【小学生目線】で考える、尖閣諸島沖・中国漁船衝突事件の顛末

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Illustration by Mika Onishi
「国民への影響と今後の日中関係を考慮」…批判噴出の中国漁船船長釈放 尖閣諸島沖で中国漁船と日本の巡視船が衝突した事件で、那覇地検は24日に突然、拘留中の中国人船長を処分保留のまま釈放した。那覇地検検事は記者会見で、「わが国国民への影響と今後の日中関係を考慮すると、これ以上、身柄の拘束を継続して捜査を続けることは相当でないと判断した」と説明。
 この顛末について、日本中で批判が噴出している。それはそれで、仕方のないことだろう。事件以来、ここまでの中国の、横暴とも言える強硬姿勢は、日本国民側としては到底合点のいかないものである。その辺の論説や論議は、すでにあちこちでなされている。その論議の多くは、「日本はあまりに弱腰過ぎる」というもので占められている。
思い浮かべたのは…小学生のおもちゃトラブルだった だが筆者は、このニュースを前に、正直言って戸惑いを禁じ得なかった。確かに、いち日本国民としては、いささか理不尽で、しかも情けないという忸怩たる思いを抱かざるを得なかった。しかし同時に、ある「別なイメージ」を思い抱いていたのだ。それは、ちょうどこのニュースと時を同じくして聞いた、ある小学生同士のトラブルの話題だった。
 その小学生のトラブルとは、『ベイブレード』というハイテクな独楽(コマ)にまつわる話。少年は、その『ベイブレード』をたくさん持っていた。少年は、みんなで遊ぼうと友達を家に招き、楽しく遊ぶつもりだった。
 ところが、その少年の恵まれた環境を、ことさらにうらやましがる男の子が、ひとりいた。その男の子は、少年が何種類も持っていた『ベイブレード』を、どうしても一つ譲ってくれと、少年に執拗に迫った。だが少年は、「ごめん、どれも大事なモノだから」と、その男の子の要求を断り続けた。
 やがて夜になったので、少年の友達はみんな帰っていった。件の男の子も帰った。その後、部屋を片付けていた少年は、『ベイブレード』が1個無くなっているのに気づいた。
 少年は、母親に『ベイブレード』が無くなったことを話し、家に招いていたこの中でことさらに『ベイブレード』を欲しがっていた男の子の話もした。そこで母親は、念のためその子の家に電話をする。しかし、男の子は「そんなの知らない、自分は持ち帰ったりしていない」の一点張りだった…。
 その男の子が持って帰ってしまったのはほぼ間違いがなかった。しかし、盗られた少年の母親は、息子にこう言って聞かせた。

「証拠がない限り、友達を疑うな」。

小学生の感情レベルの話に振り回されることなかれ。 さて、話を尖閣諸島問題に戻す。いまや尖閣諸島は、『ベイブレード』を欲しがった男の子に盗られたも同然の状態になった。
 そもそも、この島々は日本政府が、いずれの国にも属していないことを慎重に確認したうえで1895年1月14日の閣議で決定し沖縄県に編入したもので、その時点では中国は何も言ってこなかった。それが、この島周辺に膨大な地下資源が眠っていることを知るや、突如この島はもともと自分たちのものだったと騒ぎ始めたのだ。そしてこれまでも度々衝突が起こり、今回の一連の事件〜騒動に発展した。
 欲しがった中国。それはムリ、と言いながらも甘んじてしまった日本。多くの日本国民は「またNOと言えなかった。情けない」と思っているのだろう。しかし、何の根拠かわからないけれど、傲慢をかまして色々なものを奪い取った彼の国の精神と、先述の少年の母親が苦虫を噛みつぶしながら子どもに言い含めた「証拠がない限り、友達を疑うな」という精神、どちらがオトナの対処か…。コトの詳細はともかく、実際起こっていること、今やっていることが結局小学生の感情レベルだということに、この際我々「オトナな」日本国民は、「盗られた少年の母親的に」気づくべきなのではないだろうか。本当の話はそこからだ。相手はジャイアンなのだ。ならば、負けるが勝ち、というケースパターンもあるはずだ。
【文/NANIO】

▼外部リンク

メタルファイト・ベイブレード公式サイト




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