「性差別」だと批判されてしまったリポビタンDの広告。はたしてその中身は……(編集部撮影)

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電車内に掲載されていた大正製薬「リポビタンD」の広告(編集部撮影)

大正製薬の栄養ドリンク剤「リポビタンD(リポD)」の広告が“炎上”しているという。

7月4日の夕方、インターネットニュースサイトの「ねとらぼ」が「『鬼すぎない?』 大正製薬の広告が“性差別”と物議…… 男女の“非対称性”に『昭和かな?』『時代にあってない』」と題した記事を配信。

記事によると、リボDを持った女性タレントのそばに添えられた「仕事、育児、家事。3人自分が欲しくないですか?」というコピーに対して、X(旧Twitter)で苦情が寄せられている――らしい。男性タレントバージョンの広告には、「時代が変わると疲れも変わりますからね」と書かれている。


男性タレントバージョンの広告(編集部撮影)

本当に“炎上”していたのか

筆者としては、「この程度のことが問題になるのかな?」と思い、Xの投稿を調べてみたところ、案の定、批判的な意見はさほど多くはなかった。ニュースの掲載によって話題量は増えてはいたものの、批判的な意見と擁護的な意見が拮抗しているといったところだ。

ネットでの「炎上」の定義は明確ではないが、100件や200件程度の批判的な意見が出ていたところで、炎上とは言い難い(ちなみに、ねとらぼの記事では「炎上」という言葉は使われておらず、「物議をかもしています」「現代のジェンダー観にそぐわないという意見も相次ぎました」と記載している)。

週刊誌やネットメディアは大げさな表現をしがちであるが、この表現も適切なのかどうか、正直疑問が残るところである。

【画像】過去には「エロすぎる」と批判された壇蜜さん出演の宮城県PR動画も(4枚)

炎上しているかしていないかを問わず、不適切な広告表現があれば取り下げを検討するべきなのだが、今回のケースでは、そこも疑問である。

SNSでの批判的な声の大半は、「仕事、育児、家事の役割を女性に押し付けている」という、性役割分担意識を問題視しているものだ。

たしかに、時代に合わせてもう少し表現を配慮する必要はあったかもしれない。あるいは、男性版の広告も対にしたメッセージを入れるなどして、仕事だけでなく、育児や家事に参画している男性を応援する表現になっていたら、批判も抑えられたかもしれない。

しかし、この広告の表現が「性役割分担の固定化」に該当しているかどうかは、見た人の解釈の問題に負うところが多く、表現自体を「不適切」と言い切るのは難しい。もちろん、取り下げを検討するほどのケースでもない。

過去の類似ケースでは取り下げに至っていない

広告の炎上で、ジェンダーに関するものは非常に多い。

「日本初の炎上CM」と言えるのかどうかわからないが、大きく批判をされて取り下げにまで至ったケースとして1975年のハウス食品「シャンメンしょうゆ味」のテレビCMが有名だ。

これは「私作る人、僕食べる人」という、まさに性役割分担の固定が問題になったケースだ。ただし、この表現は消費者が問題にしたわけではなく、婦人団体から抗議を受けて問題化したものだ。このCMは約2カ月で放送中止になったが、当時としては先進的な判断だと見なされた。

その後も、ジェンダー関連、性役割分担関連の広告に対してさまざまな問題が起きているが、すべて取り下げに至っているわけではない。

今回のリポDの広告と類似したケースとしては、2017年にユニ・チャームのおむつブランド「ムーニー」の動画について巻き起こった議論がある。

本動画は、育児をする母親への応援の動画であったが、父親が少ししか映らず、母親が育児に苦労するシーンが描かれていたことから、「ワンオペ育児を賛美するもの」として批判を浴びた。

このときも、SNSでは賛否両論が起きたが、話題量は今回のリポビタンDの比ではなく、本案件について、X上で数万件の投稿があり、2ちゃんねる(現在は5ちゃんねる)には複数のスレッドが立ち、多くのネットメディアで取り上げられた。ここまで行くと「炎上」と言っていいレベルだ。

しかしながら、この動画は取り下げられなかった。取り下げないことで批判を浴び続けたかといえば、そうではなく、しばらくして話題は沈静化した。

取り下げないで炎上するケース、しないケース

「炎上したら取り下げる」というケースが多いのだが、「取り下げない」という選択ももちろんある。「ムーニー」の動画を取り下げなかったことが適切な判断だったのかどうかというのは議論が分かれるところだろうが、少なくとも取り下げないことが問題視されはしなかったようだ。

同じジェンダー関連で問題になった動画で、すぐに取り下げなかったことで批判が続いた事例もある。ムーニーの動画と同じ2017年にYouTubeなどで公開された、宮城県のPR動画である。

タレントの壇蜜さんを起用したこの動画。同県の観光PRキャラクター・むすび丸が壇蜜さんに「宮城、イッ・ちゃ・う?」と耳元で囁かれて鼻血を出したり、壇蜜さんに「上、乗ってもいいですか?」と頭を撫でられた亀がムクムクと大きくなったり……。「性的過ぎる」という批判が起きたのだ。


むすび丸が鼻血を出すシーン(画像:2017年の宮城県の観光PR動画「涼・宮城の夏」より。現在は削除)


壇蜜さんが亀の頭を撫でると……(画像:2017年の宮城県の観光PR動画「涼・宮城の夏」より。現在は削除)

初期のSNSでの話題量はむしろムーニーの件よりも少なかったのだが、継続的に議論が続き、批判もなかなか収束しなかった。動画は結局、公開から約2カ月後に削除された。

こちらは、震災復興予算が使われていたこと、自治体のPR動画だったこと、必然性がなく性的表現がされていたことなどが影響していると思われる。

取り下げるのが適切かどうかは、批判の大きさや、批判の内容によるものよりは、表現そのものが適切かどうかであったか否かで決まってくる。

筆者は、過去に広告の炎上の分析を行い、対応策の助言をしてきたのだが、近年はネットメディアの報道に翻弄されることが多くなった。

筆者がSNS上の話題を拾って記事を書くようになって以来、たいして批判されていないものが「批判殺到」とされたり、SNSで数十件程度の批判的な意見が出ているに過ぎないものを「炎上」と報道されたりするケースを目にするようになった。

そうした記事が「寝た子を起こす」ことになったり、「火に油を注ぐ」ことになり、たいして議論になっていなかったことが「物議をかもす」ようになったりする。広告を出している企業にとっては、迷惑な話である。

企業はネットメディアの論調に翻弄されるべきではない

SNSの投稿やそれをまとめた記事は、どうしても目につくし、リアルタイムで反応が見えるので、つい気になってしまう。しかし、企業が本当に向き合わなければならないのは顧客であり、広告において反応を見なければならないのは、顧客になってくれそうな人たち、つまりは潜在顧客である。

当然のことながら、一部のSNSの声が既存顧客や潜在顧客の声を代表しているとは限らない(むしろ、そうでないことのほうが多い)。

一方で、今回のリポDの広告(あるいは先述のムーニーの動画も同様だが)は、子どもを持つ勤労女性のリアリティをとらえていたからこそ、批判の意見が出ていたという側面もありそうだ。

企業側としては、SNSでは測れない広告のポジティブな影響も含めて、広告効果を検証する必要があるだろう。

なお、ねとらぼの取材に対して、大正製薬は「ご質問いただいた件につきましては、回答を控えさせていただきます」と回答したとされている。

大正製薬側の対応は妥当であると思う。何を回答したところで、「話題のネタ」を提供することになるだろう。こうしたケースは放っておけば沈静化するものなので、広告は取り下げず、静観していればよいと思う。

批判的な意見は意見として受け取って、今後に活かせばよいだろう。

(西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)