意識すべきはライバルではなく、「自分たちが腹落ちする未来へのビジョン」なのである(写真:Komaer/PIXTA)

「宗教」と「優れた企業経営」には実は共通点があり、「現代の強い企業」は、いい意味で「宗教化」していく

それらの主題をもとに、世界の宗教事情に精通したジャーナリストの池上彰氏と、『両利きの経営』の解説者で早稲田大学教授の入山章栄氏が語り合った『宗教を学べば経営がわかる』が発売された。

同書を再編集しながら、経営学の「レッドクイーン理論」に触れつつ、「同僚やライバルと競う=成長にいい」とは必ずしも断言できない納得の訳を入山氏が解説する。

「レッドクイーン理論」を知っていますか?

ジャーナリストの池上彰さんとの対談書『宗教を学べば経営がわかる』の中で、「テレビ局の編成部門が、他局の二番煎じのような番組ばかりを作りたがるせいで、面白い企画が生まれない」という話題が登場する。

これは、「レッドクイーン理論」(red queen theory)という経営理論に当てはまる典型的なケースといえるだろう。

この「レッドクイーン理論」もまた、企業イノベーションに大いに関係している。

レッドクイーン理論は、1996年にスタンフォード大学のウィリアム・バーネットが提唱した。簡単に言うと、「企業はライバルと競争して、切磋琢磨すれば成長できる」というものだ。

「相手が成長すれば、自分も負けじと努力して成長し、すると相手もまた刺激を受けて成長し、今度はまた自分が……」ということである。

ちなみに、なぜこの理論が「レッドクイーン」と呼ばれるのかというと、それは、英国の作家ルイス・キャロルの小説『鏡の国のアリス』に登場する「赤の女王」が発した「あなたが本当に他の場所へ行きたいなら、いまより二倍速く走らなくてはならない」というセリフがきっかけになっているからだ。

このセリフにちなんで、生物進化学では捕食関係にある生物種同士が競い合って進化し合う循環を、「レッドクイーン効果」と呼ぶ。

この視点を、バーネットは企業進化に応用したのである。

捕食関係にある生物の進化と同じように、企業も互いに切磋琢磨し、競争することが互いの進化を促す、という視点なのである。

しかし、興味深いのはここからである。

バーネットは12年後の2008年に発表した論文で、ある意味で、先と真逆の議論を展開したのだ。

すなわち、「同僚やライバルと競争して切磋琢磨することは、本当の意味での成長のために必ずしもいいことではない」ということだ。

ライバルとの競争は、成長のためにいいとは限らない?

ポイントは、社会・ビジネス環境の変化がより激しくなったことにある。


このような状況で、目の前のライバルばかりを意識して競争をしていると、やがて競争そのものが自己目的化してしまい、競合相手だけをベンチマークとするようになる。

結果、細かな製品スペックなど「小さなレベルでの成長」しかできなくなり、「大きな環境変化が起きたときに対応できない」というわけだ。

「両利きの経営」でいえば、目の前のライバルとの競争だけを意識すると「知の深化」だけをやるようになり、大きな変化に必要な「知の探索」へ経営資源が割かれなくなる

結果、環境変化が起きると対応できずに壊滅する、ということだ。

日本でのわかりやすい例が、ガラパゴス携帯(いわゆるガラケー)である。

1990年代、日本のメーカー各社は切磋琢磨してガラケーの高機能化を進めていたが、それは細かなスペックだけの競争であった。

しかし、2000年代後半にスマートフォンが登場すると、海外メーカーにいっきに市場を奪われてしまった。

国内のライバルだけを見過ぎた結果、狭い領域での競争だけを意識するようになり、それが裏目に出たのだ。

意識すべきはライバルより腹落ちする未来へのビジョン

このように考えると、本連載の記事(「経営」も「宗教」も本質理解できる"超スゴい理論")でも述べたように、やはり大事なのは「センスメイキング」(腹落ち)なのだ。

すなわち意識すべきは「ライバル」ではなく「自分たちが腹落ちする未来へのビジョン」なのである。

遠い未来に目を向けて競争すれば、「知の探索」を続けることができて、大きな環境変化が起きた際にも、それにうまく乗ってさらに飛躍することができるのである。


(入山 章栄 : 早稲田大学ビジネススクール教授)