成田空港と日暮里を36分で結ぶスカイライナー。利用者数は、成田出発客のシェア9%に留まる。遠回りのルート、高い運賃も敬遠の理由だ(写真:hide0714/PIXTA)

東京圏における将来的な鉄道ビジョンを議論する場として、国土交通省の交通政策審議会が「東京圏における今後の都市鉄道のあり方に関する小委員会」を設けたのは2014年5月のことだった。

それから約2年が経ち、今年2016年3月までに、東京圏の鉄道計画のマスタープランとなる答申書を出すことになっている。相互直通運転の拡大にともなう遅延をどう対策するのか、ホームドアやバリアフリーなどの施策をどのように推進していくのか。2020年の東京オリンピックよりさらに先、10年後、20年後の未来を見据えたビジョンが示される。

この3、4年、「新空港線(蒲蒲線)」など、さまざまな鉄道新線構想がメディアで報道されてきた。これは、審議会の答申で示される計画に盛り込んでもらおうと、一部の自治体や鉄道会社がアピールに懸命だったからだ。

そんな陳情合戦の中で、あまり世間の耳目に触れない構想がある。都営地下鉄浅草線のバイパス路線として検討されている、押上駅〜新東京駅〜泉岳寺駅をつなぐ都心直結線だ。この構想には国交省が特に力を入れており、自由民主党も前向きだ。政府が2013年に決めた「日本再興戦略」でも盛り込まれた、成田空港と羽田空港を1時間弱で結ぶ短縮ルートだ。

ところが、地元の東京都は構想に消極的だ。なぜ、都心直結線構想について、国と都の間で温度差が生じるのか。



遠さと不便さ、敬遠される成田空港


現在、成田空港へのアクセスとして京成スカイライナーがある。日暮里駅と成田空港を36分で結ぶ。2010年の成田スカイアクセス線開業で大幅に時間短縮した。

ただ、京成スカイライナーの利用者は伸び悩み、2014年から減少に転じた。成田の国際線の利用減、格安の空港バスの充実も一因だ。起点となる日暮里、上野駅から他線への乗換の不便さも大きい。また、そもそも成田空港人気の低迷もある。

「成田空港と羽田空港のどらちを利用するか」との意向調査で、成田を選んだ人が27%、羽田は44%と大きく差がついた。空港までの所要時間や運賃の安さ、アクセス手段の豊富さなどが羽田を選択する理由とされている。


アクセス改善狙う新線計画


そんな成田空港のアクセス改善策として、冒頭の都心直結線構想は浮上してきた。押上駅〜新東京駅〜泉岳寺駅11kmの大深度地下に新線を敷設するプランだ。新東京駅の設置場所は、東京駅の西側200m、丸の内仲通りの地下を想定している。JR東京駅丸の内口と地下鉄千代田線二重橋駅の中間地点にあたる、地下鉄大手町駅とも隣接する場所だ。



都心直結線「新東京駅」はJR東京駅と千代田線二重橋前駅の間にある丸の内仲通りの地下を想定している。地下鉄大手町駅にも程近い(写真:Shells/PIXTA)

この都心直結線が開業すれば、新東京駅から羽田空港へ18分、成田空港へは36分で結ばれる。2023年頃の完成目標とされ、年間利用者は8000万人、うち空港利用者は1000万人を見込んでいる。建設費は4000億円超。民間から資金を集めインフラを整備するPFI方式を活用する計画だ。国交省はすでに2013年から調査費を計上し、地質調査も始めている。



日本初の大深度地下鉄で用地買収の必要はなく、工期は短く、建設費も安く抑えられる。整備によって生み出される便益は1兆円を超えるという。成田と羽田、両空港がバランス良く発展していくには欠かせない。「国や東京の成長戦略にとって不可欠な鉄道だ」。飛び交う言葉は威勢がいい。



羽田国際化の「条件」として浮上


ちなみに、都心直結線構想のきっかけをつくったのは、石原慎太郎元都知事だった。石原は「羽田空港での国際線就航」を公約に掲げて1999年に当選した後、政府与党への働きかけを強めた。

これに難色を示したのが、旧運輸省と千葉県だ。1960年代以降、過激な反対運動に振り回され大変な思いをして成田空港の開港にこぎつけた。地元としても「成田は国際線、羽田は国内線」との役割分担を前提として成田開港を受け入れた。もし、国際線の羽田空港発着が進めば、都内からのアクセスが悪い成田空港は相対的に地盤沈下しかねない。

それゆえの千葉県の反発であったが、2001年、堂本暁子前千葉県知事が羽田国際化を容認する発言をしたことで、日本の航空行政は大きく転換することになった。

国交省は、羽田国際化を認める条件として、「首都圏の空港アクセス緊急改善対策」をまとめ、成田活性化には都内とのアクセス強化が不可欠だとの考えで、2つの鉄道新線構想を示した。

1つは、印旛日本医大駅と成田空港駅を結ぶ、京成電鉄成田スカイアクセス線である。重点的に予算配分されて、2010年に開業する。羽田空港で本格的な国際線の就航が始まった直後のことだ。

もう1つが、都営浅草線の東京駅乗り入れ構想である。当初は、日本橋〜東京駅〜宝町間に新線を敷設し、東京駅近くに行き止まりのホームを新設し、成田・押上方面と羽田・泉岳寺方面からスイッチバックで乗り入れるプランだった。


都は財政負担に懸念


東京都は検討委員会を設置して、2003年に八重洲通り南側の再開発と一体整備する案を有力候補として発表する。東京駅前のヤンマービルを巨大なビルに再整備し、その地下に新駅を設けるプランだ(事業費1600億円)。

ただ、これには都も中央区も消極的だった。巨額の税金を投じる動機に乏しいというのが理由で、カーブと停車駅が多くスピードの出ない浅草線での高速化には限度もあった。



京急の品川駅。京急は都心直結線構想に強い関心を示すが、手狭な地下駅の泉岳寺駅、大規模改修を予定する品川駅の整備の検討を課題としている(写真:seiji/PIXTA)

その後、国交省と与党自民党は2008年になって、浅草線のバイパス新線として押上〜新東京駅〜泉岳寺間の建設を主張し始める。これが都心直結線だ。

羽田空港D滑走路が完成し、国際線就航の協議が始まる前に、以前からの約束を形にしたかったのだろう。その後、民主党政権下では凍結されていたが、自民党が政権奪還後の2013年度以降、都心直結線の予算は復活している。

ただ、建設に向けた気運は盛り上がらない。特に、東京都の関心は薄い。

東京五輪開催が決定した2013年9月、猪瀬直樹前都知事は都議会で「2つの空港を結ぶ需要がどれだけあるか、事業採算性や費用対効果も見きわめる必要があります」と答弁している。取材に対しても猪瀬前都知事は「東京から成田まで車なら1時間で行けるし、成田から羽田を電車で結ぶ必然性はない」「通勤電車じゃないんですよ。採算が合うわけない」と消極的な言葉を並べた。

現在の舛添要一都知事も「財政負担もあり、軽々には決められない」と慎重な物言いに終始している。新線建設や既存線改良に巨額の投資が必要なことを懸念しての発言だ。



ついに検討対象から除外


交通政策審議会の鉄道部会は、2014年9月に空港アクセス線に関して関係各社局へヒアリングを実施している。

東京都交通局は、都心直結線開業後の浅草線の本数減を懸念し、信号設備や運行制御装置の投資が必要になると指摘し、都市鉄道等利便増進法のスキームなどの検証、事業採算性の見極めを求めた。

京成電鉄は、事業採算性に関して実現性の高い予測をすべきであり、慎重な見極めが必要だ、と指摘。京浜急行電鉄は積極的に取り組みたいとしつつも、品川駅改良工事との整合性、泉岳寺駅や空港線の線路容量との検討、空港駅の引上線整備などの課題を述べた。

東京都都市整備局は2015年7月に「広域交通ネットワーク計画」を公表する。交通政策審議会からヒアリングを受ける前に、都庁としての考え方を示した。都内で希望のあった西武新宿線の東西線直通構想など37路線の構想を収支採算性や費用便益比など4点で評価付けし、優先順位をつけた。

その結果、「優先的に建設されるべき路線」として、有楽町線豊洲〜住吉、JR羽田アクセス線など5路線、続く「検討すべき路線」として新空港線(蒲蒲線)、地下鉄の品川延長構想など14路線を採択した。

その結果、都心直結線は、新線整備の検討対象から外された。


著者
森口 誠之 :鉄道ライター

<関連記事(東洋経済オンライン)>

・800mをつなぐ「蒲蒲線」に期待が集まるワケ

・副都心線には「羽田直通」という構想があった

・日比谷線の新駅はなぜ虎ノ門に作られるのか