ツイッターで応援団「“こうなったらいいな”とさえ思いもしないことだった」―宮下奈都インタビュー(2)

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 出版界の重要人物にフォーカスする「ベストセラーズ・インタビュー」。
 今回は、この度新刊『田舎の紳士服店のモデルの妻』(文藝春秋/刊)を上梓した、宮下奈都さんです。現在最も注目を集める作家といっても過言ではない宮下さんですが、先日はツイッター上で、書店員の方々による応援団ができていたそう。
 それをリアルタイムで見ていた宮下さんは…?

■ツイッターで応援団「“こうなったらいいな”とさえ思いもしないことだった」
―本作からは「安定」のイメージがある結婚に、実際は常に細かな揺らぎがあるものだということが読みとれます。宮下さんは、人が結婚した状態でい続けることの良さや意味についてどうお考えですか?

宮下「揺れていながらも結婚している状態を維持していくっていうのが醍醐味なんじゃないかと思うんですよね。波があって、時々離れる時があっても、また時々は近づいたり。パッと一つのことでわかり合えたり喜び合えたりした時は圧倒的な絆感があります。一体感とまではいかないですが、“一番身近に共感し合える人がいる”っていう喜びは大きいと思いますね」

―書店員の方々を中心にツイッターで宮下さんの応援団ができたということですが、そのことについてどのようなご感想をお持ちになりましたか?

宮下「 “こうなったらいいな”とさえ思いもしないことだったので、もう本当に嬉しかったです。自分が思っていたよりももっとずっといいことが起きたという感じでしたね。“願えば叶うって言うけど、願わなくてもこんなにいいことがあるんだな”って思ったくらい、本当に嬉しくてありがたかったです。
ツイッター上で、書店員さんの方々でおもしろいことをやってみよう、一冊の本を仕掛けようと言っているところからちょうど私も見ていたんですよ。“宮下奈都の『スコーレNo.4』がいいと思う”ってつぶやいてくださった方がいて、うれしい!でもまさか通らないだろうと思ったんですけど、たくさんの方々が賛同して下さったようです。
先日また『スコーレNO.4』(光文社/刊)が増刷されたんです。絶対応援団のお陰だと思いますね」

―宮下さんが小説を書き始めようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

宮下「それがわからないんですよ。本はずっと好きでよく読んでいたんですけど、自分に書けるものではないと思っていたので。結婚して男の子が2人生まれて、3人目がお腹に来た時に、この子もきっと男の子だろうと思ったんです。男の子が3人ってもの凄く大変で、生まれちゃったら私はもう何もできなくなると思ったんですよね。だから生まれる前に何かしたかったんです。それがなぜ小説だったのかというと、よくわからないんですけど、でも“何かしたい”っていうのが小説を書きたいということだったんだな、と今は思いますね。
それで書いて出した小説が文學界新人賞で佳作になったというのが幸運でした」

―書き始めた当初はなぜ小説だったのかわかっていなかったんですね。

宮下「夫は仕事が忙しかったし、子供は3歳と1歳ということで自分の時間が全くなかったんです。だから自分だけのための何かをしたかったんだと思います。小説は自分だけの言葉で書けて、自分の中で完結できるじゃないですか。だからそこで映画を撮りたいとか思わなくてよかったですよね(笑)
それで、小説を書いてみたら、それがすっごい楽しかったんですよ。まだ真ん中の子も夜泣きをする時期だったので眠かったんですけど、それでも睡眠時間を削って書くのもつらくないほど楽しかったです。でもそんなに書くスピードがないから、書いては直しを繰り返して、何カ月もかけてやっと(文學界新人賞の規定の)100枚を書けたっていう感じです。最初の作品だということで、誰が読むかも考えずに書いた、自分のための小説だったと思うんです。そういう意味では幸せな小説でしたね」

―自分だけの言葉で書きたいという気持ちは日記やブログには向かわなかったんですか。

宮下「日記は日記で書いていたんですけど、でも私にとっては日記は絶対に人には読ませないものなんです。だからちょっと違いましたね。人を喜ばせたいという気持ちはないにしろ、書いたら新人賞に出そうとは思っていたので、一応人が読んでわかる内容にしようとは思っていました」

―ちなみに、さきほどおっしゃっていた3人目のお子さんは、やはり男の子だったのでしょうか。

宮下「それが生まれたら女の子だったんですよ。たいそう可愛い女の子でした(笑)」

■自分がおもしろいと思える本を一冊ずつ書いていきたい
―宮下さんにとって“おもしろい小説”とはどんな小説ですか?


宮下「読み手の立場で言うと、仕掛けとか話の筋よりも“あの一行が忘れられない”っていう本のことをよく覚えているんですよね。だから描写のおもしろさだと思います。
書き手としては…この本の主人公もそうなんですけど、途中で“何かが変わる”瞬間があるんです。そこを書けた瞬間に自分の中でおもしろいっていう感じがするんです。読んでくださる人も、その部分を読んでハッと気付くわけではなくても、“ああ何かちょっと変わったな”というのを手ごたえとして感じてもらえたら、おもしろいと思ってもらえるんじゃないかと期待してるんですけど…(笑)“成長”ではなくただの“変容”であったとしても、やっぱり何か変わっていてほしいんですよ。生きて様々なことを経験しても全く変わらない人っていないと思うので」

―宮下さんがこれまでの人生で影響を受けた本がありましたら三冊ほどご紹介いただければと思います。

宮下「一冊目は、山田太一さんの『沿線地図』です。高校生の最初の頃に読んで眼が覚めたっていうか、小説として読んだっていうよりも、それこそ人生に直接影響を受けたという感じです。“こんな寝ぼけた生活はダメだ!”って思って(笑)何だか走り出したいような気持ちになったのをはっきり覚えています。それと山本周五郎さんの『柳橋物語』と、最後はジョン・アーヴィングの『サイダーハウスルール』。私がいいと思う小説は“あーおもしろかった!”というものじゃなくて、私は私として生きて行くんだという気持ち、燃えるような気持ちにさせてくれる本なんです。この三冊はそういう共通点がありますね」

―今後の作家としての目標がありましたら教えていただけますか。

宮下「売れる売れないという意味じゃなくて、純粋に“これ、読んでみて”と言える、自分が自信を持っておもしろいと思える本を一冊ずつ書いていくことですね。一番身近であり大きな目標です」

―最後になりますが読者の方々にメッセージをお願いします。

宮下「読んでおもしろいと思っていただけたらうれしいです。ぜひ読んでみてください」

■取材後記
 書くことも読むことも大好きな点といい、小説を書き始めた動機といい、作家になるべくしてなった方、という印象を受けた。
 今回、発売された『田舎の紳士服店のモデルの妻』はご本人が語る通り、淡々と物語が進むが、それは読んで退屈だということでは全くない。淡々と書くことでしか表現できない“何か”を是非読みとってほしい。
(取材・記事/山田洋介)

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