ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんが、映画『アイアムアヒーロー』について語り合います。

まっとうなゾンビものとして傑作だった実写版



飯田 『アイアムアヒーロー』は花沢健吾が「ビッグコミックスピリッツ」に連載しているゾンビアクションマンガで、佐藤信介監督によって実写映画化されて大ヒット中ですね。Honey Works原作の『ずっと前から好きでした。〜告白実行委員会〜』とハシゴして観たらハニワは客が10人くらいしかいなくて『アイアムアヒーロー』は満員でびっくり。
 ストーリーは売れない漫画家の鈴木英雄(この名前、あだち充先生の『H2』オマージュかな?)が、街中がZQN(ゾンビ)になってパニックになっているなか、赤ちゃんにちょびっと噛まれてちょっとZQNになりかけの女高生と逃げてショッピングモールにたどりつき、そこで人間同士のいざこざに巻き込まれるが……というゾンビものの定番をやっていくと。

藤田 大泉洋さんが主演され、シッチェス・カタロニア国際映画祭の観客賞などの数々の国際的な賞を獲得し、話題になっていますね。
 ぼくは原作を相当前からファンでして、映画版では原作にあった「2ちゃんねる感」が失せているのがちょっと残念だった。匿名掲示板の書き込み(+α)でほとんど一話全部書くとか、マンガの技法で実験しているゾンビモノなのがよかった。あのZQNについては、MGSの小島秀夫監督も対談で褒めていましたね。
 映画は映画で「和風」のゾンビものをやるっていうことに的を絞ったのがよかったと思う。サラリーマンがゾンビになって同じ行動を繰り返すとか、日本だから銃撃戦にならないとか、主人公は猟銃を持っていても法律にこだわるとか、なかなか撃たないとか。すっごい律儀な戦い方をするとか。その辺りはゾンビ映画をたくさん観てきたぼくにも新鮮でした。

飯田 実写版は日本のゾンビ映画のなかでは(ゲテモノ的な傑作ではなく)まっとうに相当おもしろい部類。真正面からゾンビアクションをやりきって成功していた。オッサンが主人公だけど構造は少年マンガ。奇をてらってないし、日本のアクション映画でありがちな、低予算ゆえにあちこちに見えるごまかしがほとんどなく。
 主人公のダメ男の心情の変化とか、ベタだけどツボをおさえた襲われシーンとか、痛そうなところはちゃんと痛そうに描いていたこととか(グロかったけど必要なグロさ)、僕らがゾンビものに求める恐怖、パニック、エゴの噴出やスカッとするところがほとんどあますところなく描かれていた。
 ヘタレ男がJKや看護師の女に褒められたことをきっかけに変わっていく、撃てなかった銃を撃って他者を守るようになるという、脚本のお手本になるような構成もよかった。

藤田 主人王は黒メガネの漫画家アシスタントだから、運動能力もない、そういう人物が緊急事態になっても、突然ヒーローになれるわけではない。そういう役柄を、大泉さんが見事に演じていた。あの演技、いいですねぇ。もはや、三船敏郎を思わせる感じでしたねぇ。(言いすぎかな?)
 素朴な感じや、挙動不審な感じ、曖昧な感じ、気まずい感じ……そういう絶妙なところを演じられるすごい俳優だなと思いました。大泉さんは、『水曜どうでしょう』の初期に、粗大ゴミを拾って家を作っていたイメージなので、まさかこんな偉大なる俳優になられるとは……そういえば、『どうでしょう』の旅の途中でも、色々な演技のギャグやってましたね、あれらで積んだ訓練がこの映画の演技に結晶化し世界に羽ばたいたかと思うと、感涙ものです。

飯田 いい役者ですね。コミカルな面もシリアスな面も、両方必要な役所で、見事に両方の面が出ていた。

クズ度を薄めてエンタメに徹する"日本のゾンビもの"



飯田 花沢さんは『ルサンチマン』や『ボーイズ・オン・ザ・ラン』のころから人間のクズの描き方がうまいんだけど(大事な人が死んだあとすぐセックスするところを描いたりして、クズすぎて叩かれることもある)、そこも映画版ではそんなに出てなかったですね。だからこそ気持ちのいい映画になった。

藤田 映画版は、主人公がマンガ版よりも強い感じになっちゃってますよね。あれは、スカッとするんだけど、やりすぎかも、とも思った。もうちょっとダメ感をだらだら引きずってもよかったかも。

飯田 必要な段取りは踏んでいたと思うんです。ただ、メンタル面よりもむしろ身体能力的にあんなにいけるかな? と。

藤田 災害のように押し寄せるゾンビに対して、几帳面に対処するという戦い方はよかったんですよ。そして、死骸の量も、何か響いてくる凄みがあった。しかし、急に変わりすぎだった感じはあります。それはもう意識して改変したことは百も承知ですが。

飯田 不謹慎と言われるでしょうが、いまパニックものを見ると熊本の震災に引きつけて考えてしまう。

藤田 パニックものやホラーは、現在では、無意識や象徴のレベルで、災害や原発の「恐怖」「不安」と結びつきやすいでしょうねぇ。作り手側も、その辺りを計算に入れて、世の中に作品を投じているはずだと思いますが。

飯田 海外の映画祭でも評価されているみたいだけど、外国人が観たらどう思うのか。ゾンビものにしては普通すぎる、地味すぎると思うのか……それとも、エボラとかがあるからあの感染パニックぶりをリアルに感じるのか。

藤田 こういうことを言うと、また現実の政治にひきつけすぎだと言われそうですが、憲法9条や、法律に縛られて発砲ができない日本の自衛隊っぽくもあるじゃないですか。「日本」のゾンビモノだな、とぼくが思ったのは、その辺りもあります。

飯田 ただ、法律に縛られて撃てないわけじゃなくて、びびって撃てないわけだけどね、この映画では。

藤田 細部の描写とか、小物や美術とか、演技とか、これは日本が世界に向けて問える、誇らしい日本のゾンビだと思います。海外のゾンビマニアは、日本独自の部分を差異として楽しんでいるのではないのかな? 海外のサイトの評とか見てくればよかったな。
 ショッピングモールのシーンは、『ドーン・オブ・ザ・デッド』そのまんまだと言っている人がいたけど、どちらかというと日本産のゲームである『デッドライジング』の感じがしました。監督は、ゲームのCGなどを手がけているので、その辺りの感性も影響している感じもありましたね。

マンガ原作映画では撮り方の戦略の違いに着目すべし



藤田 監督の佐藤信介さんは、『GANTZ』や『万能鑑定士Q』を撮られ、そして今度は『デスノート』も公開されるみたいですから、マンガ原作の実写化を得意としている、あるいは期待されている作家なわけですが、三池さんとは戦略が随分違いますね。割と、落ち着いて、手堅くいったな、という感じです。

飯田 実写版『テラフォーマーズ』とほぼ同時期に公開されているわけですが、三池崇史が撮っていたらもっとバイオレンスと性描写が激しかったのと、もっと投げっぱなしで終わっていたかもなあ。でも『クローズZERO』みたいにゾンビとの戦いを描いたら、それはそれでおもしろそう。

藤田 『バクマン。』の大根仁監督とも戦略が違うし……なんだかんだで、マンガの実写映画化は、成功率上がっている感じがしますね。技法やバリエーションも豊かになっているし、着実に技術が蓄積しているのを感じます。

飯田 ファンタジーとSFは鬼門だけど……でもやらないとそれこそ経験が蓄積されないので、いくら叩かれてもやったほうがもちろんいいと思いますが。

藤田 しかし、『テラフォーマーズ』も『アイアムアヒーロー』も、ゾンビやゴキブリ人間に囲まれて、ひたすら追い詰められて生きのびる話で……なんというか、そこに時代精神を感じてしまいますね。

飯田 マーベルとは全然違うね。日本だと、戦う側の戦力がちゃちい。

藤田 軍隊も出てきませんね。『ワールド・ウォー・Z』だったらゾンビに核を落とすし。『28週後...』は空爆で町ごと焼いてましたっけ。
 共通している部分としては、敵が内側にいるという感覚は通底しているかもですね、マーベルとも。内側の味方も敵になりうる感覚、と言ったらいいかな。ウイルスに感染してゾンビになるのと、仲間が寝返るとか内部で対立してしまうのって、恐怖の質としては近いと思うんですよ。

謎めいた展開をしている原作はゾンビものとして新機軸?



飯田 原作はゾンビものとして新機軸を出そうとした結果なのか、最近の展開は『寄生獣』みたいになってるよね。ZQNにSF設定とか宗教性を付与しようとしている。ZQNが『彼岸島』か諸星大二郎の『生物都市』か、みたいになったり。

藤田 最近の原作の展開は……不思議な方向に行っていますね。

飯田 ゾンビものを週刊連載マンガでやって、人気が出てしまったので投げっぱなしで終われなくなった苦肉の策という感じもある。ゾンビものとしてどうなんですか。ああいうのは。

藤田 いやー、どうなんだろう、原作は、ゾンビモノというよりは、もはやグレッグ・ベアが人類進化を描いたSF『ブラッド・ミュージック』みたいになっているので、何か別の異様な感じですね。純粋にゾンビモノとしての衝撃は、前半の方にありましたね。
 連載の後半が、異様なことになってくるのは、連載マンガの宿命かもしれませんね…… 逆に、そこでヘンな飛躍が起きて思いもよらぬものが生まれることも多いので、ぼくは一概に否定しませんが。

飯田 映画『アイアムアヒーロー』はおもしろかったけど、おもしろさがストレートすぎて語ることが意外とない点が唯一欠点かもしれない(笑)。原作はゾンビもののフォーマットを逸脱して何か違うものになりつつあるけど、全貌がまだ見えないのでこれまた語りにくい……と。実写も続編をつくってほしいし、原作ともども、今後の展開が楽しみですね。

藤田 しかし、『水曜どうでしょう』の前進番組の『モザイクな夜V3』では、銀の灰皿を飛ばして写真を撮って「UFOか?」って討議する企画やってたんですよ。そんなくだらない番組で「元気くん」というキャラクターをやっていたのが大泉洋さんですよ?
 いや、ホント、十年ぐらいしたら、YouTuberがマジで世界に進出しているんじゃないかっていう未来像が見えて、頭を抱え……いや、希望をもらいました。