モータージャーナリスト 島下泰久氏(撮影:小宮和美)


 中国の比亜迪(BYD)や米テスラなど新興BEV(純電気自動車)メーカーが急成長を続け、自動運転技術が進化する今、ユーザーにとって自動車の選択肢は大きく広がりつつある。そうした中、日本の自動車メーカーはどのような自動車作りを進めればよいのか。前編に続き、2024年5月、『クルマの未来で日本はどう戦うのか?』(星海社)を出版したモータージャーナリスト島下泰久氏に、BEV時代に求められる自動車作りの視点と、ソニー・ホンダモビリティの新BEV「アフィーラ」から見る「日本の自動車メーカーの強み」について聞いた。(後編/全2回)

■【前編】初代シビックに通じる開発思想 ホンダの次世代BEV「ゼロ」シリーズが「いかにもホンダらしい」理由
■【後編】「絶対的な差をつけられる」と自信、ソニー・ホンダの「アフィーラ」に備わる「唯一無二の強み」とは(今回)

<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

歴史ある自動車メーカーが狙うべき「あるチャンス」

――前編では、跳躍を遂げた中国BEVや、ホンダの次世代BEV「0シリーズ」について聞きました。BEVや優れたAD(自動運転)/ADAS(先進運転支援システム)を搭載する車は、新しいユーザー層からの支持を得られそうですが、従来型の自動車の魅力を知り尽くしたヘビーユーザーから敬遠されることはありませんか。

島下 泰久/モータージャーナリスト

1972年神奈川県生まれ。立教大学法学部卒。自動車を主軸に専門誌をはじめ経済、テクノロジーなど幅広いメディアへ寄稿する。2024ー2025 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。著書『間違いだらけのクルマ選び』は2011年版から共著で、2016年版から単独で執筆し、最新刊は2024年版となる。YouTubeチャンネル「RIDE NOW ーSmart Mobility Reviewー」主宰。


島下泰久氏(以下敬称略) 確かに、好みは分かれるかもしれません。しかし、両者のニーズはいずれも叶えることができると思います。

 昨今、多くのクルマに搭載されているAD/ADASは、クルマの「頭脳」(ソフトウエア)の部分で制御されています。一方で、そもそもクルマが安全に走るためには、サスペンションをはじめとする「足腰」(ハードウエア)の頑丈さも欠かせません。

 ハードウエアの品質が高ければ高いほどソフトウエアによる微調整が必要なくなり、その分「快適な走り」や「気持ちの良い加速感」などの実現に限られた処理能力を割り振ることができます。

 つまり、目指す最終ゴールが異なっていても、良いクルマを追求する過程でお互いにメリットを享受できるわけです。


 もっと攻めた走りをしたい人は自動運転の機能をオフにしてもよいですし、自動運転に任せたい人は最新機能をフル活用すればよいと思います。これからはどちらか一方を選ばなければいけないのではなく、両者のニーズを満たした上で、クルマの可能性や選択肢を広げることができるはずです。

 そして、そうした中にこそ歴史ある自動車メーカーのチャンスがあると考えています。両者の願望やニーズを熟知しているからこそできる楽しい、面白いクルマ作りができると思うのです。

 もちろん、そうした歴史やノウハウを持っていない新興自動車メーカーがどのようなクルマ作りをするのかも楽しみです。既成概念にとらわれない、個性的で斬新なクルマを生み出してほしいとも考えています。

先端技術だけではない「アフィーラの強み」

――著書では、歴史ある自動車メーカーと新興企業との中間ともいえるソニー・ホンダモビリティ(SHM)のBEV「AFEELA(アフィーラ)」について触れています。アフィーラのどのような点に強みがあると捉えていますか。

島下 2024年1月にラスベガスで開催されたテクノロジー見本市「CES(Consumer Electronics Show)2024」では、アフィーラの2024年版プロトタイプが発表されました。2023年版に較べると、似ているようでより現実味が強まったデザインだと感じました。

 アフィーラの初代プロトタイプは宇宙船のような無機質な造形でしたが、今回はクルマ作りの理屈が伴った「本当に走り出しそうな雰囲気」を出していた、と言い換えることもできます。クルマとしての生々しい「本能」、本来のクルマにあるべき「臭い」のようなものを感じたのです。

――市場での販売を意識したデザインに近づいているわけですね。ソニーが強みとするセンサー技術についてはどうでしょうか。

島下 サスペンション制御にはセンサー類をはじめ、ソニーの新しい知見や英知が多く入っています。またAD/ADASについても、LiDAR(ライダー:レーザー光を使ったセンサー)などソニーのレーダー技術によって認知能力を向上させ、そこで得られた情報を基にディープラーニングを用いたAI技術「Vision Transformer」を活用する、としています。

 こうしたテクノロジーによって「見えないもの」「見えにくいもの」を可視化でき、従来は難しかった逆光下での前方車両の背後や、夜間のトラックの背後にいる歩行者の存在まで認識することが可能になるようです。

 一方で、アフィーラは走りにも相当力が入れられているといいます。もともとはホンダのエンジニアで、人気コンパクトSUV「ヴェゼル」の開発責任者も務めた、SHM取締役専務の岡部宏二郎氏は「クルマ好きの人にも乗ってもらえるように、カッコいいなと思ってもらえるように」開発したと話しており、私もこの部分こそがアフィーラの大きな特徴になるのではないか、と考えています。

――それは具体的に、どのような意味を持つのでしょうか。

島下 先ほどお話した、「足腰」の強さと「頭脳」の良さが両立する、ということです。ハードウエアとして基本性能を鍛え上げた上で、最先端のAIを駆使したAD/ ADASを使って運転支援を行えば、これまで実現できなかった走りの世界が切り開けるかもしれない、と考えています。この点は、岡部氏も「絶対的な差をつけられると思っている」と話しており、同社の強みと言えるでしょう。

 例えば、操作に対してクルマがズレや遅れなしにきれいに反応したり、ドライバーの運転がそれほど上手ではなくても意図を汲み、推定してクルマを動かしたりする、という具合です。ドライバーは運転しているけれども、実はそれはクルマのコントロール下にあって、「あたかも自分の手でうまく運転しているような感覚でのドライビング」を味わうことができる、といったことが可能になるかもしれません。

 先端技術のみならず、運動神経と身体能力がしっかり備わって実現できる価値は、アフィーラの大きな価値になるはずです。それは、クルマを知っているホンダの血が入っていてこその強みだと考えていますし、そこから日本の自動車メーカーが得られるヒントもあるのではないでしょうか。

 更に言うと、私は同社がまだ「隠し玉」を持っているんじゃないかと思っているんです。スピード感がとにかく早く、しかも良いものはすぐに模倣されてしまう今の時代だからこそ、まだ最後の武器は隠している。現地でSHMの人たちに話を聞いていて、そんな風に感じられたんです。

自動車メーカーに求められる「社会をどうしていくか」という視点

――電動化や自動運転技術などの進化によって、ユーザーが自動車を選ぶ際はさまざまな選択肢が出てきています。今後、日本のメーカーが自動車を進化させ続けるためには、どのような視点が必要でしょうか。

島下 かつてのクルマは走行性能が主軸でした。しかし、これからのクルマには「社会の中で、どのような役割を果たすか」という視点が今まで以上に重要になると考えています。

 例えば、自動運転は周囲の環境や道路インフラと協調しなければ十分機能させることができません。エネルギーに関しても、充電・給電するためには電力ネットワークとの連携が必要不可欠でしょう。クルマの形状も、斬新にすれば良いというわけではなく「周囲の景観とどうマッチングさせるか」といった視点が必要になるでしょう。

 このように考えると、クルマは「走るだけの存在」ではありませんから、社会の中で果たす役割を考えながら作ることが大切になると思います。だからこそ、自動車メーカーは「クルマづくり」を通じて「社会をどうしていくか」を考える必要性に迫られます。

 変化し続ける社会を予測しながら、それに対応したものを作ることも必要でしょうし、「モビリティが社会を良くする」と社会に貢献する意思を示すことも必要でしょう。自動車メーカーは、クルマという社会的存在を生み出す企業になっていくはずです。

 もちろん、その一方で「個人の喜びを生む」という特徴を兼ね備えていることが、クルマの面白さです。個人がクルマを所有していて「乗ると気持ち良い」「かっこいい」と感じるものが、同時に社会の役に立ったり、社会の景色をつくったりするのです。そうした視点や意思を持てば、私たち人間にとってクルマはもっと魅力的な存在になると思います。

■【前編】初代シビックに通じる開発思想 ホンダの次世代BEV「ゼロ」シリーズが「いかにもホンダらしい」理由
■【後編】「絶対的な差をつけられる」と自信、ソニー・ホンダの「アフィーラ」に備わる「唯一無二の強み」とは(今回)

<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから

筆者:三上 佳大