文=加藤恭子 撮影=加藤熊三 写真提供=ハッピー太郎醸造所

いまや料理界で引っ張りだこの “スーパースターファーマー”、梶谷農園のフレッシュハーブミックスを贅沢に使用。ハーブや果物といった副原料を一緒に発酵させる「something happy」シリーズの人気アイテム。「something happy  フレッシュハーブティ」(ハッピー太郎醸造所)480ml 2420円 ※完売次第、今期は終了


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モヒートを思わせる香りと爽快感

 みずみずしい若草色が、とろりとした白さにほんのりと混ざる。グラスに注げば、シュワシュワとあふれんばかりに立ち上る細やかな泡。さまざまなミントなどのハーブが織りなすグリーン系の香りが立ち、炭酸ガスとともに完熟した柑橘類のような甘酸っぱさが広がる。カリブ海のカクテル、モヒートを思わせる香りと、爽快感に圧倒される。ええーっ、これって“どぶろく”? 日本酒の原点ともいわれる古典的などぶろくのイメージを覆す、これは革命家、未知の酒! 

 

研鑽した発酵技術で起業するも……

 “ハッピー太郎”こと池島幸太郎さん。もともとは島根県の有機農業法人「やさか共同農場」で、農業やみその加工に従事。その後、島根県の日本海酒造など3つの日本酒蔵で12年修業し、2017年、滋賀県彦根市で糀屋(こうじや)として「ハッピー太郎醸造所」を開業。起業。糀(米麹)のほかに、みそ、鮒鮓(ふなすし)を製造販売し、発酵ワークショップなども開催


 どぶろくといえば、“濾さない米の酒”。稲作とともに始まったといわれる日本酒の原点でもある。

 2021年12月、そんなどぶろく界に突如として登場した新星が、滋賀県長浜市の「ハッピー太郎醸造所」。“ハッピー太郎”こと醸造家の池島幸太郎さんが、商業文化施設「湖のスコーレ」の開業と同時に入居し、念願だったどぶろく醸造を開始した。

「私はもともと島根県の有機農業法人で、農業やみその加工に従事した後、3つの日本酒蔵で12年修業。2017年、滋賀県彦根市で糀屋(こうじや)として起業しましたが、毎月、“糀”(米麹)を買う人って、そうそういないんですよね(笑) いま思えば、想いだけで突っ走るという、かなり無謀な計画でした」

 しかし、池島さんの“糀”は、そのたしかな発酵技術による圧倒的な美味しさから口コミで広がり、しだいに少しずつながら健康意識の高い女性客を中心に客足が伸びるように。そこで池島さんは来店してくれたお客さんと積極的に話をし、徹底的にリサーチをすることにした。誰のために、どういう用途で “糀”を買ってくれるのか? 

 すると、新しい世界が見えてきた。定番のみそや甘酒だけではなく、果物を使った甘酒のスムージー、スパイスやにんにくなどを漬け込んだ塩麹など、そこには想像もしていなかったレシピがあったのだ。家族や自分自身の健康のために、原材料である米の農法や生産者の考え方について知りたい、といった要望が多いこともわかった。

「あと、意外なことに“糀”を買ってくれるお客さんは、“日本酒を飲まない”という方も多かったんです。同じ米麹の世界でも、日本酒業界とは客層がはっきり異なり、嗜好が大きく変わるという現実を知って驚きました」

有機農業法人、日本酒蔵での修業を積みながら、独自に発酵技術を磨きあげてきた。糀屋として起業するも、最初はなかなか客足が伸びなかったが……


「something happy」シリーズ、誕生

 ならば、自分の“糀”を好きになってくれたお客さんたちにも、美味しいと感じてもらえるどぶろくを造りたい。それがうまくいけば、これまでお世話になってきた日本酒業界と発酵の世界を橋渡しできるのではないか--。池島さんはそう考えた。

 そこで誕生したのが、どぶろくのもろみに副原料を使う「something happy」シリーズ。フレッシュハーブや、滋賀県野洲市の三上山麓で栽培されたイチゴを使うものなど、シーズンによって数種類がリリースされている。その味わいはいずれも驚くほど爽やかで、これまでのどぶろくの概念すら変えてしまうほどのインパクト!

そのまま食べても美味しく、米を溶かしきる“糀”をつくる池島さん。爽やかな酒質を追求するため、自然農法の米を原料にする


 ちなみに「something happy フレッシュハーブティ」に使われているのは、知る人ぞ知る広島県の“スーパースターファーマー”、梶谷農園のフレッシュハーブミックス。湯につけて香りを引き出したフレッシュハーブティを仕込水として使い、茶殻として残った茎や葉も一緒にもろみに漬け込んで発酵させている。

 

食べても美味しい“糀”をつくる

 また、池島さんのどぶろく造りの大きな特徴のひとつが、専門の“糀”づくり。清酒用の米麹と違い、みそや甘酒用の“糀”でどぶろくを仕込んでいる。

「清酒はその名の通り、もろみを絞って固形物を除き、透明な液体にして飲むことが大前提です。一方、みそや甘酒の“糀”は、そのものを食べて美味しいことが必須条件。どぶろくも絞らずにどろどろの液体を飲むものなので、後者の“糀”でつくるべきというのが私の考え方です」

滋賀県長浜市に開業した「湖のスコーレ」内に入居。念願だったどぶろく醸造に、ついに着手した


 大きく違うのが、麹室の湿度。乾燥ぎみの環境でつくる清酒の米麹と違い、池島さんは天井からポタポタと水滴がしたたり落ちるほど湿度の高い環境で“糀”をつくる。精米歩合は飯米と同じ、90%程度のものを使う。

「清酒は酒粕(固形物)をより多く除いたほうが、きれいな酒質に仕上がるといわれます。つまり、すぐに全部溶けてしまうようではダメなんです。一方、みそ屋の“糀”はすぐに溶けて、その味わいが濃厚であればあるほど最高! 見た目は米の表面がフワフワの長い菌糸で覆われ、ガンガン自己消化しまくっているようなやわらかい“糀”です。これで仕込むと甘酒にしても、白みそにしてもすぐに溶け、濃厚なうまみが出ます」

 

メキシコ料理とも驚きの相性のよさ

  濃厚なみそは“うまい”と絶賛されるが、一方で、濃厚な酒は“くどい”といわれる傾向もある。しかし、池島さんのどぶろくは濃厚なうまみをもちつつ、驚くほど爽やかだ。その秘密のひとつが、自然農法の米。肥料分が少ない土壌の米は、とことん溶かしてもくどくならないという。さらに、白麹の割合を多く使うことでクエン酸による爽やかな酸味を引き出しているため、甘酸っぱく軽やかな仕上がりになる。

「レモンサワーが大好きな人が多いように、クエン酸は現代の人になじみやすい酸味であることは間違いないと思うんです。おすすめのペアリングは、メキシコ料理のワカモレ。ぜひ試してみてください」

 シュワシュワとした爽快さと甘酸っぱさは、肉料理などにも合わせやすい。新世代のどぶろくを自由なアイデアで楽しもう!

ワカモレやチリコンカンとの相性が抜群


筆者:加藤 恭子