●泥酔客のせいで店のトイレが使用不能に

「ゲームソフトを借りていった友人が翌日に引っ越しをし、ゲームソフトが戻ってこなかった」――。こういった理不尽な状況に遭遇して沸々とした怒りを覚えた経験を持つ人もいるのではないだろうか。

このケースのように、日々の生活において社会通念上、「モラルに反するのではないか」と感じる出来事に遭遇する機会は意外と少なくない。そして、モラルに欠ける、あるいは反していると思しき行為であればあるだけ、法律に抵触しているリスクも高まる。言い換えれば、私たちは知らず知らずのうちに法律違反をしている可能性があるということだ。

そのような事態を避けるべく、本連載では「人道的にアウト」と思えるような行為が法律に抵触しているかどうかを、法律のプロである弁護士にジャッジしてもらう。今回のテーマは「トイレの不法占拠」だ。

泥酔してトイレに数時間居座り、他の客に迷惑をかけるのは法律的にセーフ? アウト??


28歳のCさんは都内で居酒屋を経営している。提供する料理はどれも自信を持っているが、特にお客から好評なのが新鮮な鴨肉を用いた鴨鍋だ。寒い時期になるとこの旬の味を求め、多くの人が遠方から店に足を運ぶ。忘年会や新年会が続く年末年始は、Cさんの店にとってまさに書き入れ時となる。

そんな年の瀬の迫ったある日、お店は得意客をはじめとする予約客で満員となっており、Cさんもフル回転でオーダーをさばいていた。20時を回り、いよいよ忙しさがピークに達しようとするその矢先、店員が近寄ってきてCさんに「トイレが開きません……」と声をかけてきた。2つあるうちのトイレの1つは運悪く前日に故障して使用不能になっており、残りの1つのトイレが内側から鍵を閉められた状態でいくら経っても中から人が出てきた気配がないという。現場に駆け付けたCさんは「コンコンコン」とノック。続けて「どなたか入っていらっしゃるのですか? もうずいぶんと出てこられないようですが、何かありましたか?」と問いかけても、何の反応もなかった。内側から鍵がかかっている以上、誰かが中にいるのは間違いない。ただ、いつ出てくるかわからず、コミュニケーションもとれない以上、他の客がいつになったらトイレを使用できるかわからない――。

料理の提供をしないといけないCさんは、店員の1人に引き続きトイレ内に呼びかけるよう促した。同時に、どうしても「急を要する人」には徒歩5ほどの場所にある最寄りのコンビニを案内し、そこで用を足してもらうよう誘導しろと指示して厨房に戻った。事情を知ったお客は寒風吹きすさぶ中、往復約10分かけてトイレに行くはめに。その中には、得意客のBさんもいた。酔いも回っていたのだろうか、Bさんは帰り際、Cさんに「トイレが使えない店なんか二度と来るか!」と吐き捨てた。上客であるBさんにそのような辛辣な言葉を浴びせられ、Cさんは心を痛めた。Bさん以外にも、不平不満を言った客は少なからずいた。

そろそろ店を閉める準備をしだした23時過ぎ、おもむろにあの「開かずのトイレ」のドアが開いた。中から出てきたのは、1人で来店していたサラリーマン。飲みすぎてトイレで吐いているうちに、そのままトイレ内で数時間寝込んでしまったようだ。思わぬ形でトイレを「不法占拠」された揚げ句、得意客であるBさんをはじめとする多くの客からクレームを言われたCさんは、「こいつのせいで……」と湧き上がってくる怒りをこらえることができなかった。

このようなケースでは、サラリーマンの行為は法律違反にあたるのだろうか。安部直子弁護士に聞いてみた。

●不退去罪が成立する可能性はある?

Cさんは、経営する居酒屋で午後8時くらいから午後11時の閉店間際までお店のトイレを特定の客(泥酔したサラリーマン)に占拠されました。このことでCさんのお店の他の客が気分を害し、客離れの損害も発生しています。

今回の泥酔したサラリーマンの行為には、どういった法的問題があると考えられるでしょうか。

まず、今回のサラリーマンは居酒屋の客ですし、直接的に他の客や店員に危害を加えたわけではありませんので、今回のサラリーマンの行為は、犯罪には該当しません。

サラリーマンが居酒屋のトイレに長時間こもり、他の客が帰ってしまうなどのお店への損害が発生しており、お店の人が、明確に退去を求める声を繰り返しかけても退去しなかった場合、刑法上の「不退去罪」(刑法第130条後段)という犯罪が成立する可能性があります。

○不退去罪とは

不退去罪とは、人の住居や建造物などに入った人が、所有者や管理権者から退去を求められても退去しなかったときに成立する犯罪です。たとえば押し売りなどが家に入ってきたときに、居住者が「帰ってください」などと言っても出ていかずに居座った場合などに不退去罪が成立します。不退去罪の刑罰は「3年以下の懲役または10万円以下の罰金刑」です。

○住居侵入罪と不退去罪の違い

「不退去罪」と「住居侵入罪(建造物侵入罪)」(刑法第130条前段)は似ていますが異なる犯罪です。

建造物侵入罪は、建造物に侵入する際に既に「不法な目的」を持っており、管理者の意思に反して不法侵入したときに成立します。不退去罪の場合、侵入の際には管理者の意思に反せず適法に建物内に入りますが、建物内で管理権者から退去を求められても退去しなかった場合に成立する犯罪です。

住居侵入は「初めから不法侵入」であるのに対し、不退去罪の場合には「当初は適法だったけれども後に管理権者の意思に反して不法占拠」する点に違いがあります。

○本件の客の場合

本件でCさんのお店のトイレに居座ったサラリーマンは、もともと居酒屋の客として店内に入ってきた人です。お店はお客様に開かれた空間ですし、サラリーマンは居酒屋で飲食する目的を持っていたと考えられるので、店内に入ったこと自体は建造物侵入罪になりません。

しかしトイレに長時間こもり、お店の人が迷惑に感じて「出てきてください」「お店から出ていってください」と繰り返し明確に退去を求めたにもかかわらず出ていかなかった場合には、その時点で不退去罪が成立する可能性があります。

○退去を求めなかった場合には成立しない

不退去罪が成立するには、建物の管理権者が占拠者へ「退去を求める」必要があります。退去を求められても出ていかなかったことが不退去罪の構成要件の一つだからです。

お店の人が「出ていってほしいなぁ」と思っていても明確に「出ていってください」と言わなければ不退去罪は成立しません。実際、居酒屋などでお店の人がトイレにこもったお客さんに向かって「今すぐ店から出ていってください」などと強く申し入れることは困難な状況が多いでしょう。

本件でもCさんは泥酔したサラリーマンに対し、トイレのドアをノックして「どなたか入っていらっしゃるのですか? もうずいぶんと出てこられないようですが、何かありました か?」と声をかけるのがやっとであり、後は店員に「継続的に声をかけるように」と言い残しただけです。これだけでは「退去を求めた」とまでは評価されないので、サラリーマンには不退去罪が成立しません。

また、今回のサラリーマンは泥酔していたため、退去を求められたのに退去しないことに、故意があったといえるかも微妙なところです。

●不法行為が成立する可能性はある?

泥酔したサラリーマンがトイレに立てこもったことは、民法上の不法行為(民法第709条)にならないのでしょうか?

不法行為とは「故意や過失にもとづく違法行為によって他人に損害を与えること」です。サラリーマンは長時間トイレにこもっていますが、この行為が「故意や過失にもとづく違法行為」といえるかが問題です。

通常、居酒屋内のトイレはお客さんが自由に使える空間なので、サラリーマンがトイレを使うこと自体は違法ではありません。また居酒屋では酔った客がある程度長い時間トイレにこもることも社会通念上相当といえるので、長時間こもっただけで「違法行為」とまでは言い難いでしょう。

ただし、他の店員がサラリーマンに対して繰り返し明確に店からの退去を求めたにもかかわらず出ていかなかった場合には、先述のように「不退去罪」が成立する可能性があります。不退去罪が成立する場合には民法上も違法行為と評価されますので、店に損害が発生していれば不法行為が成立すると考えられます。

○対策として貼り紙や掲示をしておくべき

今回、サラリーマンが長時間トイレにこもったことによってCさんや店員たちは迷惑していますが、「3時間程度トイレにこもられただけ」では必ずしも民法上の不法行為が成立するわけではなく、店員が強く繰り返し退去を求めない限り不退去罪も成立しません。

今後の対策を検討するなら、Cさんたちは長時間のトイレの利用を禁じる内容の貼り紙や掲示をしておくべきです。

「1時間以上トイレを使用する場合には店内からの退去を求めます」などと、退去を求める基準をはっきり書くとよりよいでしょう。退去請求の基準をわかりやすく掲示していれば、実際にお客さんがトイレに1時間以上引きこもったときに「貼り紙にも書いてあるからわかっていたはずだ」と主張して、退去を求めやすくなるからです。客側も初めから退去請求を予想できるので、「客を大切にしないのか!」などと因縁をつけられるリスクも低下します。

貼り紙の通りに店員や店長が退去を求めてもお客さんが出ていかないときには「不退去罪」の成立を主張しやすくなりますし、不法行為にもとづく損害賠償請求も進めやすくなります。

店側は基本的にお客様へ遠慮しなければならない立場ですから、明確な掲示をしていないと強く退去などを求められないのが通常です。居酒屋などの飲食店やコンビニなどを経営されていて本件のような状況が起こりがちな場合、トイレの前に「長時間の利用を禁じます」「長時間利用される場合には退去を求めます」などと明確に掲示するようにしてみてください。

※記事内で紹介しているストーリーはフィクションです

※写真と本文は関係ありません



○監修者: 安部直子(あべ なおこ)

東京弁護士会所属。東京・横浜・千葉に拠点を置く弁護士法人『法律事務所オーセンス』にて、主に離婚問題を数多く取り扱う。離婚問題を「家族にとっての再スタート」と考え、依頼者とのコミュニケーションを大切にしながら、依頼者やその子どもが前を向いて再スタートを切れるような解決に努めている。弁護士としての信念は、「ドアは開くまで叩く」。著書に「調査・慰謝料・離婚への最強アドバイス」(中央経済社)がある。