全身をユニクロのウエアでプレーするスコット選手、2016年10月(写真:ユニクロ提供)

「私がマスターズで優勝したとき、全身の服装はわずか100ドルに満たなかった」

プロゴルファーのアダム・スコット選手は笑顔で語った。

ユニクロのゴルフウエア着用で制したマスターズ

米国のジョージア州「オーガスタ・ナショナルGC(ゴルフクラブ)」で開催されたマスターズを、スコット選手がオーストラリア人として初めて制したのは2013年4月14日のこと。同年4月1日にファーストリテイリング傘下のユニクロの「グローバルブランドアンバサダー」に就任しており、わずか2週間後のことだった。

それ以降、スコット選手は出場したすべての大会でユニクロのウエアを着て戦っている。スポンサー契約を結んでからすでに4年以上が経つ。ゴルファーたちにユニクロブランドを世界に伝える大きな役割を担っているのだ。

ユニクロは少数だが、世界トップレベルのアスリートとスポンサー契約を締結している。ユニクロ商品のコンセプトである「LifeWear(ライフウエア)」を世界に広めるのが狙いだ。スコット選手以外では男子テニスの錦織圭選手が有名。男子車いすテニスの国枝慎吾選手やゴードン・リード選手(英国)、女性で初めて2016年12月に就任した冒険家である南谷真鈴(みなみや まりん)さんもいる。

ユニクロにはスポーティな商品もあるとはいえ、あくまでカジュアルが主体だ。トップレベルのスポーツ選手にとって不都合はないか。

「ユニクロはスポーツ用品専業メーカーではないが、そのことがマイナスになることはない」とスコット選手は断言する。そのうえで、「むしろ、スポーツでも普段着としても使える機能性とスタイルを両立した商品の選択肢が多いことはプラスだ」と強調する。この言葉に、スコット選手とユニクロのユニークな関係が集約されている。

世界のトッププロ選手は、用具メーカーやウエアメーカーとスポンサー契約を結ぶことは珍しくない。プレー中、自社の商品を使用する様子が世界中で放映されることの宣伝効果は大きい。

ゴルフの場合もトップ選手はクラブやボール、キャップやウエアに至るまで、世界中のメーカーがスポンサードしている。ユニクロは、ゴルフではスコット選手にのみウエアを供給している形だ。

知名度が低い地域でのブランド訴求効果を狙い

ユニクロはオーストラリアへは2014年4月にメルボルンに初出店。徐々に店舗を増やしているものの、ユニクロブランドは欧米やオーストラリアでの知名度はまだまだ低い。スコット選手をサポートするのは、こうした弱い地域へのブランド訴求の効果が大きい。


アダム・スコット(Adam Scott)/1980年7月生まれ。オーストラリア出身のプロゴルファー。2002年に世界で最も権威のあるゴルフトーナメントの1つであるマスターズに初出場し9位入賞。2013年にマスターズ初優勝。世界ランク最高位1位(2014年5月)。2013年からユニクロのグローバルブランドアンバサダーを務める(編集部撮影)

ユニクロがスコット選手とタッグを組む狙いは、自社のブランド価値を高めることだけではない。共同で商品開発を進めることで、低価格でありながら機能性が高い商品を一般消費者に届けることにある。

「最初はユニクロのブランドのことをよく理解していなかった。ユニクロの服を着るようになって、考え方に共感していった。ゴルフのパフォーマンス強化だけでなくカジュアル服としても使えることを最重視し、よい商品を一緒に開発できる体制に満足している」(スコット選手)

スコット選手はスポンサー契約当初から、ユニクロの商品開発会議に参加し、新商品のアドバイスを重ねてきた。ゴルフのスイングをする際のウエアの伸縮性やプレー中の通気性など、自分自身がいいパフォーマンスを実現するための要求だけでなく、一般の消費者がゴルフ以外で着ても快適に感じられるようにシルエットの提案までしている。

たとえば、2016年まで「ドライストレッチパンツ」という名称で販売されていた「感動パンツ」(2017年春から販売)や「ドライコンフォートカラーポロシャツ」に加え、ベルトや感動ショートパンツなど頭からつま先まで商品開発にかかわり、プレー中は身を包む。ちなみに、「感動パンツ」は今年の春夏シーズンでビジネス用途にもカジュアルとしても使えるズボンとしてヒット商品となった。

ゴルフウエアとしても活用できる高機能商品を強化することは、中国を中心に攻略し続けている海外ユニクロ事業にとっても、追い風になるといえる。欧米で認知度が高まることが、先行するスペインのインディテックス社「ZARA」や、スウェーデン発祥のヘネス&マウリッツ(H&M)と差別化できる要素となり、苦手ともいえる欧米事業で成長を加速できるカギにもなる。

では、スコット選手が商品開発に深く関わる理由は何か。そこにゴルフの普及に対する問題意識が現れている。

「ゴルフはそもそもプレーにおカネが掛かるのでハードルが高いスポーツだ。そのうえ、価格の高いフォーマルなゴルフウエアでプレーしなければいけないというような先入観がある。それを変えて、低価格でありながら、機能性とデザインを追求した商品を提供していきたい」(スコット選手)


商品開発の話になると、スコット選手の解説は熱が入り、細かなこだわりも教えてくれた(編集部撮影)

トップ選手のスポンサーを通じた宣伝は様変わりする

すでに、米国や欧米での今季のツアーは終了しており、目線は2018年シーズンに向いている。

「松山英樹選手は成長著しいし、私にとってもライバルだ。彼は今後、メジャータイトルを獲得すると確信している。私の場合、2017年はコンディションを整えチャージする年だったと思う。来シーズンはよりよいプレーを重ねて勝ち続けることが目標。いちばん勝ちたいトーナメントを挙げるとすれば、オープンチャンピオンシップ(7月開催予定の全英オープン)だ」

世界的に見ればゴルフ市場の成長性は鈍化していることは課題だ。日本ではゴルフ市場がこの20年あまりで半減している。また、2016年夏にはナイキがゴルフ事業(クラブ、ボールおよびバッグを含むゴルフ用品ビジネス)から撤退を表明しており、名門の「テーラーメイド」も独アディダスから投資ファンドに2017年5月に売却された。トップ選手のスポンサーを通じた宣伝・販促活動における用具メーカーの戦略は様変わりしている。

「私が契約したとき、まわりのプロ選手はユニクロのことを知らなかった。今ではユニクロとの契約をほかの選手はうらやましがっている」とスコット選手は言う。

さらなる長期間のスポンサー契約を結ぶことで関係強化も望むスコット選手。今後ユニクロは、機能性を強化し低価格戦略を続けることに加え、海外のゴルファーからも支持されるブランドとしての確立が必要になる。