なぜトヨタは20年ぶりに係長を復活させたか

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片や小集団型組織で終身雇用。片やフラット型組織で成果主義。どこまでも対極的なトヨタとグーグルだが、共通点が1つある。働く社員たちがみな、仕事への誇りを持っていることだ。

07年、トヨタはポストフラット化の人事・組織改革を断行した。1989年に意思決定に時間がかかる“大企業病”の払拭を目指し、係長、副課長、課長、次長、副部長、部長の階層を半減し、これまでのピラミッド型組織を解体。1人のグループ長(課長職)が20〜30人の部下を率いるフラット型組織へ転換した。だが、しだいに「上司と部下の関係がぎくしゃくする」(宮崎直樹元専務(現豊田合成副社長))副作用も表面化した。

「上司と部下がお互いにしっかりと向き合い、ざっくばらんに話し合って高めていくコミュニケーションこそ命というのが当社のよさでもあります。それが物理的に難しくなったのです。生産量がどんどん拡大し、マネージャーの仕事量が増えて忙しくなると、どうしても部下の面倒を見るのが難しくなる。我々が大事にしている人材育成も疎かになったのです」(宮崎元専務)

フラット型組織の導入によってグループ長のマネジメントが困難になっただけでなく、個々人がバラバラになるなどトヨタの強みである集団の力が弱体化した。そこで上司と部下の良好な関係を取り戻し、人材を育成する仕組みとして生み出されたのが「組織の小集団化」だ。

グループ長の下に3、4人の社員の面倒を見るチームリーダー(係長職)を置き、教え、教えられる関係を再構築することにした。ただしチームリーダーは正式な職位ではなく、グループ長の裁量で命じられる任意の立場だ。

「いずれグループ長になる人たちです。教えることによって自分も学ぶところがあります。その前に一緒に仕事をしながら後輩の面倒を見ることでグループ長候補を育てるという効果もあります」(宮崎元専務)

念の入れようはそれだけではない。この仕組みを「職場先輩制度」と位置づけ、入社後3年間はチームリーダーがマンツーマンで電話の応対やメモの残し方から挨拶のイロハなどの基本的な礼儀作法を含めて責任を持ってしっかりと指導する。また、グループ長と希望配属先への異動など育成計画を話し合う自己申告の機会が年1回あるが、その前に自己PRをチームリーダーの前で行い、コメントをもらうなど事前のコミュニケーションも実施している。

さらに入社4年目の社員に対する「指導職研修」も実施している。教えられる側から教える側への意識の転換を促し、具体的に後輩が入ってきたときにどういう立ち居振る舞いをするべきかを考えてもらう。研修では入社後に先輩にしてもらったことでうれしかったことを思い出し、後輩の面倒を見ることの大切さなどの意識改革、仕事を通じてどのように教えていくべきなのかという具体的な指導方法についても学習させるなど徹底している。

上司と部下のオープンな雰囲気を醸成するために90年以降、肩書ではなく、「さん付け」で呼ぶことも徹底している。上司に限らず、たとえ社長でも「豊田さん」と呼ぶ。

トヨタにおける上司の役割とは何か。宮崎元専務は「リーダーシップの取り方は百人百様だが、部下にこの人についていきたいと思わせる人間力が重要」と指摘する。

「俺が、俺がというタイプはリーダーに向かない。組織やチームで仕事をしている以上、いくら本人に能力があっても自分ひとりでやれることは限られています。上に立てば立つほどいろんな人に仕事をやってもらいながら組織の成果を求めていくことが大事。そのために自分のことよりも親身になって部下のことを考え、育成に思いをいたし、部下の成長を願うことができる人かどうかです。私の好きな言葉で言えば『陰徳陽報』。人が見ていようが見ていまいが、徳を積めば自ずと見てくれる人はいるものです。部下のことを気にかけてちゃんと目配りできる人であってほしいと思います」

部下の手柄を自分の手柄として吹聴する上司ではない。あの上司なら助けてあげたいと思われるような器量を備えた上司が理想だ。

(ジャーナリスト 溝上憲文=文 ライヴ・アート=図版作成)