森祐介 “残念なイケメン”をセルフプロデュースする分析力と戦略の秘密!
撮影/鈴木愛子 ヘア&メーク/藤沢輝守 取材・文/黒豆直樹 制作/iD inc.
やりたいことを主張できない少年時代
――今年の春から現在の事務所と契約し、動画のみならずタレント活動も始められましたが、芸能界には慣れましたか?
いや、まだ全然、慣れないです(苦笑)。
――現在は福岡在住で会社に勤めつつ時折、上京するというスタイルなんですね。
はい。専属モデルをさせていただいているファッション誌「street Jack」の撮影のために上京し、そこに合わせて他のお仕事もしています。明日も撮影で、明後日の朝、福岡に帰るんですが、そのまま出社して、午後には福岡でラジオに出る予定です。
――生まれは鹿児島県ですね。
はい、姶良(あいら)市というところです。鹿児島県は、地図で見ると二股に分かれてますが、ちょうど“股間”あたりに位置してますね。
――姶良市の方は、街の位置について、みなさんそうやって説明されるんですか?(笑)
いや、きっと僕だけですね(笑)。
――小さいころはどんなお子さんでしたか?
暗いわけじゃないんですけど、おとなしくて父や母の言うことを素直に聞いているタイプでしたね。
――目立ちたがり屋でもなく?
いや、全然。僕の変顔って「Mr.ビーン」の影響が強いんですが、小学生のころはよくTVで見て、マネして友達に見せたりはしてました。でも、そこまで目立ちたいタイプでもなかったです。
――芸能界に興味を持つようなことはなかったんですか?
一度だけ。「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」を知って、面白そうだと思ったんですが、消極的で親にもなかなか自分の意思を言えない子だったので、リビングのテーブルの上に、雑誌の応募のページを開いておいて…(笑)。
――「これ応募してみたら?」と言ってもらえるのを待って?(笑)
母親が帰ってきて、僕はTVを見ているフリしながらチラチラ見てたけど「あ、閉じた…」って(苦笑)。
――中学、高校と進んでも性格は…
あまり変わらなかったです。目立ちたがり屋でもリーダータイプでもなく。派手なヤツらを見て「あぁ、楽しそうやねぇ」って(笑)。
――部活はしていたんですか?
中学でバスケ部に入りました。12歳上の兄が野球をやってるのを見てて、最初は野球をやろうと思ったんですが、野球部はみんな坊主頭なんです。野球はやりたいけど坊主はイヤで、父親が昔、バスケをやっていたこともあってバスケ部を選びました。

ただのエロい人になっちゃった(笑)
――イケメンでバスケ部ならかなりモテたのでは?
いや、全然(苦笑)、ちょっと暗いヤツくらいに思われてたんじゃないかな?いま、こういう仕事をしてて、自分の名前を検索すると、当時の僕を知ってる人が「もりすけさんって高校の先輩じゃん。何があったの?」って当時とのギャップに驚いてたり。
――「Mr.ビーン」の話も出ましたが、子どものころに最も影響を受けた存在は?
中1くらいから福山雅治さんが大好きでCDはよく聴いてたし、高校になってラジオも聴くようになりました。あんなにイケメンなのに、飾らずに下ネタを言いまくってて、影響を受けて僕も、どんどん下ネタを言おうって…。
――少しオープンな方向に舵を切り始めたんですね?
それで、下ネタばかり言ってたら、周りは普通に「ゲスだね」って。思い描いてた「イケメンなのに下ネタが言えちゃう人」にはなれず、ただのエロい人になっちゃいました。
――福山さんの下ネタはTPOや言っている内容もバランス感覚が絶妙ですからね。
あれができたらすごいんですが、僕は完全に一線を超えていました(笑)。とはいえ、僕の青春の性生活は、福山さんが土台を作ってくださったと言っても過言ではありませんね。
――多ジャンルで活躍するという意味で、福山さんはいまでも、いいロールモデルになっているのでは?
そうなんです。最近、結婚されましたが、それまで浮ついた話がなかったので「オレもそうなっていくのか?一生独身なのかな」と思ってたんです。
――恋愛観さえもマネを!?
最近は「そうか、オレもいずれ結婚しないといけないな」と思ってます(笑)。
――ちなみに森さんご自身の恋愛観、女性に求めるものは?
色白、ぽっちゃり、巨乳!日本テレビの水卜麻美アナが好きです。社交的で、例えばいきなり友達を紹介しても、しゃべられる。笑顔がステキでメッチャおいしそうに食べる人が大好きです。おいしそうに食べてくれる人って一緒にいて和みます。

――大学進学を機に、福岡に出てひとり暮らしを始められたんですね?
はい、当時はとにかく鹿児島…いや、家を出たかったんです。年の離れた兄と姉はすでに県外に出ていましたし…。
――東京や大阪ではなく、鹿児島からも比較的近い福岡に。
あまり離れすぎるのもイヤで、それなら当時、姉も住んでた福岡でいいやって。
――主体的に「これがしたいからここ」という選び方ではなかったんですね?
そのころはすべてが「なんとなく」です。高校進学の時点で、兄と姉が卒業した学校に当然のように行き、2人とも大学に進んだから僕も当然、そうだろうと。
――学部は理系ですね?
理学部の化学科です。化学が昔から好きで、センター試験でも満点だったんですよ。それならチョロいだろうって。将来について考えるでもなく、目標も一切ないままに決めました。

