日本支社に放り込まれる外国人上司の悩み

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職場の上司がはじめて外国人になる――。そのとき、「どうしよう」と悩むのは、日本人だけではありません。外国人上司も同じように悩んでいます。彼らの「悩み」を解決できれば、自分たちの「悩み」も解決するはずです。「エクスパット」と呼ばれる日本駐在の外国人たちは、どんなことに困っているのか。専門家に聞きました。

会社で人事異動があり、外国人の上司がやってくることになった。あるいは仕事で、外国人エグゼクティブと付き合うことになった……こんなとき、多くの日本人は「英語が話せるか?」という心配で頭がいっぱいになってしまうのではないだろうか。

「でも日本人の心配事なんて、それくらいでしょう?」と笑うのは、“仕事の英語パーソナルトレーナー”である河野木綿子氏だ。「『英語を話さなくちゃ!』という強いプレッシャーがあるかもしれませんが、プレッシャーはお互いさま。実は日本にやってくる外国人上司たちのストレスは、そんなものではないんです」(河野氏)

彼らは、どんなストレスを抱え、何に悩んでいるのか。円滑なコミュニケーションを図るには、どんなところに気をつければいいのだろうか。前回の「外国人上司への“失礼”を避ける会話のコツ」(http://president.jp/articles/-/22785)に続き、外国人エグゼクティブとスムーズにコミュニケーションをはかるための心構えやテクニックを、河野氏に聞いた。

■「エクスパット」とは?

グローバル企業の社員で、海外支社などに派遣され、長期滞在している人たちのことを「エクスパット」と呼ぶ。言葉も文化も異なる日本に来るのは、日本語ができないエクスパットにとって大きな負担だが、それでも来日するのには理由がある。彼らは本国でのポジションよりも高い地位と給料を与えられる代わりに、日本という国で実績を上げること、自分自身の実力を発揮してみせることを求められる。

「彼らは、大変なプレッシャーにさらされながら日本にやってくるわけです。私が長年いた医療機器や製薬業界においては、日本は世界第2位のマーケットです(1位は北米)。その世界第2位の市場に送り込まれて、業績を上げることを期待されています。『やってみろ、能力があるなら発揮せよ』と。こう言われて日本に来て、もし成功すれば、本国でいいポジションが用意される。つまりキャリアパスですね」(河野氏)

■エクスパットの悩み〜最大の壁は商習慣の違い

しかし、エクスパットにとって、日本でのビジネスライフはそう簡単ではない。社内には英語が話せる社員が少なく、コミュニケーションが不自由。外に出れば読める文字もほとんどない。食習慣も文化もまるで違う。もっとも大きなハードルになるのは“商習慣”の違いだ。

「日本の製薬業界は独特の商習慣があり、価格設定のしかた一つとってもアメリカとは違います。その中で売り上げを伸ばし続けるのは、日本に来たエクスパットたちにとって大変なプレッシャーなのです。もう一つ、私は人事だったため、一番苦労したのは、『新卒採用』という習慣と、それに関するお約束があることを彼らに理解してもらうことでした。例えば再来年の新卒を採用するために、Webサイトを開設して、こんな活動をするので予算をいくら欲しいと申請すると、各事業部長に説明をしにいく度に『今期の売り上げも決まってないうちに、再来年のヘッドカウントが取れるわけがないだろう! なぜそんなことをする!』と激怒されるんです。

そこで事業部長にひとりずつ、日本の新卒採用の仕組みを全部説明し、『その時になって採ろうと思っても、うちみたいな外資では新人はひとりも採れませんよ。2年前から仕組みを作って活動する必要があります』と説明するわけです。毎年開始時期が決められていて、各社一斉に活動を開始すること、フライングは許されないことなども含めて、根気よく説明します」(河野氏)

海外では、新卒者をまとめて一斉に採用する習慣は、まずない。学生は、卒業と同時に就職しなければというプレッシャーがないし、真っ黒なリクルートスーツに身を包んだ真夏の就職活動もしない。しかし逆に言えば、一括採用がないということは、いつでも経験者と中途採用枠を争わねばならないということだ。そのため学生たちは、学生のうちにさまざまな企業でインターンの経験を積んでおく。こまめにインターンで実績を積み、空きを見つけては応募して、自分には何ができるかを訴えるのだ。

そういうバックグラウンドから来たエクスパットは「そもそも新卒はいらない」と言い始めることもあるという。そのたびに河野氏は、会社の文化のギャップを作らず、継承者を育てる必要性があること、日本の採用習慣について説明を続けてきたという。「四半期ごとに成績を見られている人たちが、『再来年のお金』と言われて困るのはわかります。人事も大変だけど、エクスパットも大変です」(河野氏)

■ 日本人の「当たり前」は通用しない。日本の商習慣の説明を

エクスパットが日本人部下から聞きたい日本の商習慣は、業界の慣例や人事採用の仕組みだけではない。取引先との歴史や関係などもそうだ。お互いの認識がズレたままでは、進む話も進まないためだ。

「何かを決めるときにも、『背景としてこうなっている』というのが分かっていないと『こんなミーティング、やっていられるか!』となってしまいます。外から来た人たちは、なぜそんなことをやるのだ?と疑問を抱いても、いちいち自分から聞いて回る時間もない。何か違うのかがよくわからない。だからピリピリしてしまうんですね。

日本にはユニークなこと(他国と違う、独自の習慣や考え方など)がいっぱいあります。日本の外に出たことがある人でないとそのユニークさに気づくのは難しいかもしれませんが、『これが当たり前だから』『今までこうやってきたから』とは思わずに、いろんな慣例や商習慣、取引先との歴史などは丁寧に説明したほうがいいと思います。人が変わるとまたゼロから説明しないといけないので大変ですが、迎える側の人は説明の準備をしておくといいでしょう」(河野氏)

■「家族は仕事よりも大事」が当たり前

エクスパットと接する際、日本人と大きく違う点の1つが、「仕事よりも家族を優先するのが当たり前」な傾向だと河野氏はいう。

「とにかくみんな、日本人には考えもつかないくらい家族を大事にします。慣れない日本での暮らしで困っているのは奥さんも同じなので、何かあるたびに会社に電話がかかってきます。大変なミーティングの間だろうとなんだろうと、彼らはちゃんと妻に対応します。奥さんも仕事を持っているならば、家族のために早く帰って子供といっしょに食事をとります。奥さんと約束している時間になると、社長が会議の途中でもパッと立ち上がり『約束の時間だから帰る。あとはみんなでやっておいて!』と言って帰ってしまうのが普通です。そんな場面を何度も目の当たりにしました。彼らにとっては、そうすることが当たり前ですし、また、異国の地で家族を守るというプレッシャーもあるわけです」(河野氏)

日本に来ることは彼らにとって将来の道が開けるチャンスでもあるが、決して楽な道でもない。彼らは家庭と仕事の責任とキャリアを全部背負いながら、でもクールな顔をしてオフィスのチェアに座っているのだ。パリッと仕立てられたスーツを着こなして。

「それを考えると、日本人側の英語がうまく話せないなんて悩み、全然大したことじゃないと私は思うんですよ」(河野氏)

■会食セッティングの際に気をつけること

最後に、一緒に食事をする場合に気をつけるべきことを伺った。海外から来たエクスパットを食事に誘う場合は、どんな点に配慮したらいいのだろうか。宗教上の理由で食べられないもののほかに、アレルギーがある、生魚が苦手、ベジタリアンである、などいろいろなケースがあるはずだ。

「最初に『Are there anything you can’t eat?』(何か食べられないものはありますか?)と聞けばOKです。食事に連れて行く場所は、そのように聞いてから決めたほうがいいですね。これならすべてカバーできますし、どういう理由で何がNGなのか、相手も説明してくれます。

お店を選ぶときは、英語のメニューのある店に連れていったほうが、断然楽です! 日本語メニューだけだと、どんな料理かいちいち説明をしなくてはなりません。料理系の説明は、調理方法から材料の話まで幅広いので、普通のビジネス英語より意外と難易度が高いんですよ 」(河野氏)

確かに筆者も「ニラとは何か?」と聞かれ、説明に窮したことがある。英語のメニューがあり、外国語に通じたスタッフがいる店ならば、なおいいだろう。事前にリサーチしておきたいところだ。

お店選びについてはもう一つ。個室必須な商談などでなく、コミュニケーションを深めるのが目的であれば、「ちょっとにぎやかなところがいいかもしれません。あまり静かだと話題に困ることがあるけれど、お店の雰囲気がにぎやかなら紛れるでしょう?」というアドバイスもあった。

日本人が当たり前と思っていることでも、海外からやってきた人にとってはよく分からないこと、意味が分からないことはたくさんある。これから外国人上司を迎えようという人、外国人エグゼクティブとのコミュニケーションに悩んでいる人は、これらのアドバイスの中から1つでも実践してみるといいだろう。

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参考:
外国人上司への“失礼”を避ける会話のコツ http://president.jp/articles/-/22785

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河野木綿子 (こうの・ゆうこ)
仕事の英語パーソナルトレーナー。1960年生まれ。2000年ロンドン大学心理学部大学院卒。83年上智大学卒業後、西友入社、その後モルガンスタンレー、バクスター勤務を経てロンドンに留学。帰国後、2001年ファイザーにて人事部企画課長、採用課長、2009年シーメンスで採用・人材開発シニアマネージャーを兼任。2014年に独立後は管理職とビジネスオーナーの英語のビジネスコミュニケーション力開発を中心に活動。著書に『仕事の英語 いますぐ話すためのアクション123』『読むだけでTOEIC(R)テストのスコアが200点上がる本』などがある。

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(仕事の英語パーソナルトレーナー 河野 木綿子、すずまり)