取材に応じる西田さん

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取り返しのつかない事態に陥った人はいる

 全国に約5000ある定点医療機関に6月17〜23日に報告された新型コロナウイルスの新規感染者数は計2万2754人で、7週連続で増加した――。6月28日に、このニュースを見聞きした人も多いはずだ。

【写真】「持病もなく元気そのものの人が…」訴えかける西田さん

 そう、この期に及んで感染者が増えている。一方、厚生労働省のホームページ中の「新型コロナワクチンQ&A」というコーナーに、こんな記載がある。

――これまでに認められている副反応にはどのようなものがありますか。

――新型コロナワクチンの主な副反応として、注射した部分の痛み、疲労、頭痛、筋肉や関節の痛み等がみられることがあります。稀な頻度でアナフィラキシー(急性のアレルギー反応)が発生します。現時点で重大な懸念は認められないとされています。

取材に応じる西田さん

「稀な頻度」だとしても、取り返しのつかない事態に陥った人はいる。果たして、「現時点では重大な懸念は認められない」のか。

 4月17日、国がリスクを知らせず接種を促進したのは違法で、後遺症を患った後の対応も不十分だったとして、新型コロナのワクチン接種後に死亡した人の遺族8人と、歩行困難など後遺症になった患者5人が国に計約9100万円の賠償を求め、東京地裁に提訴した。原告の一人、NPO法人「駆け込み寺2020」(事務局・京都府長岡京市)メンバーで大阪市在住の西田つぐみさん=仮名(49)が話を聞かせてくれた。

突如断ち切られた「幸せな日常」

「22年11月12日、土曜日でした。母はその日、午前中に、私が送っていたカニを受け取って買い物に行き、午後3時に4回目のワクチン接種に。戻って料理し、夕方にみんなが来て一緒にご飯を食べるというスケジュールでした。12時半に『5時半ごろ来られる?』と電話がかかってきて『無理、5時半まで仕事だから、7時ごろになる』と返事し、『ママ、ワクチンはもう打たない方がいいよ』と言ったんですが、母は『大丈夫。前回も、熱も出なかったし、テレビで専門家が打たないといけないと言ってたし』と……」

 そう話し始めてくれた西田さんは、「あのとき、なぜもっと強く止めなかったのか、悔やんでも悔やみきれません」と続ける。電話で話した4時間後、母が急逝した。「当たり前」に続いてきた家族の幸せな日常が、突如断ち切られたのだ。

 西田さんは長女で、妹と弟がいる。母は当時68歳。父と共に、弟一家と2世帯住宅に暮らしていた。長年の会社勤めをリタイアし、ゆったりした暮らしが始まったばかり。料理上手で、車で30〜40分の地に住む、西田さんと妹、もちろん孫たちも呼んで「みんなでご飯」が大好きだった。

「持病もなく元気そのものの人が、ワクチンを打った1時間後に倒れたんですよ。亡くなったんですよ」

 ひと足先に母宅へ手伝いに行っていた妹によると、ワクチン接種から4時ごろに戻ってきた母は、4時10分ごろから台所に立った。

接種1時間後に「肺から大量出血」

「しんどくなってきたわ。疲れたのかな」

 と漏らしたのは、そのわずか約10分後だ。「休憩するね」と自分でお茶を入れ、湯呑みを手に4、5メートル先のリビングルームのソファに向かった。その途中で「あかん」と発し、パタっと倒れた。

「近くにいた妹は、いったい何が起きたのか分からなかったそうです」

 10分以内に救急車が到着したが、そのときにはもう瞳孔が開いていた。死亡確認時刻、17時35分。

 西田さんが搬送先の病院へ駆けつけると、父と妹が担当医から説明を受けていた。妹は泣きじゃくっている。「私がしっかりしなくちゃ」。血液検査をし、CTを撮ったと担当医が言う。西田さんは東洋医学分野の職業資格を持っており、医療知識に暗くはない。さまざまな数値を聞いて腑に落ちたものの、一つだけ納得できなかったのが「肺から大量出血し、他の器官に飛んでいた」ということ。

ワクチンを打った1時間後ですよ。先生、どう思われます? 健康な人がある日突然肺から大量出血する病気ってあるんですか?」と聞くと、担当医は「私は一度も見たことがない。そういう病気はないと思います」。しかし、病院としては、死因は「急性心不全」としか書けないという。

「病院外で亡くなったため、検案に回されるんです。まだ体が温かい母を警察に送り出さなければいけなくて、かわいそうで……」

医師が「闘ってください」と

 母が運ばれていこうとするとき、先ほどの担当医が走ってきて、「僕は個人的にワクチンが死因だと思う。闘ってください」と本音を告げた。彼は、カルテに「家族が『ワクチン接種後に亡くなった』と訴えている。断定はできないが、その可能性があるかもしれない」と付記してくれたそうだ。

 あわただしく葬儀を行うことを余儀なくされ、母を荼毘に付す。西田さんは自営業のため、その後、気丈にも「普通どおりに仕事をする」を続ける。「おばあちゃん大好きっ子」だった娘たちも、気が張り詰める日々を送った。「私が泣くことができたのは半年後だった」というから、どれほど苦しい毎日を過ごしたか、想像に余りある。

「12月の沖縄旅行など母にはその後の楽しい予定がいくつもあったんです。一番悔しい思いをしたのは母だと思うと、やがて、国に対する怒りがふつふつと湧いてきました。国は『ワクチンは安全です』と偏った情報ばかり流した。それを信じたから亡くなった。母のことを“なかったこと“にしたくない。

 母の居住地の市役所に電話し、担当窓口に話すと、『ああそうですか』の一言だけ。ひどすぎませんか。他に相談窓口があるはずだと、私も父も妹も娘もネットなどで調べまくり、行政機関や国会議員などにダイレクトメールを何通送ったか分かりません」

NHKは「コロナで亡くした遺族」のように放送

 唯一、返事がきたのが、NPO法人駆け込み寺2020。子宮頸がんワクチン被害者支援をしてきた地方政治家や弁護士らが発案し、その人たちと交流のあった鵜川和久さんが代表となって21年9月に立ち上がったNPOで、日に日に相談件数が増えていた。

「西田さんから連絡が入ったのは、すでに500人以上の死者、被害者が出ていた頃です」と鵜川さん。一連の話をじっくり聞いてくれた。後に、同NPOは遺族の声を集めて「真実を教えてください」という名のドキュメンタリー映画を作るが、西田さんも語り部の一人となるなど、思いを共有していけることになったのは幸いだ。

「ただでさえしんどいのに、2次被害にもずいぶん遭いました」と西田さん。

 SNSに母は即死状態だったと書くと、「即死の定義を知っているのか」「何が目的なんだ」などとコメントされた。23年5月、感染法上の5類に移行したタイミングで、NHKの「ニュースウオッチ9」が人々の思いを紹介するVTRを流したが、取材された同NPOの他のメンバー2人共々、ワクチン接種後に家族を亡くしたのではなく、コロナ感染症家族を亡くした遺族のように報道された(その後、強く抗議し、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会に諮られ、NHKが謝罪)。

遺族内に分断が起きているケースも

 そのような中、西田さんは予防接種健康被害救済制度(新型コロナワクチンに限らず、予防接種後に起きた健康被害は接種を受けたことによるものであると厚生労働大臣が認めると補償額が支払われる制度)の申請にも力を注ぎ、「すべての申請書類が整ったとき、涙があふれた」と振り返る。時間はかかったが、審査は通った。

 繰り返すが、4月17日提訴の原告となったのは、「母の無念を晴らし、死を無駄にしたくない」「ワクチン被害は母だけの問題ではない」との強い思いからだ。訴状によると、国がさまざまな媒体で接種を呼びかけた際、医療機関から報告されていた接種後の死亡や重篤な副反応の事実を伝えていなかったと主張。公平な情報提供がなされず、憲法13条が保証する自己決定権が侵害されたとしている。

 今回、ありのままを話してくれた西田さんだが、それが可能で、原告にも名を連ねられたのは、父や妹ら遺族間に意識のズレがなかったからだ。「声をあげたい人と、あげたくない人がいて、遺族内に分断が起きているケースも少なくない」と鵜川さん。

 また、一般社団法人ワクチン問題研究会会員で同志社女子大学薬学部特任教授(臨床薬剤学)の森田邦彦さんは、「どのワクチンでも、アナフィラキシーが発生することはある」とした上で、「コロナワクチン接種後の死亡の半数以上は、心血管系の傷害による突然死。(西田さんの母のように)ワクチン接種当日の死亡は、予防接種健康被害救済制度の審査に通りやすいが、最も多いのは接種翌日の死亡で、1ヵ月〜1年後に亡くなる例もあり、それらは予防接種健康被害救済制度の対象とはされにくいのが現状」と指摘している。

井上理津子(いのうえ・りつこ)
ノンフィクションライター。著書に『さいごの色街 飛田』、『葬送の仕事師たち』(ともに新潮社)、『絶滅危惧個人商店』(筑摩書房)、『師弟百景』(辰巳出版)などがある。

デイリー新潮編集部