宇宙には1兆個ほどの銀河が含まれていると考えられており、個々の光は極めて弱いものの、それでも宇宙全体を照らしています。このような宇宙の “明るさ” を決定する光は「宇宙可視光背景放射(Cosmic Optical Background; COB)」と呼ばれています。COBの値は、宇宙に存在する銀河の数と大きさについて、理論と実測にどの程度の差があるのかを知るために重要です。


アメリカ航空宇宙局(NASA)の冥王星探査機「ニュー・ホライズンズ(New Horizons)」は、太陽から遠く離れた深宇宙を進んでいるため、COBを正確に測ることが可能ではないかと提案され、2021年にCOBの測定結果が公表されました。しかしその結果は、光源が不明な謎の光が含まれている一方、銀河から放出される光の総量は、理論よりずっと少ないことを示唆する、COBに関する大きな謎が含まれていました。


宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)のMarc Postman氏などの研究チームは、ニュー・ホライズンズによって新たに観測されたデータと、宇宙空間に存在するわずかな星間塵(宇宙塵)の量の検討を行い、COBの値を再検討しました。その結果、COBに存在する謎の光の成分は、実際には存在しないと解釈しても問題ないという結果が得られました。また同時に、銀河から放出される光の総量が理論と矛盾しないことも明らかにされました。


今回の研究結果は、現在の宇宙モデルで予測される銀河の数や大きさは、実際の宇宙とそれほど違っていないことを示しています。


【▲ 図1: 深宇宙を進むニュー・ホライズンズの想像図(Credit: NASA, APL, SwRI, Serge Brunier (ESO), Marc Postman (STScI) & Dan Durda)】

宇宙の明るさ「宇宙可視光背景放射(COB)」

宇宙には無数の銀河が存在し、その数は大小合わせて1兆個ほどであると推定されています。多くの銀河は非常に遠くにあり、かすかな光しか届かないため、強力な望遠鏡を使わなければ見ることはできません。


しかし、その存在を間接的に知ることはできます。個々の銀河からの光は、かすかながらに宇宙全体を照らしています。つまり恒星から遠く離れていたとしても、宇宙には完全な暗闇は存在しないことになります。常に宇宙を満たしている光(電磁波)は背景放射と呼ばれ、マイクロ波からX線まで様々な波長で存在しますが、今回研究されたのは、私たちの目に見える可視光線の背景放射である「宇宙可視光背景放射(COB)」です。


とはいえ、COBは非常に弱いため、実際には目で見ることはできないほど弱い光となります。NASAはCOBの明るさを「壁に反射した冷蔵庫の光を1マイル(約1.6km)の距離でみるくらい」とたとえています。これほど暗いことは、COBの明るさを正確に測定するのを困難にします。


少なくとも、COBの正確な値を地球の近くで測ることは不可能です。太陽光を完璧に遮断したとしても、天体の間の宇宙空間には星間塵が存在し、これが太陽光を散乱させるためです。霧の中にいると、太陽以外の方向からも光が来ているように見えますが、これは水滴が太陽光を散乱させるためです。同じようなことが地球付近の宇宙空間でも起きていることを考えれば、いかに難しいかが分かるでしょう。


星間塵による散乱光は、遠くの銀河から来る光と混ざってしまうため、正確なCOBの測定が困難となります。COBの正確な測定には、太陽光が弱くなり、星間塵の密度も薄まる太陽系の外側に行かなければなりません。


「ニュー・ホライズンズ」はCOBの測定に適する

NASAの冥王星探査機「ニュー・ホライズンズ」は、2015年に史上初となる冥王星の接近探査を成功させた後も、太陽系の外側の情報を得るための延長ミッションを実行しています。


2017年、ニュー・ホライズンズの望遠偵察カメラ「LORRI」は、本来の役割である望遠撮影だけでなく、太陽光を遮断する性能の高さからCOBの測定に適しているのではないかとする指摘がなされました。そして実際に、当時の限られた撮影データの中から、精度こそ荒いものの、ハッブル宇宙望遠鏡で測定された値よりも暗いCOBを求めることに成功しました。ニュー・ホライズンズによって撮影された夜空は、ハッブル宇宙望遠鏡で撮影された夜空よりも10倍も暗いことが分かり、その後も研究が続けられました。


ニュー・ホライズンズがCOBの測定に適していることが認識されたため、新たな撮影データに基づいた正確なCOBの推定が2021年に行われました。しかし、測定されたCOBの半分以上が、発生源が不明な謎の光となってしまったのです(※)。また、遠くの銀河から来たと推定される残り半分の光は、1兆個の銀河を足し合わせた光としては暗すぎるという、別の謎も生まれました。


※…2021年の研究では、COBとして推定された光の強度15.9±4.2nW/m^2/srのうち、8.8±4.9nW/m^2/srの成分が正体不明でした。


その後に行われた同じような研究でも、COBにおける謎の光の成分はゼロにはならず、発生源に関心がもたれ続けました。また、銀河から来る光の量については、1兆個の銀河の中で、大きさが小さく暗い銀河が、従来の推定よりもずっと多いと考えると部分的に謎が解決します。ただしその場合、現在の宇宙モデルで予測される銀河の発生や成長に、何らかの欠陥があることを示唆しています。


COBに謎の光はなかった

【▲ 図2: 記号で示された部分が、今回の研究で分析に使用された空の領域。正確にCOBを測定するため、天の川銀河の明るい場所を避けています。(Credit: Marc Postman, et al.)】

Postman氏らの研究チームは、これまでの研究で示されたCOBの謎を解決するため、追加の研究を実施しました。Postman氏らの研究では、ニュー・ホライズンズが太陽から約86億kmの距離にある時、2023年8月〜9月に撮影された24か所の空の領域を分析しました。これらの領域は、COBの分析に影響を与える可能性がある、天の川銀河の明るい領域や明るい恒星を避けて撮影されています。


加えてPostman氏らは、欧州宇宙機関(ESA)の宇宙望遠鏡「プランク(Planck)」の観測データから、今回分析される空の領域に存在する星間塵の量を新たに推定しました。星間塵の量は、太陽の近くと比べれば少なくなりますがゼロにはなりません。そして星間塵は太陽光だけでなく、天の川銀河そのものや近くにある恒星の光も散乱するため、COBの正確な計測を邪魔します。星間塵はわずかながら赤外線を放出し、プランクはそれを捉えることができるため、星間塵の正確な量が分かれば散乱光の量も判明し、COBの成分を正確に分離することができます。


分析の結果、Postman氏らはCOBの強度を11.16±1.65nW/m^2/srであると推定し、その大部分である8.17±1.18nW/m^2/srが遠くにある銀河からの光であると推定しました。これにより、光源が不明な謎の光の成分は2.99±2.03nW/m^2/srまで減りました。


ただしPostman氏らは、この謎の光の成分は、統計的にはゼロであると解釈しても問題ないとしています。つまりPostman氏らは、光源が不明な謎の光についてあれこれ考えるのではなく、実際には謎の光は存在しないというシンプルな考えが最も妥当な解釈であると考えています。


なにより、今回測定された実際のCOBの強度は、宇宙に存在する全ての銀河の光の総量と同じであることが注目されます。今までの研究で謎の光の正体について真剣に検討された背景は、銀河の光の総量に食い違いがあったためでもあることから、この結果は重要です。Postman氏らが得たCOBの強度は、現在の宇宙モデルで推定される銀河の数と大きさが、実際の宇宙を精度よく反映していることを示しています。


 


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Source


Marc Postman, et al. “New Synoptic Observations of the Cosmic Optical Background with New Horizons”.(The Astrophysical Journal)Michael Buckley & Ray Villard. “New Horizons Measurements Shed New Light on the Darkness of the Universe”.(Space Telescope Science Institute)

文/彩恵りり 編集/sorae編集部
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