米空軍の新ジェット練習機が決まりました。開発したサーブのスタッフが、他社候補機との違いをガラケーとスマホにたとえたとのことで、そのココロがどこにあるのかなどを解説します。もちろん、日本もまったく無関係な話ではなさそうです。

米空軍新型ジェット練習機選定、ボーイング×サーブが勝利

 アメリカ空軍は2018年9月27日(木)、現在同空軍が運用しているジェット練習機T-38「タロン」を後継する新練習機として、ボーイングとサーブが共同開発した新型練習機を採用すると発表しました。


アメリカ空軍の次期練習機「T-X」に採用された、ボーイングとサーブが共同開発した新型練習機の試作機(画像:サーブ)。

 ノースロップ(現ノースロップ・グラマン)が開発したT-38は、アメリカ空軍の空対空戦闘訓練で仮想敵機(アグレッサー)として使用されるほど飛行性能が高く、また整備のしやすい設計を採用したことから稼動率も高い、航空史に名を残すであろう傑作練習機ですが、1950年代に設計されたため、多機能ディスプレイを備えたF-16以降の戦闘機の訓練には適しておらず、また生産終了(1972〈昭和47〉年)から40年以上が経過しているため、機体の老朽化も進んでいました。

 このためアメリカ空軍は一部の機体を、多機能ディスプレイを使用するグラスコクピットに変更した改良型のT-38Cに改修した上で、主翼の換装による運用寿命の延長も行なっていますが、将来的には後継機が必要となることから、2015年3月20日にT-38を後継する新練習機「T-X」の選定作業を開始しました。


アメリカ空軍が現在運用しているT-38C練習機(画像:アメリカ空軍)。

ロッキード・マーチンがT-Xに提案したT-50A練習機(竹内 修撮影)。

レオナルドがT-Xに提案したT-100練習機(竹内 修撮影)。

 T-Xには今回採用されたボーイングとサーブが共同開発した新型機のほか、ロッキード・マーチンが、同社と韓国の航空機メーカーKAI(Korean Aerospace Industry)の共同開発したT-50練習機をベースとするT-50A、イタリアのレオナルドのアメリカ法人が、レオナルドの開発したM-346練習機をベースとするT-100を、それぞれ提案していました。

 T-50は韓国空軍のほかイラク空軍、インドネシア空軍、タイ空軍、M-346はイタリア空軍のほかシンガポール空軍、ポーランド空軍、イスラエル空軍、トルクメニスタン空軍にそれぞれ採用されています。また性能面でもT-38の後継機となるだけの能力を備えていたと筆者(竹内修:軍事ジャーナリスト)は思います。そうであるにもかかわらず、アメリカ空軍がボーイングとサーブの新型機を採用したのは、おそらくこの新型練習機が、従来の練習機とは一線を画する斬新なものであるからでしょう。

ほかは「ガラケー」、ボ×サ新型機は「スマホ」

 筆者はサーブのスタッフから新型練習機についての説明を受けた際、「T-50Aなどの練習機は携帯電話でたとえれば『ガラケー』だが、ボーイングと共同開発する新型練習機は『スマートフォン』だ」という言葉を耳にしました。

 筆者はこれを聞いて、タッチパネル式の液晶ディスプレイをコクピットに採用しているため、このような表現をしたのかと思ったのですが、サーブのスタッフによればそれだけではなく、新しい戦闘機や訓練環境が登場した時、スマートフォンと同様にアプリ(ソフトウェア)を更新するだけで、ディスプレイの表示などをその訓練に最適化できるのだそうです。また、地上に設置されたシミュレーターともデータリンクを介して接続して訓練を行なう能力も備えており、このあたりもサーブが「スマートフォン」と評する理由のひとつなのかもしれません。


飛行試験を行なうボーイング×サーブの新型練習機の試作機。初号機は2016年12月20日に初飛行している(画像:サーブ)。

 スウェーデン空軍は有事の際、戦闘機の整備時間を短縮して戦闘に投入できる機体を増やすことと、召集した予備役兵が航空機の整備を担当することを想定して、同国空軍が運用する戦闘機の整備を極力簡単にするようサーブに求めてきました。このため現在スウェーデン空軍が運用しているJAS39「グリペン」をはじめとするサーブ製の戦闘機は、他国の同クラスの戦闘機に比べて、整備に要する時間が短いことで知られています。

 ボーイングとサーブの新練習機には、多くの工具を使用せずに機体の分解や組み立てを可能にするといった、サーブが長年培ってきた整備を簡単にするためのノウハウが盛り込まれているいます。前にも述べたようにT-38は整備のしやすさから高い稼動率を維持してきました。おそらくアメリカ空軍は後継機にもT-38と同様の整備のしやすさを求めていた可能性が高く、この点も採用を勝ち取る上で、有利な要素となったのではないかと考えられます。

 アメリカ空軍は9月27日にボーイングとの間で、475機以上のT-Xと120基のシミュレーターの契約を締結していますが、おそらく将来的には1000機以上を導入すると見られています。。またスウェーデン空軍も現在運用している、「サーブ105」の後継機として、T-Xを導入する可能性は高いと言えるでしょう。

いずれ日本も導入か

 T-38はトルコ空軍、ポルトガル空軍、台湾空軍、韓国空軍にも輸出されており、T-Xも、将来的には輸出される可能性が高く、その輸出候補国には日本も含まれているのではないかと筆者は思います。


ボーイング×サーブの新型練習機にはF/A-18「ホーネット」と同じF404ターボファン・エンジンを採用、最大時速は約マッハ1(時速1300km)に達する(画像:サーブ)。

 現在の航空自衛隊の戦闘機パイロットの養成は、初等練習機の「T-7」と中等練習機の「T-4」による基本的な操縦訓練を経た後、アメリカ空軍に留学する一部の要員を除いてF-15戦闘機の複座型「F-15DJ」、またはF-2戦闘機の複座型「F-2B」で戦闘機操縦課程を終了して実戦部隊に配備されますが、新たに導入された「F-35A」戦闘機には複座型が存在せず、シミュレーターでの訓練を重ねた後に、F-35Aの実機に搭乗することになります。

 T-4は飛行安定性が高い優れた練習機ですが、1980年代に開発されたためコクピットにはアナログ計器が並んでいます。そのT-4からシミュレーターで訓練を重ねるとはいえ、近代的なグラスコクピットを備えたF-35Aに移行するのは、新人パイロットにとって容易なことではないとの見方もあります。また現在開発手法が検討されているF-2後継機も単座型のみが開発される可能性が高いと見られています。212機(試作機含む)が生産されたT-4は、まだ運用寿命を長く残している機体も多く、今すぐ新練習機が必要というわけではありませんが、航空自衛隊も将来的にはグラスコクピットを備えた近代的な新中等練習機が必要になることは間違いありません。

 航空自衛隊は草創期にアメリカから供与されたT-33練習機を除くと、中等練習機は国産の「T-1」と「T-4」を導入してきました。日本の航空産業は中等練習機の機体やエンジンを開発する能力を十分備えていますが、単なる練習機ではなく、ソフトウェアの更新だけで訓練環境の変化に最適化したり、シミュレーターと連接した訓練を行なったりといった「練習機システム」の開発を単独で行なうのは、技術面はともかく、財政面でやや荷が重いのではないかと筆者は思いますし、それゆえに今回アメリカ空軍に採用された新練習機の航空自衛隊への導入も、真剣に検討していくべきなのではないかとも思います。

【写真】大型多機能ディスプレイ採用コックピット(シミュレーター)の様子


ボーイング×サーブの新型練習機のシミュレーター。大型多機能ディスプレイが採用されている(画像:ボーイング)。