【古賀 史健】驚異の「稼働率98.4%」を叩き出す「ディズニーホテル」のキャストが、絶対に「いらっしゃいませ」と言わない理由

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ケタ外れの客室稼働率のディズニーホテル

コロナ禍が過ぎ去り、記録的な円安や日本食ブームも手伝って現在、多くの外国人観光客が日本に押し寄せている。都心や観光地を歩けばあちらこちらから外国語が聞こえてくるし、外国人観光客をめぐる悲喜こもごものトラブルも連日報道されている。そして近年では、出張先のホテルを予約するのに難儀した経験を持つビジネスパーソンも少なくないだろう。

では、日本全国のホテルはどれくらい「予約困難」なのだろうか。観光庁のまとめによると、宿泊施設の客室稼働率は全国平均で59.8%(宿泊旅行統計調査/2024年4月)。コロナ禍における客室稼働率(2020年)が34.3%だったことを考えると堅調な伸びだが、これほどインバウンド需要や観光立国化が叫ばれる現状においては、やや拍子抜けする数字に映るかもしれない。

そんな中、客室稼働率98.4%(2024年3月期)という驚異的な数字を叩き出すホテルがある。本書『ホテルの力 チームが輝く魔法の経営』の著者、チャールズ・D・ベスフォード氏が率いる6つの「ディズニーホテル」だ。

ディズニーホテルとは、オリエンタルランドのホテル事業を担う株式会社ミリアルリゾートホテルズなどが、ディズニーのライセンスを受け運営するホテルの総称で、東京ディズニーリゾートおよびその近隣に立地するホテル群を指す。

開業順にいうと、ディズニーアンバサダーホテル、東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ、東京ディズニーランドホテルなど、いずれもディズニーファンにとっては憧れのホテルだ。独占的とも言える「ブルーオーシャン」に位置するホテルであり、98.4%というケタ外れの客室稼働率も頷けるところだろう。

しかし、本書の中で一貫して描かれるのは、それぞれのディズニーホテルがいかに苛烈な「レッドオーシャン」の中でサービスを磨き、現在の評価を勝ち取ってきたか、という事実である。どういうことか。

ディズニーホテルは都市部のホテルと全く異なる

本書の著者であり、ミリアルリゾートホテルズの代表取締役社長を務めるベスフォード氏は、ディズニーやオリエンタルランドの出身ではない。東京ヒルトン(現:ザ・キャピトルホテル東急)からそのキャリアをスタートさせた生粋の「ホテル屋」であり、いくつものホテルを開業させてきた「オープン屋」である。

ヒルトングループで着実に実績を重ねたのち、ウェスティンホテル大阪で総支配人を務めていた彼がオリエンタルランドから誘いを受けたのが、1996年。同社が初めてのディズニーホテル「ディズニーアンバサダーホテル」(2000年開業)の開業に向けて動き出した矢先のオファーだった。「ホテル屋」「オープン屋」としての手腕が買われ、ヘッドハンティングされたわけだ。一見すると、誰もが羨むサクセスストーリーである。

しかし、ディズニーホテルの開業と運営には、思いもかけない困難が伴った。ベスフォード氏がこれまで生きてきたのは、都市部に位置し、国際的なビジネスパーソンを主な顧客とする外資系のシティホテル

典型的なリゾート型で、ファミリー層を中心とするディズニーホテルとは、なにもかも勝手が違う。一例を挙げるなら、外資系ホテルで磨き上げてきた紳士的な接客が、ディズニーホテルでは「他人行儀な接客」と映ってしまうように。

そしてなにより、東京ディズニーリゾートは特別な「魔法」のかかる場所だ。パークで充実した時間を過ごし、ホテルを訪れる宿泊客には、ほぼ例外なくディズニーの「魔法」がかかっている。ホテルに帰ってからといって、その「魔法」が解けてはならない。ゲストたちを日常に戻してはならない。ここは日常から隔絶された、「魔法」の続きを楽しむことのできる空間でなければならないのだ。

いかにして「魔法」をかけ続けているのか

つまりディズニーホテルには、ディズニーが提供する世界最高峰のエンターテインメントに負けないだけのサービス、ホスピタリティ、また空間演出が求められるのである。ホテル業に携わる人間にとって、これ以上の「レッドオーシャン」など、なかなか存在しないだろう。

では、ディズニーホテルはいかにして「魔法」をかけ続けているのか。もちろん、ディズニーの世界観をそのまま再現したようなホテルの外観、豪華絢爛な内装など、施設そのものの工夫も大きい。とくに本書の冒頭近くで詳しく紹介される東京ディズニーリゾート・トイ・ストーリーホテルに凝らされた遊び心などは、いかにもわかりやすい体験型エンターテインメントだ。

しかし、ほんとうの魔法は同ホテルの「バックステージ」にある。たとえばハウスキーピング時にどうしても出てくる、使用済みのシーツやタオル類。これら「日常」を感じさせる資材を、いかに顧客の目に触れないよう、効率よく交換していくか。そこには、ホテルの設計段階から入念に計算された工夫がある。

通常のホテルよりもバックステージ(資材置き場、従業員用の通路、控え室、ゴミ置き場など)を広めに取り、エレベーターの位置まで計算し尽くして、設計されているのだ。このあたりは「オープン屋」のベスフォード氏だからこそ実現できた、隠れた魔法と言えるだろう。

そしてホテルのキャスト(従業員)たちに求められるのは、ディズニーランドと遜色のないホスピタリティだ。たとえば同ホテルでは、顧客をお迎えするとき「いらっしゃいませ」と言わない。お客であることを感じさせる「いらっしゃいませ」ではなく、あくまでも「こんにちは」だ。

しかもベスフォード氏によると、「こんにちは」のイントネーションにもポイントがあり、同氏はいわゆる「ディズニーらしい心からの笑顔」とディズニー式の「こんにちは」をマスターするのに、ずいぶん苦労したそうだ。

ホテルの総支配人の仕事とは

本書の編集に(少しだけ)関わった筆者は、ベスフォード氏に対面し、直接お話を伺う機会に恵まれた。温和で、少しだけシャイで、けれどもホテル屋としての絶対的なプライドを持つベスフォード氏。

ホテルの総支配人って、どんな仕事ですか?」

筆者のつたない質問に、彼は答えた。

「豪華客船の船長みたいな仕事です。船長一人ががんばっても、船は動きません。船長にできるのは、すべてのキャストが輝く舞台を用意すること、それだけです。ホテルという豪華客船は、キャストが『ワンチーム』となったとき、ようやく就航するのですから」

長く外資系ホテルでキャリアを重ねてきたベスフォード氏によると、日本人にとってのホテルと欧米人にとってのホテルは、やや位置づけが異なっているらしい。旅行先・リゾート先での宿泊施設というだけではなく、たとえば誕生日にホテルのレストランで食事をする。

大切な人との結婚式を、ホテルの婚礼施設でおこなう。そんな、「少しだけ特別な場所」として日本人はホテルを愛し、独自のホテル文化を育てているというのだ。本書では、同氏が幼少時代に横浜で出会った「はじめてのホテル体験」も語られている。

半世紀近くにわたってホテル一筋のキャリアを重ねてきたベスフォード氏の語る「ホテルの力」。そこには真のホスピタリティとマネジメントの極意が、そしてホテル屋としての誇りが、詰まっている。「こんな社長のもとで働きたい」と思うのは、筆者だけではないはずだ。

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