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12月12日に発売し、度重なる増刷が続く入山章栄氏の最新刊『世界標準の経営理論』。本書は800ページを超える大作となっているが、初めから読む必要はない。ビジネスに関わる全ての人が、思考を深化するための辞書のように利用できる。

著者は、いま日本の企業にもっとも必要な理論のひとつとして「センスメイキング理論」を掲げる。センスメイキング理論とは「組織のメンバーや周囲のステークホルダーが、事象の意味について納得(腹落ち)し、それを集約させるプロセスをとらえる理論」。今回は、この理論を3つの段階に分けて解説する。

センスメイキング理論とは何か

 前回までに、実証主義と相対主義という、根源的な物事の見方(=哲学的な立ち位置)とその違いを理解いただいた(図表1)。そして本書で取り上げるセンスメイキングは、認識論的相対主義に近い立場を取る(※1) 。この前提を踏まえながら、センスメイキングの解説に入っていこう。

プロセス(1):環境の感知

 センスメイキングの全体像は、相対主義を前提として、主体(自身・自身のいる組織)と客体(周囲の環境)の関連性についての、ダイナミックに循環するプロセスとしてとらえられる。図表2をご覧いただきたい。プロセスは大きく(1)環境の感知(scanning)、(2)解釈・意味付け(interpretation)、(3)行動・行為(enactment)に分けられる。以下、順に解説しよう。

 まずは、プロセス(1)の「環境の感知」である。ここで前提として押さえていただきたいのは、センスメイキングは、新しかったり(novel)、予期しなかったり(unexpected)、混乱的だったり(confusing)、先行きが見通しにくい(uncertain)環境下で、重要になることだ。先のマイトリスらのAMA論文では、そのような環境を、以下の3種類に分類している。

・危機的な状況(crisis)

 市場の大幅な低迷、ライバル企業の攻勢、急速な技術変化、天変地異、企業スキャンダルなどに直面した時である。実際、ワイクの研究には米スリーマイル島の原子力発電所の事故の事例など、危機的な状況での組織の対応をセンスメイキングで説明するものが多い。前回のアルプスでの偵察部隊の遭難事例も、ここに当たる。

・アイデンティティへの脅威(threat to identity)

 例えば、急激な業界環境の変化によって、自社の事業・強みが陳腐化して、「この会社はそもそもどうしていけばいいのか」「我々は何の会社なのか」といった、自社のアイデンティティが揺らいでいる状況である。

・意図的な変化(intended change)

 先の2つは、企業が意図していない環境変化だった。一方、企業が意図的に戦略転換を行う時にも、それがいままでに行ったことのない新しいものなら、センスメイキングが重要となる。すなわち新事業創造や、イノベーション投資などだ。

 このように考えると、筆者が前回「センスメイキングがこれからの日本企業に必要」と述べた理由が、おわかりいただけるのではないか。上記3つのいずれも、日本企業が現在直面している状況であり、今後さらに直面する可能性が高いからだ。現在、多くの日本企業が急速な事業環境の変化に見舞われつつある(=crisis)。そしてこの急激な変化の中では、企業自身が意図的に変化し、イノベーションを創出しなければ生き残れない(=intended change)。しかし一方で、「そもそもこの会社の存在意義は何か」が揺らいでいるために、自社の大きな方向性に腹落ちがなく、結果として変化ができない企業は実に多い(=threat to identity)。

(※1)_より正確には、ワイクのセンスメイキング認識論的相対主義と関連する「社会構成主義」にルーツを持つとされる。社会構成主義では、現実の社会に存在する事実・実態とは、人々の認知の中でつくり上げられたものであり、それを離れては存在しないと考える。社会現象とは天から与えられるものではなく、人の認識・解釈プロセスを通じて創造され、制度化され、慣習化していく、ととらえる。

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