「黒田日銀」は国民に幸福をバラ撒きすぎた…これからやってくるとてつもない「しっぺ返し」

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バリバリの金融実務家であった私が、わからないことがあれば一番頼りにし、最初に意見を求めたのが山本謙三・元日銀理事です。安倍元総理が、もし彼がブレインに選んでいたら、今の日本経済はバラ色だったに違いない」

元モルガン銀行・日本代表兼東京支店長で伝説のトレーダーと呼ばれる藤巻健史氏が心酔するのが元日銀理事の山本謙三氏だ。同氏は、「異次元緩和」は激烈な副作用がある金融政策で、その「出口」には途方もない困難と痛みが待ち受けていると警鐘を鳴らす。

2024年9月17日講談社現代新書より山本氏初の本格的著作となる『異次元緩和の罪と罰』が刊行された。これを記念して、著者である山本氏と藤巻氏が、異次元緩和の功罪を検証する対談を行った。

現代ビジネスでは、その対談の内容を3本の動画に分割して公開する。最終回となる第3回目は、「異次元緩和には出口はあるのか」について議論する。

以下、対談の要旨を掲載します。

異次元緩和の歪みや副作用

−−11年にわたって続いてきた異次元緩和の歪みや副作用がさまざまなところに現れているように思います。

山本:日銀が、市場からこれだけ大量に国債やETF(上場投資信託)を買い入れれば、債券市場や株式市場が歪むのはある意味当然のことです。いまや日銀は、株式市場において国内最大の投資家です。

藤巻:中央銀行は、価格の変動が激しいリスク性資産は極力持たないという不文律がありますが、日銀のように大量の株式を買い入れている中央銀行はほかにはないですよね。

山本:金融政策として、株式を買い入れている中央銀行は、ほとんどありません。

歪みが生じているのは株式市場だけではありません。国債市場では、日銀は国内最大の購入者であり、保有者です。日銀の国債保有残高は約590兆円に及んでいます。

日銀は、大量の国債買い入れを継続して実施することで長期金利を0%台に抑えてきました。もし、日銀が市場に介入せず、長期金利の変動を市場に任せていれば、実際の名目GDPの成長率から見て、少なくとも1%前後になっていたはずです。

長期にわたって市場の実勢より1%近く金利を抑圧してきたのですから、さまざまな副作用が生じていることは間違いありません。

第一は急激な円安です。図は、1970年代から現在にいたる実質実効為替レートの推移を示すグラフです。実質実効為替レートは、通常の為替レートではなく、相対的な通貨の実力を測るための計算上のレートです。

2024年春の円相場の実質実効為替レートは、1ドル=360円時代をさらに下回る円安水準まで下落しました。つまり、1971年8月のニクソンショック直前の、1ドル360円並みの水準まで、円安が進んでいます。ここまで円安が進むと、海外から見れば、明らかに日本のものは何でも安く見えます。それゆえ、インバウンドの観光客が増えていますし、外国人の投資家が都心の土地やマンションを購入するようになっています。一見すると、景気のよい話のように見えますが、日本国内から見ると、国内の資源や労働力を安売りしていることに他なりません。これでは、私たち日本人の生活はいっこうに豊かになりません。

第二の副作用は、市場の機能が低下したために、成長性の低い企業が選別、淘汰されることなく生き残ったことです。その結果、日本経済の新陳代謝が進まなくなり、経済のダイナミズムが失われました。これは自由主義市場経済にとっては非常に痛手だったように思います。

第三の副作用は、金融機関へのしわ寄せです。金融機関は、市場金利が低下したことによって収益が圧迫されたため、それを補うために外債などのハイリスクの投資を増やしました。その結果、いくつかの金融機関は、金利上昇局面になってから、購入した外債の損失が膨らみ、増資に迫られるようになっています。もちろん、個別金融機関のリスク管理の甘さが原因ですが、異次元緩和が金融機関をハイリスクの投資に追い込んでいったという事実は残ります。

山本謙三(やまもと けんぞう)氏 1954年 福岡県生まれ。76年日本銀行入行。98年、企画局企画課長として日銀法改正後初の金融政策決定会合の運営に当たる。金融市場局長、米州統括役、決済機構局長、金融機構局長を経て、2008年、理事。金融機構局、決済機構局の担当として、リーマンショックや東日本大震災後の金融・決済システムの安定に尽力。2012年NTTデータ経営研究所取締役会長。2018年からはオフィス金融経済イニシアティブ代表として、講演や寄稿を中心に活動している。

国民に幸福をバラ撒きすぎた

藤巻:感覚的な言い方になりますが、黒田日銀は、国民に幸福をバラ撒きすぎました。日銀が国債を爆買いして長期金利を低く抑えたことによって、住宅ローンの金利も0%近くになりました。金利負担が下がったうえに地価やマンション価格は高騰しましたから、住宅ローンを組んで不動産を購入した人は非常にハッピーなわけですよ。日銀によるETF購入で株式相場も上昇しましたから、株を持っている人もハッピーでした。なにより超ハッピーだったのは日本政府で、新規国債の金利負担がないから予算が好き勝手に作れて、バラ撒きもできた。こうした政策は、選挙民からの受けもいいので次の選挙にも当選できるので、バラ撒きはさらに加速していく。このように、日銀は異次元緩和を11年間も続けることで、日本国民に幸福のバラ撒きを続けてきたわけです。

問題は、この幸福は、日本人が実力で勝ち取ったものではなく、日銀によって作り出された、かりそめの幸福です。私は、日本人は、何か後で、とてつもない「しっぺ返し」を受けることになるのではないかと心配しています。

黒田総裁の前任の白川方明日銀総裁は、自らもやむを得ず行った非伝統的な金融政策である質的緩和の危険性を自覚され、憂慮されていた。印象的だったのは、2013年3️月19日の退任記者会見での発言でした。

「わが国を含め欧米諸国が現在展開している非伝統的な政策の評価も、いわゆる『出口』から円滑に脱出できて初めて、全プロセスを通じた金融政策の評価が可能となる、そうした性格のものだと思っています」

しかし、白川総裁を引き継いだ黒田日銀は、白川日銀の質的緩和を中途半端と批判して、伝統的金融論からすると、あり得ない規模の超金融緩和を11年も続けてきました。巨大なクジラのような日銀が大量の株と国債を買い進めて、市場機能を殺してしまった以上、もはや日銀には異次元緩和から抜け出る「出口」はありません。

私は、異次元緩和は「出口」から無事に出られて初めて評価できる金融政策だと思っています。「出口」から出られなかったら、最悪の政策だと結論づけるしかない。

黒田前総裁は、メディアから日銀の出口戦略を何度も質問されましたが、「時期尚早」を繰り返して、その道筋を最後まで語ることはありませんでした。引き継いだ植田和男総裁は異次元緩和の終了を宣言しましたが、出口戦略をどのように進めるのか具体的なシミュレーションを出していません。

山本さんが書かれた『異次元緩和の罪と罰』には、金融正常化を進めるには、最短でも10年かかるとあります。この一事をとっても、やはり出口から抜け出るのは相当難しいと言わざるを得ないですね。

藤巻健史(ふじまきたけし)氏。1950年、東京生まれ。一橋大学商学部を卒業後、三井信託銀行に入行。80年、行費留学にてMBAを取得(米ノースウエスタン大学大学院・ケロッグスクール)。帰国後、三井信託銀行ロンドン支店勤務を経て、85年、米モルガン銀行(現・JPモルガン・チェース銀行)に入行。東京屈指のディーラーとしての実績を買われ、当時としては東京市場唯一の外銀日本人支店長兼在日代表に抜擢される。同行会長からは「伝説のディーラー」と称された。

2000年、モルガン銀行を退行後、世界的投資家ジョージ・ソロス氏のアドバイザーなどを務めた。1999年より2012年まで一橋大学経済学部で、02年より09年まで早稲田大学大学院商学研究科で非常勤講師を務める。2020年に旭日中綬章を受章。日本金融学会所属。現在、参議院議員。(株)フジマキ・ジャパン代表取締役。東洋学園大学理事。

金融の正常化には非常に長い時間がかかる

山本:藤巻さんがおっしゃられたように金融の正常化には非常に長い時間がかかります。

私の試算では、約561兆円ある日銀当座預金残高を「平時」の約30兆円に戻すには10年以上かかるという結果になりました。しかも、これは、正常化完了までの間、いっさい新規の国債買い入れを止めるという仮定のもとでの試算です。

植田日銀は、2024年7月に日銀の国債買い入れ額の減額計画を公表し、それに着手しています。ただし、この計画に沿って日銀が国債買い入れ額を減らすとしても、いまから2年後の2026年3月末時点では依然、約550兆円の保有残高が日銀に残ります。

当面に限って言うと、国債の減額は大きな支障なく進められるだろうと思っています。なぜならば、最初の2年は日銀の国債買い入れの減額は月間3兆円程度ですから、国内の金融機関がこれを補うことは難しくありません。異次元緩和によって収益を圧迫された金融機関のなかには、リスクのある外債投資に追い込まれたところも多いので、為替リスクのない日本国債を購入するところも多いはずです。

ただし、当面は、国債減額は支障なく進められるでしょうが、いずれ金利の上昇が避けられないと考えています。なぜかというと、国は、借換債以外にも毎年約30兆円台の新規国債を発行しているからです。借換債に相当する国債は日本の金融機関が購入できるとしても、新たに発行される国債を購入できる原資があるのかという問題に突き当たります。仮に国内の金融機関だけでは消化が難しいとなれば、海外の投資家に頼らざるを得ません。ただし、彼らにとって、日本国債は金利変動リスクや為替リスクがありますから、相応の金利をつけなければ、彼らも買わないでしょう。

ただ、金利が上昇するのは、ある意味、自然なことです。もともと異次元緩和で隠されていた本来あるべき金利が、表面に出てくるという話なので、金利急騰といったような非常事態を除けば、国や日銀もこれは受け入れる必要があります。

いったん金利が上がり始めると、いろんなところからプレッシャーがかかってくるでしょうが、日銀としては正常化のプロセスを着実に進めていく必要があります。藤巻さんがおっしゃったことに近いのですが、金融正常化のプロセスを途中でやめてしまうことになれば、「なんだ異次元緩和は結局、財政ファイナンスだったのか」と市場から評価されてしまいます。中央銀行が財政ファイナンスを事実上認めるようなことをしたら、円という通貨の信認は揺らいでしまいます。

長期金利が上昇すれば、国債の評価損がどんどん膨らむ

藤巻:山本さんは、今後、日本の長期金利は一段と上がっていくとおっしゃいましたが、私が参院予算委員会で日銀に質問したところ、2023年9月末時点で日銀の保有国債の評価損はすでに約10兆円(当時、10年物金利は0.76%だった)もあり、金利がパラレルシフトすると、1%の金利上昇で評価損は29兆円程度増加するとの話でした。今後、長期金利が一段と上昇するようになれば、日銀が抱える国債の評価損がどんどん膨らんでいきます。

目下のところ、本来なら中央銀行が保有すべきでない株の評価益があるからいいものの、今後、日銀が国債やETFの買い入れ額を減らして過剰流動性を吸収する局面になれば、株価が下がり、評価益が激減するリスクもあります。私は、日銀が本格的に出口戦略を進めれば、ものすごい債務超過になると予測していますが、それでも大丈夫でしょうか?

山本:あくまでも2023年度末時点ですが、日銀が買い進めてきたETF等の含み益が約38兆円もあるので、国債の評価損が出ても、なんとかそれでカバーできてしまうという状態です。

ただし、これはあくまでも株価次第ですから、株価が急落したり、金利が大幅に急騰したりする局面では、日銀が債務超過になる可能性があることは否定できません。ただし、中央銀行の場合、債務超過になったからといって、ただちに資金繰りに困るということはありません。

藤巻:日銀は、自分で日銀券を発行できるので、資金繰りに窮することはないですからね。

山本:債務超過になったからといって、ただちに危機が発生することはありませんが、かといって楽観視できる状態ではありません。要は、マーケットがどう見るかというその一点に尽きると思います。日銀が市場からの信頼を失えば、資金繰りではなく、まず為替が急落するところからスタートして、混乱が起きかねません。

藤巻:要するに中央銀行が危機的状況になるということは、その発行する通貨が信用を失うことを意味します。円の価値が失墜することになれば、円は紙くず化し、1ドル=1兆円になるようなハイパーインフレが起きるでしょう。

山本:藤巻さんのおっしゃることは過激で、少しついていけない部分もあるのですが(笑)、最終的にハイパーインフレにならないまでも、非常に高いインフレ率になることはあり得る話です。通貨に対する信認は、心理的な要素によるところが大きく、ある閾値(しきい値)」を超えた時点で突如崩壊するものです。それがいつどこで起きるかは、マーケットの心理によるので、それを予測するのは難しい。とはいえ、日銀も政府もそのような事態になるまでに、何らかの手を打つとは思いますが……。

藤巻:私に言わせると、日銀も政府も手を打ちすぎです。むしろ、過剰な介入で市場機能を殺してきたことに、日本経済の長期停滞の原因があるのではないでしょうか。常々感じていることですが、日本は資本主義の国というよりは計画経済の社会主義国のようです。

山本:私も、藤巻さんがおっしゃっているように、日本はどんどん市場経済から離れつつあるように感じます。戦後はずっと「市場競争を大事にする」という考えが主流でしたが、1990年代から、こうした考えが明らかに後退しています。政治的にも、選挙対策で、社会保障を充実させる政策や不況に苦しむ企業を救済する景気対策が広く行われるようになりました。その結果、生まれたのが、財政規律の著しい後退です。競争に負けた企業まで救済するような政策が広く行われた結果、経済の新陳代謝が進まず、生産性が低下していくという悪い流れになりつつあります。その流れを断ち切ることが一番大事なことだと考えています。

中央銀行の目的は「物価の安定」だけではない

−−山本さんは日銀理事を務めた日銀OBとして、現在の日本銀行の姿はどのように映りますか。また、植田日銀は、今後どのような金融政策を進めていくべきだとお考えですか?

山本:世間に誤解があることなのですが、中央銀行の目的は「物価の安定」だけではありません。日銀が目指すべきものは「物価の安定」というよりも、より高次で広い概念である「通貨の信認確保」です。その意味するところは、「物価の安定」のほかに、金融システムの健全性維持、銀行券の円滑な発行・流通、日銀ネットと呼ばれる大規模な資金決済ネットワークの維持など広範な目的を含みます。これらをひっくるめたものが「通貨の信認確保」だと理解しています。

日銀がやれることは、突き詰めると、1つだけで、資金をマーケットに供給ないし吸収することしかありません。しかしこの資金の供給・吸収が経済に非常に大きな影響力を持っているわけです。それは物価にも影響を与えるし、金融システムにも影響を与えるし、決済にも影響を与えます。中央銀行は、これらをバランスよく達成することが使命であって、物価目標2%を絶対視するような硬直的な政策運営はすべきではありません。

こうした観点に立てば、異次元緩和がもたらす金融システムや市場機能への悪影響を意識するのは、中央銀行として当然の責務になります。

植田日銀は、黒田日銀が始めた11年続いた「異次元緩和」の幕引きをするという難題を背負わされたわけですが、その過程で、これまでの総括を行い、今後どのような道筋で正常化を進めていくのかを、国民にきちんと説明したうえで支持を得なければなりません。

こうした取り組みをないがしろにすると、また、いずれ政治サイドから「国債をもっと買い入れてほしい。なぜ異次元緩和でやれたことが、いまできないのか」と迫られることになってしまいます。

藤巻:説明をうかがって改めて、今日もまた「さすが山本さんだな」と感服しました。私の過激な説明よりも、ジェントルマンとして冷静に丁寧に説明していただくと、多くの方が納得するんじゃないかと改めて思いました。『異次元緩和の罪と罰』は本当に素晴らしい作品ですので、ぜひ皆さんも読みください。

山本:藤巻さんとの対談は刺激的で私も楽しかったです、本当にありがとうございました。

*本対談のきっかけとなった山本謙三『異次元緩和の罪と罰』(講談社現代新書)では、異次元緩和の成果を分析するとともに、歴史に残る野心的な経済実験の功罪を検証しています。2%の物価目標にこだわるあまり、本来、2年の期間限定だった副作用の強い金融政策を11年も続け、事実上の財政ファイナンスが行われた結果、日本の財政規律は失われ、日銀の財務はきわめて脆弱なものになりました。これから植田日銀は途方もない困難と痛みを伴う「出口」に歩みを進めることになります。異次元緩和という長きにわたる「宴」が終わったいま、私たちはどのようなツケを払うことになるのでしょうか。

私たちはこれからどんなツケを払うことになるのか…なんと11年に及んだ「異次元緩和」がもたらしたもの