2011年10月26日配信のメルマガより抜粋

――早くも日本に戻られたそうですね?

小澤 はい。わずか1週間のスペイン出張で今朝日本に戻りました。コーディネートの仕事で行った今回の出張では、マドリッド、バレンシア、アリカンテ、バルセロナの4都市に滞在しました。

 試合は、チャンピオンズリーグのレアル・マドリード対リヨン(4−0)、リーガのバルセロナ対セビージャ(0−0)、バレンシア対ビルバオ(1−1)と、久保健英君の所属するバルサのアレビンCの試合(2−0)、それから2部Bのウラカン・バレンシア対マナコールの試合(0−2)を見てきました。

――久保君のプレーはいかがでしたか?

小澤 まだアレビン(U−12)カテゴリー、10歳の少年ですし、選手としてどうこう評価する時期ではないと思っています。ただ、「バルサが獲得するほどのタレント」であることはよくわかりました。

 アレビンは7人制サッカーでバルサは1−3−2−1のシステムで戦っていました。久保君は1トップのセンターフォワードでの先発で、その後中盤でもプレーしました。ボールを持った時のスキル、キープ力、ドリブル突破はバルサの選手の中でも頭一つ抜けている印象です。

 ただ、日本と違って選手たちの球出しのタイミングが遅いので動きすぎてしまって1トップの場合、上手くボールを引き出せていない印象も受けました。日本では、久保君が見えた瞬間に周囲からタイミングよくボールが入っていたと思います。が、スペインではバルサの選手であっても、1対1での仕掛けや普通にパスを出さずに何かしてやろうという意図があります。

 球離れとしては悪くないのですが、日本での早い球出しに慣れている久保君にとってはコンマ何秒かのずれが生じていました。そのずれの時間分、サイドに流れたり動きを止めずに惰性で引いてしまうことが多かったので、余計にパスが出て来ません。その辺は今後の課題なのかなという感じで見てはいました。

 とはいえ、フリーキックを蹴ったり、0−0のままもつれ込んだ終盤で再度起用されたりと、アレビンCの中で中心選手であること、監督からの信頼が厚いことは確かでした。




(C)Ichiro Ozawa





――その試合ではNHKスペイン語講座の取材班が久保君を追っていたそうですね?

小澤 前にも話した通り、この世代に対するバルセロナのプロテクト、取材規制は相当なものですから、試合に日本のテレビカメラが入っていたのには驚きました。「サッカー番組ではない」ということでクラブが許可したのだと思います。ただ、取材陣には警備スタッフが張り付いていて、あまり度の過ぎた撮影をしようものなら同じく試合を観戦していた下部組織責任者のギジェルモ・アモールからNGが出ていました。

 取材陣の一人が試合観戦していた久保君のお母さんに近づき何か相談していましたが、久保君はもちろんのこと、家族に対してもマイクは向けてもらいたくないですね。まあ、その辺はクラブが徹底的にプロテクトしているでしょうから心配していません。

――そういえば、先週20日に新しいラ・マシア(選手寮)の落成式がありました。

小澤 時期的に遅い気はしますが、地元ローカル局をはじめ複数の局が20時からその模様を生中継し、世界中に配信されるなど、ととにかく盛大な式典でした。とはいえ、式に出席したトップチームの選手たちの私服がイケてなさ過ぎてそこはほっとしました。メッシ、シャビ、プジョル、イニエスタの私服姿はもはや鉄板ですね。

――9月のスペイン取材でそのラ・マシアに潜入取材されたそうですね?

小澤 ラ・マシアのディレクターであるカルレス・フォルゲラ氏にインタビューしました。ラ・マシアの1階にある応接室で取材させてもらいましたが、中は見せてもらえませんでしたし、建物内での写真撮影もNGでしたので「潜入」と呼ぶまでの取材はできませんでした。ただ、新しいラ・マシアでの取材ということでは日本人初だったのかなとは思います。インタビューは『サッカークリニック』で掲載予定ですから来月売りの号をチェックして下さい。

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