横浜DeNAベイスターズが今季から採用した企画チケット、「全額返金!?アツいぜ!チケット」が早くも存続の危機に立たされている。

 チケットは、横浜スタジアム1塁側内野指定席50席4,000円で発売し、ファンの満足度に応じ、ベイスターズが勝つか引き分けるかで半額、負ければ全額まで返金するが、1〜6日の5試合ではチームが3連勝を含む3勝1敗1分と勝ち越したにもかかわらず、47万円の返金があった。割合は250人中213人と8割以上で、中には「トイレが混雑していたから」との返金の理由もあった。

 これに対し中畑清ベイスターズ監督は、「『おまえらのプレーには金払えない』と言われたようなもので、現場にとっては屈辱以外の何ものでもない」、「ひどい負け方をしたならともかく、最高のプレーをして『金返せ!』じゃ選手のモチベーションを下げるだけ」、「いろいろ営業努力をしてくれているのはありがたい。でも、この企画に関しては二度とやらないでいただきたい」と、企画チケットの廃止を球団に望んだ。
 球団は「勝利試合でも返金を希望される方が多かったのは残念」とコメントした。

 今回の企画チケットには、ファンの間からも疑問の声が寄せられている。たしかに、チームが勝利したにもかかわらず、返金の要求に応じるのは、現場の選手、監督、コーチに失礼だ。

 球団はファンサービスの一環として企画したのだろうが、そもそも最初からその方向性を誤った。
 プロ野球はここ数年間、球場のボール・パーク構想に全力を挙げているが、これは球団の収益がチームの勝敗・調子に左右されるのを防ぐためだ。
 勝負なのだから、対戦する両軍の明暗が分かれるのは当然だが、チームの勝敗・調子に依存していては、球団経営は覚束ない。昨年日本一になった福岡ソフトバンクホークスも、レギュラーシーズンでは46試合負けている。
 だから各球団は、球場内や周辺でイベントを行ったり、出店を充実させたりと、球場のボール・パーク化を図り、チームの好不調と切り離した環境作りに取り組んでいる。
 もちろん、集客にはチームが強いことに越したことはない。だが、誤解を恐れずに言えば、チームがどんなに弱くても、球場に継続的にファンを呼び込めれば、球団経営は成功なのだ

 ベイスターズが採用した企画チケットは、まさにチームの調子に依存した内容。しかも、返金の定義もファンの満足度と、実に曖昧だ。
 このため、今回の企画は失敗と言わざるを得ない。

 だが、失敗に終わったとは言え、新たな試みに挑戦した球団の姿勢は評価したい。前オーナー会社の、TBSホールディングス時代を思い出して欲しい。チームの成績は言うに及ばず、球団経営も無気力だったではないか。

 年に2度、セパ交流戦の際に横浜スタジアムに足を運んでいるが、この球場は実につまらない。他球場のように球場周辺でイベントが行われたり、出店が充実しているわけでもないし、試合開始前やイニングの合間に行われるイベントもおざなり。球場内で売られている飲食物にも、これと言った名物がない。
 球場を所有する横浜市が球団の営業企画に制限をかけているためだが、このうえチームが弱いのだから、ベイスターズのファンには同情を禁じえなかった。

 球場のつまらなさは、当時の親会社、TBSホールディングスが原因と言っていいだろう。
 TBSホールディングスはそもそも、自ら望んで球団オーナーになったわけではない。2002年に球団の筆頭株主になったのだが、それまでの球団の出資比率は、マルハ50%強ニッポン放送30%強、TBSホールディングスが15%だった。
 そんな折、マルハが球団経営からの撤退を表明。球団の株式をニッポン放送に譲渡することになったが、ニッポン放送の親会社であるフジテレビは、東京ヤクルトスワローズにも出資。このため、「球団やオーナーが、他球団の株式もしくは他球団の支配権を有する会社の株式保有を禁止」する野球協約183条により、TBSホールディングスがマルハから株式を譲り受け、球団の筆頭株主になった。

 そんな背景から球団オーナーになったTBSホールディングスだが、それでも試合中継による収入には期待を寄せていた。
 2002年はまだ、対読売ジャイアンツのほぼ全試合、地上波で中継されており、視聴率も10%台半ばを維持していた。このため、TBSホールディングスは年間70試合の主催試合の中継で、10億円の営業収益を見込んでいた。

 だが、その後の視聴率の低下は周知の通り。対ジャイアンツ戦と言えども、地上波で中継されない試合も多い。
 肝心のベイスターズは長期に渡って低迷。即戦力を期待し獲得した新人選手も、なかなか芽が出ず、TBSホールディングスは球団経営への熱意を失った。
 その冷め切った熱意が、横浜スタジアムにも蔓延していた。

 そんな中、TBSホールディングスから球団株式を譲り受けたDeNA社の試みは、失敗に終わったとは言え、果敢な挑戦と言っていいのではなかろうか。

 思えば、球場のボール・パーク化で一定の成果を挙げているパリーグの球団だが、こんな試みが始まったのも、つい最近のことだ。
 埼玉西武ライオンズも1990年代まで、所沢駅付近の商店街で、3塁内野自由席の招待券をばら撒いていたではないか。このような失敗は、他球団でも多かれ少なかれ、経験しているに違いない。

 「神奈川県をまとめるのは、実に難しい」と言うのは、サッカーJ2の湘南ベルマーレ眞壁潔社長だ。
 ベルマーレは、神奈川県厚木市伊勢原市小田原市など7市3町をホームタウンにしているが、その7市3町ですら、それぞれに特色がある。サッカーに熱心な地域があれば、ソフトボールが人気の地域もある。
 まして神奈川県となれば、多様性はいっそう強まる。同じ神奈川県民でも、地域で生活や文化が微妙に異なっている。
 また、都道府県別の人口では東京都に次ぐ第2位の神奈川県だが、県内にはベイスターズのほかに、サッカーの横浜F・マリノス川崎フロンターレ横浜FC、ベルマーレ、バスケットボールのbjリーグでは横浜ビー・コルセアーズ、バレーボールのVプレミアリーグではNECレッドロケッツが本拠を構えている。みなとみらいをはじめとする観光スポットも充実している。
 さらに、都心への良好なアクセスが、神奈川県とまとめるのをいっそう難しくしている。

 DeNA社はこれらの条件に対応しなくてはならない。さらに横浜スタジアムでは、球場を所有する横浜市から、いまだ制約を受けている。球団経営の前途は、順風満帆とは言い難い。
 そんな中での今回の企画チケットは、1つの勉強にしてもらいたい。大丈夫、まだ1アウトをとられただけだ。