1995年8月12日付スポーツ報知1面に取り上げられた、ドジャースの没収試合

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 ナ・リーグの地区シリーズ、ドジャースタジアムで行われたドジャース・パドレスの第2戦(6日・日本時間7日)で、ドジャースファンがグラウンドに物を投げこんで試合が中断した。ロバーツ監督が「見たことがない」と語ったが、ドジャースタジアムでは1995年、多くのファンが判定に抗議してその日配られたボールが投げこまれて、没収試合になったことがある。

 1995年8月10日、私はドジャースタジアムに取材に行っていた。当地で行われていたドジャース・カージナルス戦が行われていた。この日は、オールスター戦に先発するなど旋風を巻き起こしていた野茂英雄投手が、先発だった。「ボールナイト」として、来場者全員に硬球ボールがプレゼントされたこともあり、本拠ドジャー・スタジアムには超満員の5万3361人ものファンが詰めかけていた。

 野茂は2回にジョーダン、4回にスウィーニーにソロ本塁打を浴びたものの、味方打線の反撃を待ち続けた。1点差に迫った8回裏、主砲キャロスが1ボール2ストライク後の外角スライダーを見逃したが、クイック球審のコールはストライク。これに端を発して、ド軍にとって厳しい判定が続きキャロス、モンデシー、そしてラソーダ監督までもが退場となった。

 この時、激怒した数人のファンがボールを投げ込んだ。ラソーダ監督が「もっと投げろ」と催促のポーズをしたからたまらない。数千個が、それも審判団や相手カージナルスの選手を目がけて投げ込まれた。

 騒動が一向にやむ気配がないため、審判団は、1979年以来の没収試合を宣告。当該の責任審判は、2006年WBCの米国対日本戦などで微妙な判定を連発したデービッドソン審判だった。試合後、取材に行くと「ラソーダ監督の行為は我々を侮辱するもの」と吐き捨てた。野茂は「あんな形で終わったことより、本塁打2本打たれたことを反省。負けたから今日は0点です」と神妙だった。

 あれから29年、メジャーで没収試合は起きていない。そしてボールがプレゼントされる試合もなくなった。(蛭間 豊章=ベースボール・アナリスト)