このオフ、海の向こうメジャーリーグのFA市場は大賑わい。そのおかげで、前田健太の獲得に関心が高いとされていたアリゾナ・ダイヤモンドバックスはザック・グリンキーと6年総額254億円で、ボストン・レッドソックスはデビッド・プライスと7年総額267億円の大型契約を結び、前田争奪戦からは撤退したと伝えられている。

 FA市場が不作で田中将大人気に過熱した2年前と状況は明らかに違っているが、それでもロサンゼルス・ドジャースやニューヨーク・ヤンキース、サンディエゴ・パドレスらを筆頭に、前田に興味を示す球団は多い。

 これまで野茂英雄から直近の田中将大まで、名だたる日本のエースが海を渡ってきたが、期待と結果はしばしば小さくないズレを生んできた。今季の15勝を含め、NPBでの9年間で97勝を挙げ、沢村賞に2度輝いた前田は、はたしてメジャーでも期待通りの結果を残せるのだろうか。

「岩隈(久志)の投球がひとつの参考になるのではないでしょうか」

 そう語ったのは、かつてPL学園、法政大学で監督を務め、その後は近鉄、シアトル・マリナーズのスカウトとして球界を渡り歩いてきた山本泰氏だ。山本氏が口にした「岩隈の投球」の真意を聞くと、「第一にコントロール。日本でもメジャーでも野球の基本です」という答えが返ってきた。

 岩隈はNPBでの11年間で226試合に登板し、通算与四球率(※)は2.00。メジャーではさらに数字を上げ、今シーズンまでの4年間で1.75。抜群の制球力が安定した活躍を支えていたことがうかがえる。ただ山本氏が強調したのは、単にストライクゾーンに投げ込むコントロールではない。
※与四球率とは、投手が1試合(9イニング)完投したと仮定した場合の平均与四球数で、値が低いほど制球のいい投手と認識されている。

「とにかく低めです。岩隈がアメリカへ行ってすぐのときに『お前のスピードじゃ、少し高い、ちょっと甘いとはるかかなたに持っていかれるよ』と言ったことがあります。本人も自覚していて、『甘いと本当によく飛びます』と笑っていました。とにかく低めに徹底して集められることが重要です」

 メジャー移籍後の岩隈の投球を見ると、内野ゴロの多さが際立っている。低めに球を集めながら、ゴロを打たせるコツを覚えたことで球数も抑えられ、野手のリズムもよくなる効果も生んだ。さらに山本氏は、「低め」に加え、もうひとつのポイントとして「内角」を挙げた。

「メジャーは内角のジャッジが打者に甘い。だから、打者は思い切り踏み込んでくるし、リーチも長いから、(右打者の場合)外角の球でもレフトに引っ張って長打になるんです。そうさせないためにも、いかに内角を攻め、意識させるかが大事になってきます。ただ、腰から上にいくとすぐ乱闘になりますから、内角低めにピンポイントで投げ切れるコントロールが必要になります。岩隈はこのレベルの制球力を持っています。マエケン(前田健太)も外角低めに投げ切る技術は高いものがありますし、時折、内角をズバッと突く攻めもできる。そういう点ですごく楽しみですよね」

 今シーズン終了時、前田のこれまでの与四球率は1.90で、日本時代の岩隈を上回っている。ちなみに、ダルビッシュ有の日本での与四球率は2.36、田中将大は1.88。そのダルビッシュや田中に比べ、真っすぐの破壊力や変化球のキレでやや劣ると見られている前田だけに、より高い制球力が活躍の成否を分けることになるだろう。山本氏が続ける。

「私が初めてシアトルへ行ったとき、ジェイミー・モイヤーの投球練習を見ました。でも、球速はないし、球種も少ない。正直、『本当にエース......?』と思ったのですが、すぐコントロールのよさに気づきました。真っすぐも曲がりの大きいカーブも、構えたところにピタッとくる。ミットがまったく動かないんです。あらためて、ピッチャーはコントロールだと思い知らされました」

 そして山本氏はもう1点、岩隈に学ぶ成功のポイントを挙げた。それが「球の質」だ。岩隈は、山本氏が近鉄のスカウト時代にその素質に惚れ込み、ドラフト5位で堀越高校から獲得した選手でもある。順調に成長し、近鉄、楽天のエースとして活躍したときには、回転力のある、失速しない真っすぐが大きな武器となっていた。

「当時の彼のストレートは、本当に惚れ惚れするきれいな球筋でした。でも、今はどうですか? テレビで見てもわかるように、きれいな真っすぐは減って、ちょっと曲がったり、沈んだりという球が増えた。日本で投げているときは、スライダーはもっと変化が大きく、フォークも投げていましたが、アメリカでは変化の幅を小さくし、真っすぐは汚い回転の球が中心。アメリカ仕様の球をしっかり内外角低めに投げ切れる投球ができるから、安定した成績を残せるんです」

 対して前田はどうか。投手としての基礎を学んだPL学園時代から本人がこだわり、磨いてきたのが「きれいな回転の真っすぐ」と「アウトローの制球力」だった。さらに球種は真っすぐとカーブのみ。そこからプロとして経験を積むなかで、球種を増やし、投手としての幅も広げてきた。ここからさらにメジャー仕様のスタイルを確立することで、大きな結果をもたらすことになるだろう。

「岩隈もそうでしたけど、いろいろと試しながら使える球、勝つための投球を覚えていくはず。そういった勝てる投手の頭脳をマエケンも持った投手だと思いますから、メジャーに行っても順調に成長すると思いますよ。岩隈のときも、当時のGMから痛めていた肩の状態や球速がどこまで戻っているのかを聞かれました。最終的には『彼はやれるのか、やれないのか』と聞かれ、ストレートも戻っていましたし、私は『やれます』と自信を持って答えましたが、今のマエケンについて聞かれても同じ答えを返すでしょうね。日本のエースの力を見せてくれると思っています」

 日本球界もメジャーも知る山本氏からの太鼓判。前田健太がメジャーの強打者相手に投げる日が待ち遠しい。

谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro