強大化する中国について、警鐘を鳴らす識者が急増している(写真:NOV/PIXTA)

戦後最悪の経済危機が叫ばれるなか、戦後の繁栄や国際協調を支えてきた「リベラルな国際秩序」を続けるべきかが大きな議論となっている。

とりわけ「リベラルな国際秩序」の産物であるグローバル経済の深化や、強大化する中国について、警鐘を鳴らす識者が急増している。

「リベラルな国際秩序」を続けるべきか否か──『リベラルvs. 力の政治』に所収されている、「世界最高の知性」と称される歴史学者ニーアル・ファーガソンのインタビューをお届けする。インタビュアーは、カナダの著名な評論家であるラッドヤード・グリフィスが務めた。

リベラルな国際秩序とは何か

ラッドヤード・グリフィス(以下、グリフィス):根本的な問いから始めたいと思います。リベラルな国際秩序の定義とは何か、です。この言葉にはいくつかの見方や意味が考えられるからです。この言葉の意味を明かしてください。


ニーアル・ファーガソン(以下、ファーガソン):この言葉を初めて聞いたとき、まるで「母性とアップルパイ」と聞いたときのようだなと思いました。誰だってリベラリズムに反対などしようもない。「国際的」についても同じです。「秩序」も望ましいことでしょう。
 
しかし、それらの言葉をつなげると、安直な歴史理論が出来上がります。世界がこんなにすばらしいのは、1945年からの戦後にリベラルな国際秩序が確立したからだ、というものです。

さまざまな国際機関──国際連合、欧州連合、そして世界貿易機関など──です。それがこのすばらしい愛すべきグローバル経済を作り出し、そこでは財、人、資本が自由に行き交い、世界はかつてなく平和に繁栄するようになった、と。

私はそれがナンセンスで、実際、歴史の捏造であると思っています。それはフェイクニュースよりもたちが悪いものです。

グリフィス:そのリベラルな国際秩序批判論についてうかがいましょう。なぜなら、あなたはリベラルな国際秩序の危機は、一連の脅威に加え、身から出た錆でもあると信じておられるからです。脅威は内にあり、有権者に関わっており、世界の先進資本主義民主体制の内部で起きたことに関わるものとされていますね。

ファーガソン:グローバリゼーションがなしたことを考えてみると、それは私たちのような人間、すなわち私やラッドヤード、あなたにさえ特大の恩恵をもたらしたというほかはありません。それは、世界的な財の市場統合、資本市場の統合、そして移民の恩恵を受けた1パーセントの人間にとって、実にすばらしいものでした。

私は英国からの移民です。だからわれわれがリベラルな国際秩序はすばらしいと考えても無理はない。われわれにとって現にすばらしいものだったのですから。問題は、これは過去にも見られたことですが、財や人や資本の国境を越えた移動を過度に許しても、その恩恵は平等に及ぶわけではないということです。

実際、先進国のかなりの割合の人々は、私が「ハイパー・グローバリゼーション」と呼ぶものから何の恩恵も受けていないのです。

グローバリゼーションの実験は80年代から90年代にかけては実にうまくいきました。しかしわれわれは行きすぎてしまった。そしてこの移民、資本移動、貿易を巡る行きすぎは、所得配分の最底辺に属する人々には後ろ向きな結果をもたらしました。忘れないでください。

カナダでもアメリカでも大半の欧州国でも、このリベラルな国際秩序の恩恵の大半は上位20パーセントの人々の手に渡り、本当に大きな果実はトップ1パーセントの人々がつかみ取りました。

所得分布の下位に属し、大卒未満で、比較的に未熟練労働者である人にとっては、この20年間は貧しいものでした。実際、暮らし向きは1999年当時よりも悪くなっているはずです。

そしてポピュリストたちがリベラルな国際秩序を攻撃するのはなぜか、彼らはどうして「グローバリスト」という言葉を悪口にしているのかを解き明かすなら、それは多くの人々が負け犬になっているからにほかなりません。

ドナルド・トランプに限らず、世界中の公職候補がこぞってグローバリゼーションはもうたくさんだと叫び始めています。巻き戻し調整が必要です。移民を制限しなければなりません。貿易協定を再交渉しなければならないのです。

中国が最大受益者の国際秩序を続けるのか

グリフィス:いくつか反論を試みさせていただきます。第一の論は、現在の国際秩序は大いに成功している、それはそれ自体が優れているばかりか、次善と思われる秩序よりもはるかに成功したではないか、というものです。

リベラルな国際秩序の伝統的な競争相手である中国やロシアの政体を見ると、金融や人間開発、そして社会のあり方としてぞっとします。次善の代替策が魅力を欠くのに、どうしてリベラルな国際秩序をかけがえがないと考えないのでしょうか。

ファーガソン:話をうかがっていて奇妙に思いましたよ、ラッドヤード。なぜなら、私の見るところ、リベラルな国際秩序のたっての受益者は、中華人民共和国とそれを率いる中国共産党だからです。

私はもうダボスへは出かけません。ダボスで習近平によるリベラルな国際秩序の擁護論を聞きたくはないからです。中国の共産主義者の口から自由貿易や資本の自由な移動について聞かされるのは奇妙な話です。

そしてこれは、リベラルな国際秩序のどこがおかしいのかを考える糸口になります。その最大の受益者──1980年代からこの方は間違いなくそうでした──は、政治的にはおよそリベラルとは言えない一党独裁国家なのです。

この秩序の最大の受益者は、カナダでもアメリカでも欧州でもなく中国です。中国は勝ち組でしたし、それがリベラルな国際秩序というもの自体への疑問をもたらしているように思われます。主たる受益者が一党独裁国家中華人民共和国であるなら、いったいどうしてそれをリベラルな秩序と言えるのでしょう。

グリフィス:ハードパワー(軍事力や経済力的な威嚇に基づく国力)についてうかがいます。あなたは歴史家として、それについてのたっての識者だからです。

世界のハードパワーの分布を考えると、全世界の軍事費の55パーセントはただ一国、アメリカで支出されています。それは現状の体制が維持されることの証拠ではありませんか。なにせハードパワー面でのアメリカとその競争相手は、大人と子どもとしか言いようがないのですから。

戦後の平和はアメリカの突出した軍事力によるもの

ファーガソン:ちょっと用語に気遣うべきかもしれませんね。さもないと何事も、アメリカの軍事費も含めて、リベラルな国際秩序のためとしてしまいかねませんから。

もし1945年から後の戦後世界がそれに先立つ半世紀よりも平和であったとしたなら、その主たる理由は国際連合が創設されたからではなく、ましてや欧州連合ができたからでもありません。主たる理由は、アメリカが1920年代や30年代よりもずっと深く関与、引率したことです。

アメリカの軍事予算をリベラルな国際秩序の一面を表す指標とするなら、言葉が用をなしません。アメリカの防衛予算が高止まりしている理由は主に、革新派ではなく保守派の政治家のおかげだからです。もっとも「国際」的とは言えるでしょう。アメリカは同盟関係と軍事駐屯によってパックス・アメリカーナを課しているからです。

そして「秩序」という部分も成り立ちます。しかしそれは、アメリカという最強国家一国に立脚した秩序です。リベラルな国際秩序という用語に意味を持たせるには、定義が必要でしょう。

20世紀後半から21世紀に入ってからの四半世紀の相対的平和を、リベラルな国際秩序のお陰とすることはできません。その真の功績がアメリカという一国家に帰するものであり、アメリカの強さは主に保守派の政治家が防衛費を割合に高止まりさせなければならないと主張しているからだとするならです。

それもある種の秩序体制ではありますが、一歩引いて考えてみると、現世紀の1つの際立った特徴は、パックス・アメリカーナの崩壊であると思われます。その正統性の、そして有効性の喪失です。それはイラクで最も明らかであり、アフガニスタンは言うに及びません。

このように、私には国際秩序そのものが目の前で崩壊しつつあるように思われます。1945年から後、パックス・アメリカーナは大きな物語だったと思います。ですが9.11から後の大きな物語は、その崩壊だと思います。

グリフィス:最後にもう1つ議論したいと思います。閉じられた体制と開放的な体制についてです。リベラルな国際秩序の賛成論者は、その強みの1つは開放的であることだと言います。世界中に広がるネットワークに基づいているからであり、それは過去数十年にわたってうまく機能してきたはずだ、と。

一方、競争相手や他のやり方は閉鎖的な体制で、たっての例は独裁的国家である中国です。では、歴史上、こうした開放的な体制が閉鎖的体制に敗れた例はありますか。そして開放的な体制がつねに勝つのだという考えに与さない理由がありますか。

ファーガソン:リベラルな国際秩序と、中国をはじめとする他の独裁的体制との間に一線を画するのなら、読者を混乱させることになると思いますよ。なぜなら、事実としてリベラルな国際秩序は中国のような閉鎖的社会にとても強い追い風になってきたからです。

そして実際、1980年代から後のグローバリゼーションの主たる受益者は中国のような国です。貿易については国際ルールを取り入れ、資本移動についても部分的にはそうしたものの、民主主義については一切の妥協をしませんでした。これは現代のパラドックスですよ。

世界貿易機関(WTO)や国際通貨基金(IMF)などの機関や、グローバルな通商ルールを定めたという意味では、リベラルな国際秩序は存在します。彼らは中国人に、よかったら一緒にやりませんかと声をかけた。さらにルールをひどく捻じ曲げてまで中国をWTOに迎え入れ、同国の通貨もIMFの特別引出権(SDR)に組み込んだ。

こうして作り上げられた国際秩序を中国はフルに利用したのです。中国はそれによって少しでもリベラルになったわけではなく、むしろ法治不在の一党独裁を正当化したのです。それが、この計画全体の弱みの中心です。

西側は、自由貿易体制を作ろう、そうすれば世界中の独裁体制は我々のすばらしき民主主義体制へと移行する、と考えていました。それがビル・クリントンの考えで、フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』(三笠書房)の論法です。

ところが、どうでしょう。そうはなりませんでした。実際には、イリベラルなエセ民主主義国や中国のような正真正銘の専制体制がグローバリゼーションの背景でとてもうまくやったのです。

彼らはGDPシェアを大きく伸ばしました。いいですか、中国のGDPシェアは今や、購買力平価ベースで見るとアメリカとカナダのそれを合わせたよりも大きいのですよ。

この傾向は募るばかりです。だから彼らはすばらしきリベラルな国際秩序の勝者です。それは私をいささか、神聖ローマ帝国は、神聖でもローマ的でも帝国でもなかったと言ったヴォルテールのような不安に陥らせます。リベラルな国際秩序など、リベラルでも国際的でもさして秩序だった体制でもありません。

第1次世界大戦の惨劇は過度なグローバル化がもたらした

グリフィス:面白いご指摘ですね。最後に、リベラルな国際秩序が強い重圧にさらされ、ある種の終焉に向かっている兆候は何か見いだせますか。すでにリベラルな国際秩序の衰退の兆候として、ブレグジットとドナルド・トランプについて話しましたが、もっと大きな変化の予兆としては、何を見いだしますか。

ファーガソン:「ポピュリストはきっと未来永劫にすべての選挙に勝ち続けるだろう」というのは素人考えです。そうならなかったときに、「ほら見たことか、すべて空騒ぎだったんだ」ということになる。

私は英語圏で2016年に起きたポピュリストによる巻き返しは、全体像の一部でしかないと思っています。すでに2008年には、金融危機が国際的な金融体制の脆弱さを暴露しました。私は、国際金融体制は今も脆弱であると思うし、比較的近い将来、おそらくは中国を震源地に、次なる金融危機が起きても驚きません。

となると、問わなければならないのは、このすばらしい体制は世界で最も無秩序な地域すなわち北アフリカと中東に秩序をもたらせるのか、ということです。現時点では安心材料はあまりありません。私が恐れるのは、事態の好転を待たずにさらに悪化することです。

シリアとイラクばかりか、さらに広い地域に紛争と失敗国家が広がるのではないか、ということですよ。だからさらなる危機の萌芽を探すなら、政治や単なるポピュリズムに注目しても意味がありません。それはリベラルな国際秩序が問題を抱えていることの1つの兆候にしかすぎません。むしろ次なる金融危機、そして次なる紛争に目を向けることです。

歴史は大きな教訓を残しているのです、ラッドヤード。これは私が強調したい点ですが、ハイパー・グローバリゼーションの実験は過去にもやっていることです。19世紀後半にね。

当時、移民と貿易はほぼ野放しでした。国境を越えての資本移動も、無規制同然でした。とてもグローバル化された世界だったのです。

当時、その恩恵を受けた1パーセントの人々は、わが世の春でした。そして当時の人々は、この新たなる国際秩序の下では戦争などもう決して起こらない、なぜなら万事が順調なのだから、と信じて疑いませんでした。

残念ながら、ポピュリストの反動は、やがては1914年の第1次世界大戦という最大の危機を頂点とする一連の動乱の始まりにすぎませんでした。戦争もまた実にグローバルになることがあるものです。リベラルな国際秩序が本当に失敗したとわかるのは、20世紀初頭に犯した失敗を繰り返したときです。そしてそれは大きな紛争を生むでしょう。