大坂なおみ選手はテニスの全米オープン決勝でアメリカのセリーナ・ウィリアムズを破り、初優勝した(写真:ヨネックス

テニスの全米オープンで世界4大大会シングルスの日本勢初優勝を果たした大坂なおみ選手の快挙が、日本中にフィーバーを巻き起こしている。その余波は、大坂選手が使用したラケットのメーカーであるヨネックスの株価にも及ぶ。

9月8日の決勝後、初の取引となった10日の初値は745円と前週末終値比45円高(6.4%)と急騰。その後も堅調で19日の終値は826円まで上昇した。「小売店からのラケットの引き合いも増えている」(ヨネックスの石田一文宣伝部長)。

会長にスポンサー依頼の手紙が届く

ヨネックスが大坂選手と、テニスラケットやウエア、シューズなどを提供するスポンサー契約を結んだのは、同選手が10歳の頃、2008年のことだ。大坂選手の母親が、ヨネックスの米山勉会長に「スポンサーになって欲しい」旨の手紙を書き、ヨネックスの米国拠点にいるスタッフが、ジュニアトーナメントを観戦してサポートすることを決めた。

スケールの大きさ、性格、周囲の育成方法などさまざまなことを考慮に入れてジュニアのプレーヤーとのスポンサー契約を決めたわけだが、「何も大坂選手だけが、世界中でサポートしているジュニアのテニスプレーヤーの中で特別だったわけではない」と、石田氏は強調する。

長年、ヨネックスはジュニアのテニスプレーヤーへのサポートに力を入れてきた。それは、将来のトップ選手を青田買いするという短期的な視点以上に、「テニスの楽しさ、おもしろさを多くのジュニアのプレーヤーに伝え、中長期的視野でテニスファンを開拓することを重視してきた」(石田氏)。だからこそ大坂選手に対しても、その実力が開花する前からサポートすることを決めた。


全米オープンの優勝トロフィーを掲げる大坂選手。ヨネックスにとっては息の長い選手支援が結実した瞬間だ(写真:ヨネックス

大坂選手は、ヨネックスが行ってきたこの長年の”種まき“が実を結んだ1つの結果だ。実は、今年の全米オープンテニスの女子ジュニア部門では本選出場者64人のうち22人、男子ジュニア部門では64人中15人がヨネックスのラケットを使用。特に女子は、アメリカのウィルソン、フランスのバボラ、オーストリアのヘッドなど世界トップ3メーカーを抑え使用率1位となっている(ヨネックス調べ)。

活躍中のトップ選手たちは、用具を変えることを好まない。変えることで不調になることを恐れるためだ。ジュニアからヨネックスのテニスラケットを使っているトップ選手は、他社からどんなに契約金を積まれたとしても、使い慣れた製品を選ぶ傾向にあるという。このままジュニア層の選手が育っていけば、世界シェアの4番手からトップ3へ、飛躍する日も夢ではない。

バドミントンでは中国開拓に成功

大坂選手効果で一躍注目を集めたヨネックスだが、売り上げの過半はテニス用品ではなくバドミントン用品が占める。公表数値はないものの、国内シェアは推定7割と圧倒的で、世界的にみても、台湾のバドミントン専門メーカーのビクター、中国の総合スポーツメーカーのリーニンという競合を抑え、シェアトップを誇る。たとえば、7月末から8月にかけて行われた「世界バドミントン選手権大会」では、メダリストのうち約6割がヨネックスのラケットを使用していた。


ヨネックスはバドミントン日本代表の桃田賢斗選手も長年サポートしている(写真:ヨネックス

バドミントン用品は国内市場の大幅な伸びは期待できない半面、海外向けが好調だ。競技人口8000万人とされる巨大市場の中国の開拓に成功し、最近では売り上げを伸ばしている。今ではバドミントン用品売り上げの約7割が中国を中心とした海外となり、今後も中国に加え、インドなどの新興国で拡大の余地はある。

バドミントンで中国の開拓に成功した要因としては、認知度向上のための広告宣伝活動が大きい。中国のリン・ダンなど世界に名だたるトップ選手を広告塔に起用し、国際試合でのラケットの使用のほか、CM出演、雑誌やテレビなどを使った情報発信でバドミントンブランド、ヨネックスの価値を高めていった。

一方でテニス用品は会社の売り上げの1割程度。テニス用品を強化し、もうひとつの柱に育てることが長年の課題だ。とはいえ、国内は少子高齢化で市場縮小が続き、2018年3月期のテニス用品の国内売り上げは約2%の減少となった。テニス用品をバドミントンに並ぶ柱に育てるには、海外を開拓するしかない。

その点で、テニスもバドミントン同様、スポンサー契約を結んだトップ選手の国際試合での活躍が企業名の認知につながり、大きな宣伝効果を生む。今回の大坂選手の活躍は、テニスが盛んな欧米で、「テニスブランドのヨネックス」をアピールする好機だったといえる。


ヨネックスのラケットの特徴(写真:ヨネックス

1980年代、空前のテニスブームに湧いた日本では、ヨネックスは契約プロ、マルチナ・ナブラチロワ選手の活躍で、ラケット「R-22」が大ヒットしたことがあった。当時から「当社のラケットの特徴はアイソメトリックにある」(石田氏)。独自の四角ばった形状は今も変わらない。

バドミントンの技術をテニスに応用

大坂選手が使用しているラケット「EZONE(イーゾーン)」は同選手用に調整されたものであるが、販売中の「EZONE98」でも独自のアイソメトリックは採用され、縦と横のストリング(ガット)の長さを均等に近づけることで反発域が広がり不快な振動が収まりやすい。一般的な円形ラケットに比べてスウィートエリア(ボールを打つのに最適なエリア)がより広くなっている。


店頭での販売が好調なヨネックスの「EZONE98」(写真:ヨネックス

現在、世界上位のシェアを誇るフランスのバボラは、もともとテニス用ストリング専門メーカーだった。1990年代初めにラケットの製造や販売に着手。使用選手の活躍に加え、「ラケットとストリングのブランドを統一すれば、より性能が明確に出る」との売り込みが奏功し、ラケットでも世界トップクラスの地位を確立した。ストリングは専業メーカーのものを使うのが当たり前という常識をバボラは覆し、ラケットと同一ブランドを使用する選手が増えた。

この流れに乗り、ヨネックスでもラケットだけでなく、近年テニスストリングの開発や販売に注力している。今はまだ、海外トップメーカーの後塵を拝しているが、ヨネックスにはもともと、バドミントンで培ってきたストリングの製造技術がある。ナイロンの編み方、固める接着技術などをテニスに生かして開発したストリングは大坂選手の活躍を支えている。

「大坂選手は当社が期待していた以上のよい結果を出してくれた。ジュニア選手のサポートや商品開発など、地道に積み上げてきたことが報われたと感じている」と石田氏は話す。ヨネックスのテニスラケットでの海外開拓はこれから加速していきそうだ。