カラフルなファルファーレのポップアップストア

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約1万円と比較的高価だが、年間8万足も売れるバレエシューズがある。ブランド名は「ファルファーレ」。発売元は神戸の中堅ファッション企業「クロシェ」だ。同社はあえて常設店を持たず、百貨店の催事コーナーでの展開にこだわっている。そのユニークな販売戦略を、神戸大学大学院の栗木契教授が解説する――。

■小さな物語の先にある大きな再生

今回皆さんにご紹介するのは、日本のファッション産業の再生に向けた小さな物語である。

数年来、国内アパレルメーカーの苦境が次々と伝えられてきた。大手ファッション企業の店舗の閉鎖やブランドの撤退が相次ぐ。ワールド、TSI、そして三陽商会といった業界を代表する大手企業も利益を出すことに四苦八苦している。これが日本のファッション産業の現状である。

「『中』からイノベーションを起こすプレイヤーが必要」。杉原惇一氏と染原睦美氏(両氏とも日経ビジネス記者)は、昨今のファッション産業をめぐり、このように述べている(『誰がアパレルを殺すのか』日経BP社、2017年)。こういう時代だからこそ、これまでのファッション業界で支配的だったロジックとは異なる道を行く企業の存在が重要となる。

今回はそんなイノベーティブな会社のひとつとして、神戸に本社を置くクロシェの代表取締役・沼部美由紀氏にお話をうかがった。クロシェは神戸に本社を置く小さな会社だ。同社が2014年に発売したバレエシューズのブランド「ファルファーレ」は、年間の販売が8万足を超える勢いだという。

沼部氏は、ファッション産業の定石にとらわれない。デジタル時代にはクロスセリングとは異なる販売拡大が有効となることを見抜き、ファルファーレでは専門ブランドの強みを徹底して活かしている。このアプローチに欠かせない市場規模推定についても抜かりがない。こうした戦略眼のよさが、気づきをたしかな成長へと導いている。

■「マカロン専門店」のように1点に特化する

大学卒業後、都市銀行の一般職として働いていた沼部氏は、1996年、26歳で起業した。最初は、当時の日本ではあまり知られていなかった欧州の食器類を輸入する事業を手がけ、1998年からアパレル関連の事業も始めた。2018年1月期の売上高は前期比11.6%増の14億円と、中堅クラスのファッション企業にまで成長した。

小さいとはいえクロシェは、これまでにオリジナル企画の商品で、累計十数億円を売り上げるヒットをいくつか生みだしており、現在では神戸市の中心部に自社ビルをかまえる。

このクロシェが2014年に売出したバレエシューズが、前述した「ファルファーレ」。毎年売り上げを伸ばし、今では年間の販売が8万足を超える勢いだ。後述する単価を考えると、ワンアイテムで年間約7億円程度を売り上げる。中堅企業にとっては大ヒットといえる。

バレエシューズは、女性靴のショップや売り場の定番アイテムである。しかし、バレエシューズに特化した専門ブランドは、日本ではほぼ見当たらない。定番ではあっても、総合の女性靴ブランドがサブで手がける商品。バレエシューズは、こんな位置づけの商品だった。

定番ではあるがメインではない。大手ブランドであっても、こうした商品では企画のつめが、メインの商品に比べるとどうしても甘くなる。

沼部氏はそこに目をつけた。いわば総合のスイーツ店から、マカロンだけを切り出して専門店化するようなアプローチ。この専門ブランド化をバレエシューズに目をつけて行ったのがファルファーレである。

■4000円以下と3万円以上で中間が空白だった

もちろん、何でも専門ブランド化すればよいわけではない。多くのブランドのメインとなるアイテムのサブとして必ず置かれているアイテム。こうしたアイテムであれば、そこだけを切り出しても市場規模は相当に大きい。この市場規模についての条件を外した商材を切り出しても、成功の見通しは低い。バレエシューズは、この成功の条件に当てはまるアイテムだったのである。

沼部氏が調べたところ、従前の国内市場では、バレエシューズは4000円以下のクラスの商品が主流であり、質感に課題があった。唯一「レペット」という、フランスのバレエシューズの高級専門ブランドが店舗網を全国に広げていたが、3〜4万円というバレエシューズとしてはハイエンドなゾーンでの商品展開だった。つまり低価格帯と高価格帯のあいだが空白地帯となっている状況だったのだ。

専門ブランドの強みは、経営資源の集中投下から生まれる。

ライフスタイル提案型の総合ブランドが全盛だった1990年代の後半。この時期からクロシェは、つくり込んだキラーアイテム1点で勝負するアプローチで成功をおさめてきた。

沼部氏は、「小さなブランドが百貨を扱おうとすると、パワーが分散してしまう」と語る。だから単品に集中する。手がける商品を絞り込むことで、企画の完成度を高め、消費者に絶対に欲しいと思ってもらえる商品を生み出す。そうすれば、ロットあたりの発注量を増やすことができ、その結果として、いい素材が使えるようになり、生産工場への細かな改良の依頼も行いやすくなる。さらに、商品を入れるバッグなどの付属品にも凝ることができる。このレベルまでくれば、小さなブランドが大手ブランドに十分に対抗できるようになる。

沼部氏のファルファーレは、バレエシューズに企画を集中することで、ハイエンドのブランドにも引けをとらない見た目、履き心地、そして品質を実現し、一方で市場の空白ゾーンを見すえて、リーズナブルな8800円の価格(当時)で商品を投入した。

低反発インソールの履き心地など、完成度が高く、常時20色以上のカラーバリエーションが用意されているバレエシューズである。単品であっても、これを定価で売り切ることができれば、小さな会社には十分な利益がもたらされる。

■ファルファーレが常設店舗をあえて作らない理由

さらに収益性を高めるためには、セールに頼らない販売を進めるとともに、販売コストの削減が欠かせない。

この2つの課題を同時達成するべく、沼部氏はポップアップストアを活用している。

ポップアップストアとは、商業施設の一角、あるいはイベント・スペースなどに期間限定で開設される店舗である。このポッと現れる店舗は、低コストのプロモーションとして、あるいはオンライン・ショップがリアルの体験を提供する場として、英米を中心に2000年代からブームとなっている。デジタルと実世界の融合が進むなかで出現している新しい現象といえる。日本でもポップアップストアの活用は拡大傾向にある。

とはいえ、多くの企業が試みるポップアップストアの活用は、プロモーションであったり、リアル体験の提供であったりと、メインの販売の補完であった。しかし沼部氏は、ファルファーレの出店においては、恒常的な店舗は設けない方針をとっている。

ファルファーレには常設店舗はない。そのかわりにファルファーレは、1週間単位でポップアップストアを全国の各所で次々に出店していく。その数は年間で100以上にのぼる。これで年間8万足という販売の根幹を確保する。

ポップアップストアは内装費や設備費が低減でき、出店コストの削減に貢献するわけだが、それだけではない。ファルファーレのような専門ブランドの場合、ポップアップストアの活用は、購買意欲の刺激という点でも重要だという。

服でも、靴でも、何でもそうだ。アマゾンやゾゾタウンなどにアクセスすれば、いつでも、どこでも膨大な選択肢が用意されている。今はそんな時代である。

商業施設を回遊し、気に入った商品に出会うと、「今、ここで買っておかなければ」と思いたつ。こうした買い回りスタイルから生まれる消費への渇望感は、いまの時代にあっては、弱くなる一方である。

■ネット時代に渇望感を刺激する販売戦略

オンライン・ショップがあるのだから、商品との出会いがあっても、買うか買わないかの意思決定は先送りしておいて、また考えればよい。

「ショールーミング」とも呼ばれる、消費の延期化である。このショールーミングの影響を特に受けやすいのが、ファッション関連商品のような不要不急の嗜好品である。明日の朝食は今日買っておく必要がある。しかし明日身につける服や靴は、ワードローブから引っ張り出せばよい。オンライン・ショップが充実していくなかで、ファッション関連商品の販売方法は転機を迎えつつある。

このような時代にあってのポップアップストアという、販売期間を限定した店舗の有効性は、消費者の購買機会を制約することにある。購買機会の制約が、販売機会の拡大を生み出すというのは逆説的だが、その媒介変数は消費への渇望感の刺激だと沼部氏は語る。期間限定のポップアップストアだからこそ、出会ったお気に入りの商品を、今ここで購入しておかなければならないという思いに、消費者は駆られることになる。

ライフスタイル提案を行う総合ブランドであれば、靴を購入した次は、コーディネートを考えてブラウスにジャケットをと、季節ごとに、あるいはライフステージごとに提供する商品が広がっていく。しかし一点主義の専門ブランドの店舗では、このようなクロスセリングはそもそも生じにくい。

そうなのであれば、常設店舗をかまえることから広がるクロスセリングの可能性を追求してみてもしかたない。逆に制約によって枯渇感を刺激することが有効なのではないか。ファルファーレの躍進は、沼部氏のこのような仮説の有効性を実証するものといえる。

■売れない時代によそを見ているだけでは駄目

ファッション産業の外側から飛び込み、一歩一歩成果をあげてきた沼部氏。門外漢の彼女の目から見ると、日本の代表的なアパレル企業のマーケティングには不思議な点も多いという。

「売れないとわかっていながら、シーズンで50型つくらないといけない、という常識にとらわれ、やっつけ仕事でデザインをこなし、売れない商品をつくっていくのは、私には不思議です」

こうした定石にとらわれない沼部氏の着眼が、専門ブランドの強みの見定め、前提となる市場規模の見極め、そしてデジタル時代にあってのクロスセリングとは異なる販売拡大への転換などにいかされ、ファルファーレのヒットが生まれた。

沼部氏がかつて、専門ブランドに目をつけた時期は、ユニクロがフリースジャケットというキラーアイテムで一点突破を果たし、大躍進をとげた時期と重なる。とはいえ、沼部氏は、そのことをまったく意識していなかったという。ライバルを無視するわけではないが、「売れない時代にあっては、よそを見ているだけでは駄目」と、沼部氏は語る。

衰退するいっぽうではないのだ。日本のファッション産業には次をねらう底力がある。そしてそのなかで、曲がり角にあるファッション都市・神戸。しかしこの街も、クロシェのような会社が次々と生まれていくことで、業界全体も活性化していくのだと思う。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科 教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)