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●ムーアの法則はいつまで続くのか
既報のとおり、これまで半導体業界を牽引してきた「ムーアの法則」の提唱者であり、Intelの共同創業者であるGordon Moore(ゴードン・ムーア)氏(図1)がimecの「Lifetime of Innovation Award」を受賞し、その授与式が2016年5月24〜25日にかけてベルギーのブリュッセルにて開催された「imec Technology Forum (ITF) Brussels 2016」にて執り行われたが、実は本人は87歳と高齢のため、会場に姿を現さなかった。その代わりに、imecの社長兼CEOであるLuc Van den hove氏が、ムーア氏のもとに訪問してインタビューを行った様子が1000人を超す聴衆で埋め尽くされた会場にて公開された。そこには、興味深い内容がいくつも含まれていたこともあり、これを紹介したい。

○ムーアの法則は、過去5年の傾向を延長しただけ

実はムーア氏自身としては、ムーアの法則について、「産業界にそれほど影響を及ぼしていないのではないか」との見解を有しているという。「半導体産業に集積回路が登場してから3年後の1965年の時点で、過去5年間の集積回路の傾向として"集積回路の搭載部品数が毎年倍増しているというパターン"を観察したに過ぎません」と謙虚な言い回しに加え、「この法則がなかったとしても集積回路の進歩のペースが遅くなったとは思いません。1965年当時、半導体産業は成長を始めていましたから、ムーアの法則があろうが無かろうが、成長をしていったことでしょう」と、自身が何もしなくても集積回路の進歩は止まらなかったとする。

○ムーアの法則はいつまで続くかわからない

では、そうした半導体業界を牽引してきたムーアの法則はいつまでその効力を発揮するのか。この手の質問は、長年にわたって同氏に幾度となく投げかけられてきた質問であり、その答えはこれまでと同じように、「こんなに長く続くとは思ってもいませんでした。とうの昔に破たん(COLLAPSE)すると思っていましたから。だから、今後いつまで続くか私にはわかりません。新しい技術ノードになればなるほど困難さが増しているようですし」という回答のほか、「ムーアの法則がいつ終焉を迎えても驚きませんが、乗り越えるのが困難に見える壁に立ち向かい続けている技術者たちの奮闘には感銘を受けています」と、現在も半導体業界を牽引するプロセスエンジニアたちに向けた想いを語っている。

また、これまでの半導体技術の進歩そのものを振り返り、「これほどまでに早い速度、かつ長期間にわたって進歩を続けてきたほかの分野は見たことがありません。高性能かつ高信頼性のものを造ることと小さく安く造ることがトレードオフではないと言うことは素晴らしいと思います」としたほか、「過去、自分がどのような未来に向けた予測をしていたかを振り返ってみると、まったく正しい予測はできていませんでした。PCの出現もインターネットの出現も、そのほか多くのモノの出現も予測できていませんでした。それだけ未来を予測することは難しいのです。ただ、言えることは、ますますインテリジェントな環境が実現することを期待するということです」と未来の半導体業界に向けた希望も語ってくれた。

●ゴードン・ムーア氏が尊敬する3人の人物とは
○生涯で尊敬する人物は3人

Intelのトリニティ(三位一体)とも評されるムーア氏だが、半導体業界で印象に残っている人物は3人いるという。そのうち2人は、同じIntelの創業者であるロバート・ノイス氏、先ごろ亡くなられたアンディ・グローブ氏であり、Intelの創業当時から企業を発展させるために苦楽を共にしてきた仲間といえる。そしてもう1人は、John Bardeen(ジョン・バーディーン)氏だという。同氏についてムーア氏は、「トランジスタを発明した1人であり、その開発初期段階に、静かで目立たないが、しかし最初の重要な貢献をした人物として尊敬している」としている。

米国では「The Intel Trinity: How Robert Noyce, Gordon Moore,and Andy Grove Built the World's Most Important Company(インテルの三位一体:Robert Noyce, Gordon Moore,Andy Groveはどうやって世界で最も重要な企業を築いたか)」という長いタイトルのベストセラーが出版されている。邦訳は「インテル:世界で一番重要な会社の産業史」(文藝春秋刊)。ムーア氏が人生のヒーロ―としてロバート・ノイス氏とアンディ・グローブ氏の2名を挙げていることからも、外部(マスコミ)の「インテルの三位一体」という捉え方の正しさを裏付けている。

また、ジョン・バーディーン氏については、日本ではトランジスタ発明者としては、William Shockley(ウィリアム・ショックレー)氏の方がはるかに有名であるが、氏の名前は出てこなかった。それには、歴史的裏付けがある。1957年、ショックレー半導体研究所に在籍していたノイス氏やムーア氏ら8名の社員が、ショックレー氏の偏狭なパワハラに耐えきれず辞職したが、同氏は、彼らを裏切りの8人として生涯恨んだ。この辺の事情は、上記の書籍に赤裸々に語られている。ノイス氏とともに研究所を飛び出した後のムーア氏は、Fairchildを創業し、さらにそこからノイス氏とともにふたたび飛び出し、Intelを創業し、世界一の半導体企業に育てあげることとなる。

○たった4点のプロットによる将来予測が50年継続

ムーア氏が、1965年に「Electronics(当時、米国McGrowが発行していた商業雑誌)」の依頼で執筆した記事に掲載された図面(図3)がずっと後になって人々から「ムーアの法則」と呼ばれる経験則提唱の原点となった図面である。

1965年の時点で、当時IC誕生後わずか3年で得られたたった4種類のICの部品点数をプロットしたに過ぎないが、これを外装してその後10年間を予測している。1959年の0(log目盛)いうのは部品点数1に相当するデバイス、つまり単体トランジスタを指す。当時は、単体トランジスタさえあれば高価なICは不要とする意見が主流をしめていたので、Fairchildおよび同社のIC開発責任者だったムーア氏はICが将来有望なことを宣伝するため、後に「ムーアの法則」と呼ばれる経験則を希望を込めて提唱したようだ。ムーア氏は、この経験則が、その後、半世紀にわたり、産業界を支配しようとは思いもよらなかったと、後年、繰り返し語っているが、そんな同氏も今は、ムーアの法則に従って猛スピードで進歩を続ける半導体分野から離れて、別荘で過去を振り返りながら、静かに余生を送っているとのことである。

(服部毅)