「十三代目市川團十郎白猿襲名披露」が行われた大阪松竹座に写真パネルが掲げられた

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 市川團十郎が26日、大阪松竹座「十月大歌舞伎」に出演し、2022年10月31日から2年間にわたる「十三代目市川團十郎白猿襲名披露」の大千秋楽を迎えた。海老蔵時代から團十郎襲名に対する思いを何度も聞いてきたので、終演後のカーテンコールでスタンディングオベーションの喝采を浴びる様子を見て感慨深いものが込み上げた。

 この日の昼の部「雷神不動北山櫻」では、新たな團十郎の姿を見た。憤怒の形相で雲の絶間姫を追う鳴神上人の飛び六方、無双の力で大勢の捕り手をなぎ倒す早雲王子など荒事の芸は成田屋の真骨頂だ。ただ今回、注目したのは荒事ではない。単独の演目「毛抜」でもおなじみの粂寺弾正の名ぜりふ「面目次第もございません」や絶間姫の色香に惑わされる鳴神上人など、人間味を感じさせる場面の描写がこれまで以上に豊かに表現されていると感じた。緊迫した場面で、あえて息を吐き、緩急で場の空気を和ませる余裕も見せていた。

 襲名後の團十郎の様子について、共演機会の多い役者に聞くと「以前よりも穏やかで落ち着いていらっしゃいます」「お弟子さんにも優しく声をかけて、気遣いをされています」と口をそろえる。大名跡を背負って2年。襲名披露で全国のファンから祝福を受けたことで精神的に安定し、豊かな表現力につながったのか。劇場内も大阪のファンのノリの良さや千秋楽独特の祝祭ムードで温かい空気に包まれていた。

 その一方で、長男の市川新之助と親子共演した「連獅子」の毛振りでは、荒々しい力強さを感じた。過去に片岡仁左衛門と片岡千之助、尾上松緑と尾上左近、尾上菊之助と尾上丑之助、中村勘九郎と中村勘太郎などの「連獅子」を見てきたが、これほど強そうな親獅子は見たことがない。観客に芸を披露すると同時に子獅子役の新之助への叱咤激励にも感じた。新之助も必死に食らいつこうとしていて、役柄を超えた親子の物語が展開されていた。

 ここ数年のインタビューでは何度も「どうすれば、現代の方々に歌舞伎を楽しんでいただけるのか?」と語っていた。次に演じる役柄や演目のことよりも、もっと広い視野で「現代社会の中で歌舞伎がどうあるべきか?」について考えていると感じた。「市川團十郎」は歌舞伎界最高峰の大名跡とされているが、歌舞伎自体が現代人に受け入れられなければ、何も意味がないと自覚しているのだろう。

 伝統を守るには、変わらないことも大事だが、「現代社会との調和」という視点が欠かせない。今回の「雷神不動北山櫻」でも冒頭に裃(かみしも)姿であらすじを解説。「義経千本桜」に新たな趣向を取り入れた「星合世十三團(ほしあわせじゅうさんだん)」、「仮名手本忠臣蔵」を新たに構築する「双仮名手本三升(ならべがきまねてみます) 裏表忠臣蔵」(来年1月、新橋演舞場)も「現代の方々に古典を分かりやすく披露したい」という狙いだ。これまでの自主公演「古典への誘い」「ABKAI」にも共通する思いは、團十郎になっても変わらない。

 22年11月、歌舞伎座での襲名披露。「助六」で團十郎の助六、尾上菊之助の揚巻、尾上松緑の意休という「平成の三之助」がそろい踏みして、歌舞伎の未来を感じさせた。8代目尾上菊五郎を襲名する同級生の菊之助からの「一緒にスクラムを組んでいきたい」というラブコールには「力を合わせ、手を取り合って、歌舞伎の未来を想像しながら切磋琢磨していきたい。当然、やりますよ」と快諾した。菊之助、松緑はもちろん、同世代との新たなタッグにも期待したい。

 口上で中村鴈治郎も言っていたが、これからが團十郎としての真価を問われる時だ。大千秋楽の幕が下りた直後、團十郎はブログで「さぁこれから始まる」と投稿して決意を示した。華のある立役として「勧進帳」の弁慶、「助六由縁江戸桜」の助六、「暫」の鎌倉権五郎など「歌舞伎十八番」を中心に時代物、世話物の初役にも挑んでいくだろう。13代目として、どんな團十郎像を築いていくのか、引き続き注目していきたい。(有野 博幸)