サマンサタバサジャパンリミテッドが展開するブランド「サマンサベガ」の都内の店舗。近年は業績不振で店舗数も減少傾向にあった(記者撮影)

ヒルトン姉妹にミランダ・カー、ビヨンセ――。数々の海外セレブや国内トップモデルを広告宣伝に起用し、一世を風靡した女性向けブランド「サマンサタバサ」。同ブランドを展開するサマンサタバサジャパンリミテッドの創業者・寺田和正氏が4月25日付で、同社の社長を退くこととなった。

1994年の創業時から社長を務めてきた寺田氏は、いったん代表権を持たない取締役に退き、5月23日の株主総会後に取締役も退任する見通し。社内にはとどまり、海外事業の子会社の運営などを担う方向で検討している。後任社長には、同社専務取締役の藤田雅章氏が就任する。

交代発表後に株価が急落

ブランドの「顔」として牽引してきた寺田氏退任の衝撃は大きかった。4月12日の16時に出された社長交代に関するリリースでは、交代の理由について「新たな経営体制により企業価値向上を図るため」とだけあっさりと書かれていた。

それがさまざまな臆測を呼び、週明け15日の株価は前営業日比24円(7.8%)安の終値284円に急落し、年初来安値を更新。その後「異動の理由の補足説明」として追加のリリースを出す事態となり、「新経営体制で『社員の自立・自走』を実現させることができると判断した」などと説明した。

「ネット上では『赤字が続いているので辞めたのでは』と書かれているが、そうではない。組織をグッと変えて社員が自立できるかたちが出来上がったので、社員一人ひとりの能力を引き出す組織の運営を新しい体制に託した」。4月23日に都内で開かれた決算説明会の場で、寺田氏は退任の理由についてそう強調した。

2000年代に10〜20代の女性から熱狂的な支持を集めて急成長した同社は、2015年度に売上高434億円とピークを記録した。だが、その後は主力とするバッグの売れ行き不振や不採算店舗の大量閉鎖が響き、3期連続で減収に。直近3年間で売上高は4割弱、グループ店舗数は2割強それぞれ減少した。


売り上げが減る中で広告宣伝費や人件費などのコストが収益を圧迫し、2017年度は上場以来初の営業赤字に転落した。そこで同社は大規模な組織改革を断行。カンパニー制を導入し、ブランドごとに生産管理やPR(広告宣伝)を担う人員を配置する体制に変更した。

さらにCMからWeb広告への転換や人員削減、業務の内製化など複数の合理化策を徹底し、2018年度は営業黒字に転換。ただ、繰延税金資産の取り崩しにより最終損益は3期連続の赤字となった。

寺田氏によれば、カンパニー制への移行により各ブランドが現場起点で業務に取り組む体制が構築できたものの、創業者に依存した社風が改革の足かせになっていたという。業務改革を一段と進めるため、昨年には外資系金融機関などでの職務経験を持つ渡邊貴美氏とアドバイザリー契約を結んだが、「僕がオペレーションもマネジメントもやるのが組織に染み渡り、スタッフがなかなか(渡邊氏の)言うことを聞いてくれないなどの問題があった」(寺田氏)。

退任のタイミングに疑問

サマンサの最大の特徴とも言える海外セレブらを起用したプロモーション施策の多くは、経済界から芸能界まで幅広い人脈を持つ寺田氏の手腕で成り立ってきた。今後は藤田新社長やCOOに就く渡邊氏らが経営の指揮を執り、改革を進める。

もっとも、寺田氏退任のタイミングには疑問が残る。コスト削減で営業赤字を脱したとはいえ、抜本的な業績回復に向けた道筋はまだ見えてこない。ここ最近、同社の主要顧客層である若年女性の間ではカジュアル色の強いスタイルが浸透。サマンサが得意とする高単価でかっちりとしたハンドバッグは以前と比べ需要が薄れ、スポーティーなリュックサックやショルダーバッグが好まれる傾向にある。

粗利益率が7割近くと高い一方で、ブランドイメージを浸透させるためのプロモーションに金をかけるビジネスモデルに首をかしげる向きも多い。

アパレル大手の幹部は「今の若い世代には、CMにトップモデルを起用しても『自分には縁がない』と感じられて宣伝効果が薄い」と語る。インスタグラムなどで個人がコーディネートを発信する機会も増え、従来のような著名人を起用した仕掛けでファンを増やすサマンサの手法には限界もある。こうした時代の変化への対応については、課題として残されたままだ。

「さらなる改革を新体制に託した」と言えば聞こえはよいが、業界関係者の間では「このタイミングでの退任だと、まるで経営を投げ出したかのようにも映る」との声もある。

寺田氏とコナカ社長が筆頭株主に

さらに不可思議なのが、社長交代と同時に発表された寺田氏が保有する株式の売却だ。寺田氏は現在、サマンサタバサの6割超の株式を持つ筆頭株主だが、その半分を紳士服大手のコナカの湖中謙介社長に5月中旬に売却する。「湖中さんとは10年来の付き合い。サマンサが世界ブランドを作ることに尊敬・共感し、今回、資本参加をしていただいた」(寺田氏)。

売却後は、寺田氏と湖中氏の両者がそれぞれ約3割の株を持つ筆頭株主となる。株の売却はあくまで「法人としてではなく、代表が個人で購入した」(コナカ担当者)ため、会社間での資本提携などは現時点で決まっていない。


サマンサタバサジャパンリミテッドを創業した寺田和正氏(写真は2006年に撮影、撮影:尾形文繁)

だが、5月の株主総会後に、湖中氏はサマンサタバサの社外取締役となる。「大きな会社(=コナカ)のトップとしてマネジメントに長けている湖中氏からさまざまなアドバイスをいただきたいと判断した」と、サマンサタバサの菅原隆司常務取締役は語る。

業績不振が続くサマンサは、この3年間で自己資本比率が37.7%(2015年度)から21.3%(2018年度)に下がるなど財務状況が悪化。業界内では、会社そのものが売却される可能性すら噂されていた。そのさなかの創業者の保有株式の売却に、「この先、コナカと何らかの提携があるのでは」(複数の業界関係者)との観測もくすぶる。

新社長となる藤田氏は「日本発の世界ブランドという目標を持ち、平成のサマンサから令和のサマンサに向かえるように頑張りたい」と述べ、経営基盤の強化や海外事業の加速化を進める意向を強調した。新体制は今後どのような形で立て直しを図るのか、注視が必要であろう。