FC東京の米本からボールを奪い取り、羽生(22番)のチャージもかわして、左サイドをえぐったが、利き足とは逆の左足で上げたクロスは力なくゴールラインを割った。 写真:田中研治

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 ロスタイムも残りわずかな90+4分、1点を追う湘南が自陣でFC東京のCKからボールを奪うと、最後の力を振り絞って意地の波状攻撃を仕掛ける。

【J1 PHOTOハイライト】1stステージ・5節
 

 永木亮太が身体を張って、相手選手とのヘディングで競り勝つ。拾ったボールを高山薫、三竿雄斗、再び高山とパス&ランで加速させながらつなぐ。高山からパスを受けた大竹洋平のドリブル突破は一度カットされたが、再びボールを奪い返した永木が、チャージを振り切って左サイドをえぐりゴールライン際まで持ち込む。チャンス到来、のはずだった。
 
 しかし、フリーになった永木の左足から放ったクロスは、力なくゴールラインを割ってしまう。スタジアムを埋めた満員の観客の高まった歓声が大きなため息に変わり、そして権田がゴールキックを蹴り上げた瞬間、廣瀬格主審の「湘南敗戦」を告げる笛が鳴り響いた。
 
「ああいったところですよね。チームとしても、個人としても、紙一重なんだけれど、最後のところのプレーの精度を上げないといけませんね」
 
 ボランチとしてフル出場した永木は、そう言って唇を噛み締めた。
 
「本当は(DFがいたので)ボールを当ててCKを取ろうとしたんです。できるだけ可能性の高いプレーを選択することが大切なので。ただ……、今思えば思い切ってクロスにいっても、良かったかもしれないと思います」
 
 FC東京のDFがしっかり帰陣して守っているので、単純にクロスを上げるだけではボールは簡単に撥ね返されるに違いない。しかも、利き足とは逆の左足で蹴らなければいけない。となれば、CKを得てラストプレーに賭けるほうが、ゴールを奪える可能性は高い――永木は瞬間的にそう判断した。
 
 だが、次々に選手が攻撃に顔を出す「湘南スタイル」で攻勢に立っていたことや、アンドレ・バイアや遠藤航といった身体能力の高い選手が前線で待ち構えていたことなどを考慮すれば、勢いに乗ったままクロスを選択しても良かったかもしれない、というのだ。
 
 多くの湘南サポーターは、永木からズバッと放たれたクロスに、中央で構えていたA・バイアや遠藤がヘディングで合わせて押し込む、または、DFにクリアされたボールを誰かが拾ってねじ込む、という「絵」を思い描いていたに違いない(記者席にいた自分もそうだった)。
 
 
「映画のフィナーレのような流れが来ていたけれどね……」
 
 者貴裁監督は永木のラストプレーについてそう喩えた。
 
「でも観ている人からすると『あれ?』って思われて終わってしまうようなプレー。そういうシーンは確かに他にもあった」
 
 終わってみれば、決定的なチャンスは、13分に菊地俊介のパスから高山がペナルティエリア内に切れ込み、シュートを放ったシーンぐらい(GK権田修一の正面を突く)。これまでのリーグ戦で、ホーム3試合で奪ったのは遠藤のPKによる1点のみ。いまだ流れのなかからゴールできていない。
 
 その永木のクロスが象徴するように、シュートを打つ一歩手前までは良い形で持ち込めている。ところが、そこからの最も重要な局面を崩し切れずにいる。ゴール前までボールは運べても、仕上げのプレー精度を欠く。または、J1の厳しいプレスをかいくぐるのがやっとで、フィニッシュの前に“ガス欠”に陥ってしまう。肝心なフィニッシュの時にチームのパワーの最大値を発揮できていない、という課題を突き付けられたのだ。
 
 ただし、指揮官は悔しさを認めつつ、決して悲観はしていなかった。
 
「言い換えれば、そこまでチャンスが来ているということ。単にロングボールを蹴り込むわけではなく、ウチが狙ったとおりにまず前線にボールを入れようとしているからこそ、連係面や技術的なことなど明らかな課題が見えてくる。継続していくことが大切。質は間違いなく上がってきている」
 
 また、者監督は試合後の記者会見で総括として、「足りないものを補うことも大切だが、足りているもの、つまりその選手が持っている良いところをより引き出していくことが私の仕事だと思っている。その意味では良さを出せたので、今日は負けたが後悔はしていない。もちろん、悔しいが」とも語っていた。
 
 者監督が自認する「ポジティブ思考」からすれば、疲労困憊で迎えた土壇場のラストプレーで、自陣から敵陣まで複数の選手が全力で走り切ってボールを運ぶ「湘南スタイル」を発揮できたことを、まずプラス材料として捉える。その「できたこと」に目を向け、改めて精査して練習を積めば、次こそは必ず壁を打ち破れるはずだ、ということになる。
 
 無論、今季いまだホームでは勝てず、誰より悔しさを噛み締めているのは選手たち自身である。
 
 主将を務める永木は、「昨年はホームで強く、良い成績を収められただけに(16勝4分1敗)、ひとつ勝ってきっかけさえ掴めれば」と語る。彼にとっては3度目のJ1挑戦になるが、今季はこれまでリーグ5試合を戦ってきて、「甘くはないリーグだと改めて思っているが、チームとして、レベルアップできていることも実感できている」と頷く。
 
 序盤から躓いて1年でJ2に降格していった11年、13年のシーズンとは、明らかに異なる「実感」を得ている。次に求められるのは結果、すなわち勝利だ。
 
 湘南は次節、再びホームで昨季覇者のG大阪と対戦する。ガス欠に陥らない全員攻撃でゴールをこじ開けて、宇佐美貴史らの強力なアタックを食い止め(ホームでは浦和の興梠慎三、FC東京の武藤嘉紀とエースに決められているだけに)、選手と観客がひとつになって歓喜するハッピーエンドを迎える――。そんなにすべてが上手くいくはずはないかもしれないが、今季の「湘南劇場」にはそれを実現するだけの可能性を感じる。今度こそ引き立て役ではなく、主役を演じ切る雄姿を見せてもらいたい。
 
取材・文:塚越 始(サッカーダイジェスト編集部)