【コラム】「王者・鹿島の新たな悩み?可能性か安定性か」

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「今季、Jリーグ王者である鹿島アントラーズは新たな悩みを抱えることになるだろう」

おそらく、文頭からこのように始めると、ゼロックス・スーパーカップは制したものの、FC東京との開幕戦に敗れ、ACL第二節のムアントン・ユナイテッド戦でも続けて敗戦するなど、なかなかエンジンのかかりきらない序盤戦の出来に対して「物申す」ように見えただろう。

しかし、筆者が取上げたかったのはその話ではない。堅牢な守備を誇る鹿島アントラーズの最後の砦、ゴールキーパーに関することだ。

2017シーズン開幕前、鹿島アントラーズは、2016年のACLを勝ち取った全北現代で正ゴールキーパーを務める、クォン・スンテを獲得した。これまで不動の守護神を務めてきた曽ヶ端準の年齢が40近くなり、その後継者を探していたクラブにとっては、「ようやく」の補強であった。2014年から2015年までKリーグの「最優秀GK賞」に輝き、「同リーグ最高のGK」と賞賛された男の加入は、様々なところから注目を浴びた。そして、彼のベストセーブ集の動画を見た、鹿島アントラーズのサポーターの多くは、大きな期待を寄せたに違いない。

とにもかくにもずば抜けた身体能力の持ち主で、立派な体格ながら、前後左右への細かな動きにもスムーズに対応するアジリティーは特筆。プレジャンプ(セービングの前に小さなジャンプをする予備動作)はタイミング、高さが共に安定しており、横っ飛びでのビッグセーブも十八番。1vs1の場面では、キッカーがシュート体制に入るまで無駄な動きは行わず、シュートモーション後に的確に反応する「構え」と「状況判断」も申し分ない。

また、ディストリビューションは意欲、正確性があり、とりわけ、対角線上に蹴り分ける低弾道のパントキックは、まさに攻撃の起点として期待できるレベル。キック時にボールにかけられるスピンは、受け手が収めやすい回転がかかっているとが多く、Jリーグでも数少ない「カウンターを始めやすいキック」の持ち主である。

クラブでキャプテンを務めていたこともあり、「気迫のこもったセービング」が目立ちやすい選手だが、細かな技術を取っても、長所はいくつも挙げられる。「高水準なゴールキーパー」であることは明白で、かくいう自分も彼の力に一定の評価をしていた一人である。鹿島が彼の獲得を敢行した際には、大きな関心も持っていた。だが、それと同時に「この獲得は新たな悩みを生むだろう」と大きな不安も感じていた。

前述でクォン・スンテのストロングポイントをいくつも挙げたが、実は、この韓国代表経験者には大きな不安がいくつも存在することも断言したい。異なった見解はあるだろうが、少なくとも筆者は、自信を持ってそう言える。

「何を言っているのかわからない」と首を傾げる者は決して多くないだろうが、ある程度、ゴールキーパーを経験したものであれば、その問題点を見つけることはそう難しくないだろう。

まず、一点目は、「シュート時における、キャッチングとディフレクティングの選択」である。

ボールに対する反応の良さも彼の特長であるが、「ボールには反応したが、正確にはじきだせない。中途半端なクリアリングが終わる」というケースが、実は非常に多い。

別の表現にするならば「防ぎ方を正しく決断する前に体が動いてしまう」といった具合だ。これは反応速度が高く、ある程度余裕を持って、ボールに体を合せられるゴールキーパーによくありがちな現象ではあるが、彼もその一人と言える。

FC東京との開幕戦での失点シーンは記憶に新しいかと思うが、この原因の一つも、ここにある。


試合後のインタビューで、彼は「シュートを打たれたとき、思ったよりもボールスピードが速かった。キャッチでミスをするよりはパンチングで強くはじこうとした。判断ミスだった。しっかりキャッチできていれば問題なかった。これをきっかけにより良い判断ができるようにしていきたい」と振り返っていたが、「長所が生んだ失点」である。

あのシーンでは、筆者の見方では、「強くはじこう」という彼の選択肢が間違いだったのでなく、むしろ、はじき方に問題(自身の前方ではなく、ゴールラインに逃げる受け流し方ができていれば、事なきは得ていたはず)があったように思ったが、彼の見方であれば、「自分の実力であればキャッチができた」ということであろうか・・・。

ゴールキーパーのプレーを語る上で、失点シーンを取り上げてしまうと、どうしても短絡的な印象になりがちだが、あくまでもこれは代表的なシーンの一つである。

他に使いやすい動画がないため説明がし難いのが心苦しいが、このシーン以外にも、「防ぎ方の判断を誤った小さなミス」はここまで散見されている。とりわけ、開幕戦に関しては、対クロスボール処理の際に、何度も見られたので、「いつか失点に繋がるのではないか」とヒヤヒヤしていた者も決して少なくないはずだ。

また、この「反応の良さが生む弊害」については、また別の面での大きな問題をはらんでいるのだが、それはまたいつかの機会に取り上げるとして、最後に、最大の懸念点を述べたい。

鹿島の首脳陣が、クォン・スンテを獲得するや否や、すぐに彼に正GKとしての役割を与え、率先して彼を起用している。

それはシーズン開幕前のニューイヤーカップから直近のACLまで一貫した考えだ。もちろん、その手法は、Jリーグ未経験の実力者を早く慣れさせるためには的確かもしれない。だが、それが、懸念材料を生み出していることに、最近気付かされた。

筆者が、現在の鹿島に抱いている最大の懸念点。「守備陣とクォン・スンテの連携面」である。

今季は試合を見るたびに、少しやりづらそうな守備陣の動きにどうしても目がいってしまう。

特に、守備陣とGK間において、情報共有が求められるシチュエーション。誰でも対応できそうなクロスボールへの対応であったり、「DFラインの背後に送られたボールに対して誰がいくか」の判断が問われるシーンであったり、「人にいくべきかボール行くべきか」をフィールドプレーヤーとゴールキーパーの連携で処理しなくてはならない状況において、かなりの確率で「連携ミス」が多発しているためだ。

ACLのムアントン・ユナイテッド戦での2失点目。格好としては、グラウンダーのクロスボールに対してクォン・スンテが右手で触れたが、コースが変ったところに相手選手が待ち構えており、植田直通のシュートブロックもあえなく、無人のゴールに蹴りこまれた状況だった。

グラウンダーのクロスボールは、見送っても差し支えないコースを通過していったので、「クォン・スンテが無理に触りに行く必要があったのか」という疑問は残ったが、それよりも、ここでは、クロスボールが放り込まれる際にDF陣に対してのコーチングがしっかりと行き届いていたどうかが気になった。

試合画面を通しては、選手達の声を確認することはできないが、少なくとも、クォン・スンテは右手でチームメイトに何かしらの指示を送っていたかのようには見えた。だが、最終的には、チームの敗戦を決定付ける失点へと繋がってしまった。もちろん、加入直後から伝わりやすい日本語でコーチングを行うことは容易でないだろう。しかし、ただでさえ、サポーターの大声援などで、コーチングがしっかりと聞き取れないピッチ上において、フィールドプレーヤーとスムーズな連携を取ることはゴールキーパーにとっては必須の仕事である。サッカーには、「声一つ」で防げる失点は多くあり、味方を的確に動かすことで、ゴールキーパーの仕事量は格段に減ることは言うまでもない。

「最高の試合は、被シュートゼロでの完封勝利だ」と、どこかのゴールキーパーが語っていたことを覚えているが、それはある意味、ディフェンスの理想郷であり、誰もが求めたい形である。だが、新たな守護神と再出発した鹿島は、この理想が叶えられそうな気配を漂わせるブロックを形成するまで、多くの時間と労力を費やすことになるだろう。

無論、鹿島がクォン・スンテを獲得したこと自体は間違いだとは思っていない。

彼は可能性を感じさせてくれる力を持っているからだ。少なくともこれまでの鹿島では失点になっていた決定機を切り抜けるケースは増加するはずだ。だが、長年、ゴールマウスを護り続けてきた「ソガ」が、再び最後尾に君臨すれば、昨季に何度も見られた“守備陣の安定性”が戻ってくるのではないとも思っている。

「安定性ではなく、可能性に賭ける」

これが王者の下した答えである。だが、どこかで考え直さなくてはならない局面が訪れるのではないだろうか。筆者の不安をサポーターたちが抱えないことを祈りたい。