サポティスタ岡田さんも「八丁堀サッカーナイト」(2013年01月04日開催)で2012年のサッカー本ベスト3にチョイスしておられた書籍。322ページとそれなりにボリュームのある書籍なのでかいつまんで述べるとこぼれ落ちる要素が多々あるが、それでも一言でいえばこの書籍は「バルサ語の教科書」といったところだろう。
 
 



内容紹介
世界最高峰の育成組織
「カンテラ」の核心に迫る

バルサがカンテラ重視の戦略をとったのは、あるビールが関係している?
プレミアリーグからやってくるスカウトたちはどのようなオファーを抱えてやってくるのか。
チャビのクローンを作ることは可能なのか。
バルサカンテラ選手獲得のために、何人の選手がリストアップされ、何人と契約するのか。
バルサカンテラ選手が最終的トップチームに上がれるのは何%で、プロとしてプレーできるのは何%か?
バルサで一番大切な言葉。 「ここで大切なのはボールを失わないことなんだ」の意味は。
マシアではどのように教育され、選手は日々どういう困難に直面しているのか。
バルサカンテラに入るにはどうすればいいか。
イニエスタは誰と一緒に連れて来られた?
メッシは最初、担当コーチから下のカテゴリーでプレーさせられていた?
セルジ・ロベルトを獲得した際、バルサのスカウトが見に行ったのは別の選手だった?
ハビエスピノサ獲得の真実。

これまで世の中には全く公開されていない、バルサカンテラの内部を赤裸々につづった一冊。


 「大事なのは、ボールを失わないことだ」この言葉に、バルセロナのすべてが端的に表れている。詳細な説明は必要ないだろう。現在のバルサのサッカーを見れば、相手にほとんどサッカーをさせない、または「自分たちのサッカーに付き合わせる」能力は圧倒的だ。何しろほとんどの試合でボール保持率が60%を超え、70%に達することも珍しくないチーム。当然、対戦相手は「バルサの攻撃を食い止めるためにサッカーをする」時間が長くなる。
 
 ゆえに、そんなバルサが圧倒的に勝っていくと、一定数の人々から「バルサのサッカーはつまらない」というコメントが聞かれるようになった。「ブラジル代表のように、相手に華を持たせてカウンターでぶっ刺すほうが面白い」とも。ここではそのことについて詳しく論評は挟まないが、まあむべなるかなというところではある。

 ただ必ず押さえておかねばならないのは、バルセロナというチームはトップチームに昇格させるべき選手を選定し・育て上げることに世界一の予算(約15億円)をつぎ込んでいるというところ。その予算の中には選手たちの寮費・食費・練習場までのタクシー代・学校(大学含む)の学費に加え、コーチングスタッフ、カタルーニャ州・全スペイン・アフリカなどに張り巡らされたスカウティングチームへの人件費も含まれる。

 そこまでして選び抜いた選手たちのうち、昇格できるのは多くてせいぜい10%。軽々に「真似をすべき」とはいえない。何しろ、予算規模が違いすぎる。Jの下部組織の予算規模がどの程度かはわからないが、15億円というと松本山雅FCの「来期予算」の約2倍であり、2010年度J1における湘南・山形の「年間予算」よりも大きい(PDF)。

 ハッキリいって「真似」はできない。ただ、「参考にする」ことは可能だ。そして参考にする前に必要なのは、「目標を定める」ことだろう。
 
■「総取り」はできない

 育成年代において何を重視すべきなのか? トップチームにただ昇格させれば良いのか、トーナメントを勝ち上がれば良いのか、世界に通用する選手に育てるのか、チームに帰属意識を持たせるのか、トップチームのやり方を踏襲させ「トップチームに特化した人材」として育てるのか、はたまたそこまで遠くを見るのではなく「サッカーを一生楽しんでもらう」ことを目指すのか……バルセロナというチームがやっていることは、「世界に通用する選手を育てる」と同時に「トップチームに特化した人材を育てる」ことでもある。
 
 この点については、マルク・クロサスのインタビューが興味深い。彼は2007年にトップデビューを飾ったものの定着できず、オランピック・リヨンやグラスゴー・セルティックなどを経て、現在はメキシコのサントス・ラグナでプレーを続けている。世界最高クラブからスタートする以上右肩上がりは難しいとしても、移籍するたびにランクを下げている感は否めない。そこには、よく言われるように「トップチームに特化した人材であること」もう一つ「バルセロナの環境が素晴らしすぎること」の弊害があるように思う。

 彼がどのように語っているかは本書で確認してもらうとして、重要なのはバルセロナのような育成機関でさえ「総取り」はできないという事実だろう。クロサスほどの選手(トップに昇格したという事実は、下部組織の中でも図抜けた能力を持っていたということ)でも、他チームに移籍すれば必ずしも主力にはなれていないわけなのだ。
 
「トップチームに特化した」かつ「世界に通用する選手」を育成するということは、バルセロナをもってさえ毎年実現できているわけではない。メッシ、イニエスタ、チャビという世界最高クラスの選手を輩出した事実がある一方、彼らの獲得の経緯も本書にあるが、多分に「運」の要素もあった(メッシはもう少しで下部組織を追い出されるところだったし、イニエスタは他の選手のある意味バーター扱いに近かった)。

 現在トップチームに昇格した選手たちが一級品であることは紛れもないことだが、バロンドール有力候補に名を連ねるクラスになるかというと話はまた別だろう。事程左様に、「総取り」は難しい。

 ゆえに、Jクラブもまた「総取り」ではなく「ニッチ」を狙うべきなのだろう。その点について、例えばサンフレッチェ広島ユースは「ニッチ」を狙っていると思う。広島は関東・関西における中学年代の獲得競争において必ずしも優位に立てておらず、広島県内を中心とした中四国のリクルートに力を入れている。2003年・2004年のような大量昇格はトップチームの完成度および選手の質という両面からあり得なくなった。ここ数年、昇格する選手は多くて2名でほとんどが1名ずつだ。

 今季で退任が決まった森山佳郎監督は、ユースについてこのようなコメントを残している。

http://mainichi.jp/feature/news/20121026ddm035050189000c.html
>「走るチームだろうが、とことんつなぐチームだろうが、どんなスタイルのチームに進んでも通用するよう指導すると同時に、大学生や社会人になったときに目標を持って自分の力で努力できる人間を育てたい。どうトップの選手を育てるかより、そちらにより重心がいくようになっている


 後半部分はまさに本音で、広島ユースは実質的に「人間育成」としての性格を強く帯びている。こうした森山前監督の姿勢が、広島ユースの逆転勝利の多さを支えていることは間違いない(こうした森山監督をなぜチームが交代させるのか、その是非については後任人事および今後のユースを見てみないと何ともいえない)。
 
 ともあれ、本書ほどバルセロナの下部組織について詳細に記述した書籍は恐らく存在しないだろう。それゆえ、バルセロナの育成について「素晴らしさ」だけでなく「課題」も見える。圧倒的にハイレベルであるという前提をおいても、「100点満点」ということはない。参考にすべき点と同時に、日本の育成が安易に「バルサを目指す」ことへの警鐘にもなり得るだろう。「バルセロナの育成」について語るうえでも、「バルセロナの育成を参考にした論調」の真価を問ううえでも必読といえる。