ソニーは金融事業をどう生かすのか。写真は2019年9月の「Technology Day」で会見した吉田社長(撮影:梅谷秀司)

新型コロナウイルスの影響で先行きの見通しが立てづらくなる中、ソニーが次の大きな一手を繰り出した。上場子会社のソニーフィナンシャルホールディングスを約4000億円かけて完全子会社化する。7月13日まで株式公開買い付けを実施し、65.04%の持ち株比率を100%に引き上げる。

5月19日の経営方針説明会で完全子会社化を発表した吉田憲一郎社長は「金融は、エレクトロニクス、エンタテインメントと並ぶコア事業で、長期視点で成長領域と位置づけている」と語った。

4000億円もの巨費をつぎ込んで完全子会社化するのは大きく3つの狙いがある。1つ目は吉田社長が「コア事業」と述べたとおり、ソニーの事業ポートフォリオ内で金融事業の位置づけを強化することだ。

自社の技術と金融事業の融合を加速

吉田社長は2018年の社長就任以来、「人に近づく」をキーワードに経営戦略を構築すると明言してきた。BtoB事業へのシフトが鮮明なパナソニックや、日立製作所などのほかの電機大手とは一線を画し、DTC(Direct to Consumer)のアプローチを重視している。

ソニーフィナンシャルは傘下にソニー生命、ソニー損保、ソニー銀行を抱える。いずれも個人向けの業務が中心だ。ソニー損保の自動車保険は店舗を介さない「ダイレクト型」を日本に広めてきた先駆者的存在で、シェアも高い。ソニー銀行も個人向けに特化しており、吉田社長は会見でソニーフィナンシャルが展開する事業を「ソニーのDTCの原点」と述べた。

現在もソニーのほかの事業と金融事業はいくつかの協業事例がある。たとえば、スマートフォンアプリを通してAI(人工知能)とクラウドを活用し、事故リスクの低いドライバーの保険料をキャッシュバックする自動車保険商品「GOOD DRIVE」や、ソニーコンピュータサイエンス研究所が持つAI技術による要因解析システムを使った損保事業のマーケティング分析などだ。ソニーの持つ技術と金融事業の融合を今後加速させる。

2つ目の狙いは、経営基盤の安定化だ。ソニーフィナンシャルについて、「安定的な高収益を今後も期待できる事業で、ソニー全体の収益を安定させる役割を果たす」(吉田社長)としている。

5月13日に発表したソニーの2020年3月期決算は減収減益だったものの、営業利益は前期比5.5%減の8454億円と高水準をキープした。収益柱の一つでCMOSイメージセンサーに代表される半導体関連の拡大が業績を下支えした。一方、セグメント別では金融事業の営業利益が1296億円と貢献度は小さくない。前期比29%減益のパナソニックや37%減益のシャープと比べて、ソニーは新型コロナの影響による”傷”が比較的浅かった。

それでも先行きは不透明だ。ソニーは2021年3月期の業績予想を出していないが、十時裕樹CFOは「2020年3月期実績から少なくとも3割程度の減益となることが試算される」と危機感をあらわにした。収益性が低いテレビなどのエレクトロニクス部門がコロナの影響を受けるほか、映画や音楽といったコンテンツ系の部門でも、今後制作の遅れになどよるマイナス影響が徐々に出てくる。

事業の多様性が安定につながる

一方、ソニーフィナンシャルは2020年3月期は純利益が前期比19.9%増だった。こちらもコロナの影響から算定が難しいとして、2021年3月期の業績予想は出してない。ただ、国内の個人を中心とした事業特性から影響はあまり大きくないとみられる。5月19日のソニーの経営方針説明会でも、「(金融事業を含めた)事業の多様性が経営の安定につながる」と強調した。

そして3つ目は、完全子会社化でソニーグループの企業価値を高める狙いだ。現在、ソニーフィナンシャルの保有株比率は65.04%。これは「(親会社として)リスクは100%ソニーが取っていて、利益は65%しか来ない状態」(十時CFO)という不満があった。

だが、完全子会社化によってソニーフィナンシャルの利益のすべてを取り込めるため、2022年3月期以降は年間400億〜500億円の純利益の増加につながると見ている。また、一体化することで意思決定が一元化され、経営判断などが迅速になる効果も期待される。

3つの狙いだけでなく別の意味もある。アメリカのヘッジファンド、サード・ポイントは2019年6月にソニーの半導体部門と金融部門の切り離しを求める書面を公開していた。だが、2019年9月に半導体部門を「成長を牽引する重要な事業」として分離を拒否。そして今回、金融部門を完全に取り込む。いわば、ファンドの要求に「NO」を示した形だ。

買収のタイミングも”最適”だったといえる。コロナウイルスの影響でソニーフィナンシャルグループの株価は右肩下がりだったからだ。2020年2月6日に2690円の年初来高値をつけたが、3月23日には一時1494円まで下がった。株式公開買い付けは1株当たり2600円で、直近の株価の3割のプレミアムをつけた。だがこれはコロナの影響で株価が下がる前の水準である。

社名変更を行う大きな意味

5月19日の経営方針説明会では、もう一つ大きな発表があった。「ソニー」から「ソニーグループ」への社名変更だ。これまでソニーには、本社機能に加えてエレキ事業の機能もあった。それをよりグループ本社機能に特化する。

実は、社名変更に至る兆候があった。2020年4月1日にテレビやオーディオ、スマホ端末といったエレキ製品の事業を統括する中間持ち株会社、ソニーエレクトロニクスを設立している。2021年4月から本社をソニーグループと社名変更した後は、ソニーエレクトロニクスが1958年以来使ってきた「ソニー」の社名を継承する。

この再定義の意味は大きい。なぜなら、エレキ事業の中間持ち株会社(ソニー)が、半導体子会社(ソニーセミコンダクタソリューションズ)や音楽事業の子会社(ソニー・ミュージックエンタテインメント)、そして完全子会社化後のソニーフィナンシャルと同等の位置づけになるからだ。ここからは、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というスローガンの下、エレキ企業から本格的に変わる意志がにじみ出ている。

新型コロナによる社会の変化を捉えて、ソニーがどう変わっていくのか。就任3年目の吉田社長にとって、今期はソニーグループの方向性を占う重要な年となりそうだ。