なぜ、パートで働く妻は時給UPを拒むのか?

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■今年の秋から「106万円の壁」が……

最近、パート・アルバイトの時給が上昇を続けている。

2015年12月、求人情報大手のリクルートジョブズが発表した、同年11月の3大都市圏(首都圏・東海・関西)のアルバイトの募集時の平均時給は981円。6カ月連続で過去最高を更新したという。さらにこの上昇傾向は今後も続く可能性が高い。

私が大学時代にやっていた飲食店でのアルバイトの時給が、たしか700円くらい。それから比べると、ずいぶんな違いだ(四半世紀以上もさかのぼることを差し引いても……)。

ところが、時給がアップすることを喜ばない人たちもいるという。パートタイマー労働者の一翼を担う主婦のみなさんである。

なぜ、彼女たちはそう考えるのだろうか?

おそらく、最大の理由は、「税金社会保険料の負担がかからない範囲で働きたいから」である。

▼非正規雇用で働く女性の年収は、103万円以下が半数以上!

「平成27年版パートタイマー白書」(アイデム人と仕事研究所)によると、「非正規雇用/正社員意向なし」の女性労働者の年収は、「103万円以下」が50.2%で突出して高い。続いて「103万円超〜130万円未満」が21.9%と、年収130万円未満で働く人が7割超を占めている。いわゆる「103万円の壁」、「130万円の壁」を意識しての結果だろう。

たしかに、パートなどで働く主婦の方は、とにかく夫の扶養の範囲から外れること、また税金がかかってくることに敏感だ。1年の後半になると、年収が「壁」を超えないよう、調整(出勤日数・時間)に躍起になっている人も少なくない。

パートで働いて多少手取りが増えたところで、自分や夫の税金等の負担も増え、世帯年収が減ってしまったのでは、元も子もないというわけだ。

■「税金社会保険料は絶対取られたくない」

しかし、収入の壁については、正しく理解している人ばかりとはいえない。実は、妻のパート収入と税金社会保険料の負担には、先の2つ収入の壁以外に「100万円の壁」「141万円の壁」があることをご存じだろうか? ここで整理してみよう(図1参照)

(1)100万円の壁

まずは、妻のパート収入が100万円を超えると住民税がかかってくる。ただし、103万円までであれば1万円未満の負担で済むし、夫の収入の影響はとくにない。世帯収入はアップする。

(2)103万円の壁

妻のパート収入が103万円を超えると、住民税に加えて所得税がかかる。夫の収入も、「配偶者控除」という所得税・住民税の控除が受けられる優遇措置が適用外に。代わって「配偶者特別控除」が受けられるようになる。こちらは、妻の収入に応じて、優遇される金額は減少していくしくみだ。税金が増えても、まだ負担は軽く、世帯収入としては引き続きアップする。

ただし、企業が任意で実施する「配偶者手当」は、配偶者控除の対象になる103万円以下に設定している企業が多い(企業によって、130万円以下に設定している場合も)。「平成24年賃金事情等総合調査」(中央労働委員会)によると、配偶者手当の平均支給額は年額約19.6万円(月額16,300円)。これが支給されない分を考慮すると、家計への影響は大きい。

(3)130万円の壁

ここから要注意ソーンに入る。妻のパート収入が130万円以上になると、夫の扶養から外れ、住民税・所得税などの税金に、健康保険や厚生年金保険料といった社会保険料負担が加わる。また夫の年収も、引き続き配偶者特別控除は受けられるものの、その金額はさらに減少する。

だいたい社会保険料は、収入の約14〜15%かかるため、ここから収入が増えても世帯年収が変わらないが減少してしまうという逆転現象が起こる可能性がある。

(4)141万円の壁

妻のパート収入が141万円以上になると、配偶者特別控除は適用外となり、税金面での優遇措置はゼロ。妻の税金社会保険料も年収とともに負担が重くなる。

こうしてみると、主婦のパート年収は所得税のかからない103万円まで、と考えている人が多いが、実際の試算では、世帯年収で考えるとダウンすることはない。しかし社会保険料負担が発生する130万円〜150万円あたりがレッドゾーンと見られ、130万円を超えて働くのであれば、160万円超を目指すと世帯年収もぐっとアップしていくことになる。

■「106万円の壁」にひっかかるパート多数!

さらに忘れてはならないのは、今秋以降に出現する、第5の「106万円の壁」だ。

2014年8月、短時間労働者に対する厚生年金・健康保険の適用拡大が決定し、2016年10月から、一定の条件(従業員501人以上の企業で働く人が対象、1週間の所定労働時間が20時間以上など)を満たす場合、パートで働く労働者も厚生年金や健康保険への加入が義務付けられる。

この条件の中に、月額賃金8.8万円以上があり、これが年収ベースで106万円となるため、これが新たな壁というわけである。

このこともあって、パートの主婦の皆さんは時給アップに難色を示すのだ。本来喜ぶべき時給アップは、むしろ働き方に注意しなければならなくなる「悩みの種」なのだ。勤務先の戦力となりたいのに、あまり長い時間働くと、自分が損してしまう。そのジレンマに陥ることになる。

そして昨年12月中旬、厚生労働省では、企業の配偶者手当に関する有識者検討会の初会合が開かれた。配偶者手当が女性の就労の妨げの一因となっているとして、見直しを企業に促す狙いだという。今年3月を目途に報告書がまとめられる予定だ。

配偶者控除に関しても、昨年12月16日に公表された2016年度税制改正大綱では見直しは先送りされたものの、引き続き議論の俎上には載せられるだろう。

遅かれ早かれ、これからもパート主婦の優遇措置は廃止もしくは縮小傾向にあることは変わらない。じわり、じわりと外堀から埋められつつ「収入の壁なんか気にせず、とにかく社会に出てがんばって働け」ムードが高まることは必須といえる。

(ファイナンシャル・プランナー 黒田尚子=文)