く形で行われるものだった。参加者の詳細は書くことはできないが、議会関係者、メディア関係者などが多数存在していた。筆者の見立てでは、トランプ大統領独自の外交路線の根幹を形成する、トランプ大統領自身の考え方に近い立場の人々がいたものだった。

その勉強会のテーマは「全世界の国々が年間米国に対して幾らのロビーイング代金を費やしているか」であった。そのランキング上位には、ドイツ、日本、韓国の名前が並んでいた。(あくまで司法省公式データによるものであり、中国とサウジは別枠として扱われていた)

その際に、彼らが勉強会で指摘したポイントは、非常に興味深いものであった。彼らの意見は「ドイツ、日本、韓国は駐留米軍が存在している国であり、これらの国々は米国を戦争に巻き込もうとしている」というものだった。つまり、米国が世界の安全保障環境に関与することについて非常に懐疑的な立場を表明するものだったと言えるだろう。

■韓国が米側に舐めた交渉を続けた場合どうなる

筆者の率直な感想としては、トランプ大統領が時折見せる一国主義的な態度は、彼らの影響が表面化する際のものとして考えることが必要だ、と感じるものだった。

もちろん、この勉強会での人々の意見でトランプ政権の外交・安全保障政策の全てが決まるわけではない。そして、米中対立が表面化した現在において、米国が安易に東アジアの軍事バランスを損ねる決定を行うことは困難だろう。特に現状のように新型コロナウイルス問題で混乱が続く状態では、大規模にシステマチックな変化を断行することは想像できないものだ。

しかし、韓国のように米側の要求をブラフとみなして舐めた交渉を続けた場合、トランプ大統領が在韓米軍の大幅な撤退を決断し、朝鮮半島の軍事バランスに大きな変化が生じるリスクがあることも事実だ。

■早晩米国から見限られるということも

仮にトランプ大統領が再選されて、北朝鮮の金正恩との関係が現状以上に改善されることがあれば、それは在韓米軍の大幅撤退という未来につながる可能性がある。トランプ大統領は「朝鮮戦争の終結と朝鮮半島の非核化」の実績(結局何も起きなかったが)を掲げて、共和党議員らに2019年のノーベル平和候補に自らを推薦させた人物である。二期目の当選後のレガシーづくりには東アジア情勢は確実に絡んでくるため、トランプ大統領が北朝鮮カードを使ってくることは前提として頭に入れておくべきことだ。

もちろん、軍事的なタカ派やその関係者はその可能性を否定するだろうが、歴史が動く時とは常識を超える時だと知るべきだろう。その際、米中どっちつかずの態度を示す文正寅政権は、早晩米国から見限られるということも十分にあり得る。韓国という頼りない防波堤が米国によって見捨てられたとき、対中国の最前線は日本列島ということになるだろう。

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渡瀬 裕哉(わたせ・ゆうや)
早稲田大学招聘研究員
国内外のヘッジファンド・金融機関に対するトランプ政権分析のアドバイザー。
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(早稲田大学招聘研究員 渡瀬 裕哉)