アヌーク・エーメさん

写真拡大

 1966年公開のクロード・ルルーシュ監督によるフランス映画「男と女」は、半世紀以上を経た今も傑作の誉れ高い。フランシス・レイ作曲の音楽も絶妙で、ダバダバダ、ダバダバダ――の調べが耳に残る。

恋の始まりに戸惑う女性を熱演

 ジャン・ルイ・トランティニャン(2022年に他界)演じるカーレーサーと、アヌーク・エーメさん扮する映画のスクリプターは、お互いの子供が通う寄宿学校で出会う。二人は若くしてともに伴侶と死別していた。次第に引かれ合うが、亡き最愛の人への思いは消えず心は揺れる。

 映画評論家の垣井道弘さんは振り返る。

「エーメさんには品の良さと情感がありました。恋が始まることに慎重で戸惑う一方、喜びも感じて揺れる心模様が何げない表情や仕草からも伝わってきました」

アヌーク・エーメさん

 しきりに髪をかき上げ、時折、爪をかむ。大きな瞳はうれしさに輝いたかと思えば、急に陰を宿した。

 映画評論家の北川れい子さんも言う。

「女性から見ても素敵でした。思わせぶりではなく、私の中ではまだ夫は死んでいないと苦悩する姿に共感できた。美人でも威圧感がなく、落ち着きとぬくもりがありました」

「男と女」は大作ではない

 32年、パリ生まれ。本名はフランソワーズ・ドレフュス。画家モディリアーニの伝記的映画「モンパルナスの灯」(58年)で、スターのジェラール・フィリップと共演。イタリアの巨匠フェデリコ・フェリーニ監督の「甘い生活」(60年)では富豪の娘役を好演した。

 映画評論家の白井佳夫さんは言う。

「脚光を浴びた『男と女』は大作ではない。当時、ルルーシュ監督は無名に近い存在。脚本、撮影も自分でこなし、わずかなスタッフと約3週間で撮りました」

 音楽評論家の安倍寧さんも思い返す。

「音楽の力が大きかった。映像の添え物ではなく男と女の胸の内をダバダバダと語りかけてくるようでした」

 これまた世に知られていなかった作曲家のレイをルルーシュ監督に引き合わせたのが、ピエール・バルー。彼こそ「男と女」でエーメさん演じる女が思い続ける亡き夫役で回想場面に登場。レイが作曲したテーマ音楽に詞をつけたのも、作中で聴こえる男性の歌声も彼だ。

恋多き女性

 エーメさんは「男と女」の撮影後、バルーと3度目の結婚。映画通りの熱愛だったが、3年後に別れた。

 生涯4回結婚し、いずれも数年で離婚。ギリシャの映画監督との2度目の結婚で1女を授かる。4度目の相手はイギリスの名優、アルバート・フィニーだ。

「男と女」で世界的な名声を得てなお、現実の人生を大切にしたいと欲がない。82年、フランス映画「鱒」の日本ロケに同行。出演者のポーランド人俳優、ダニエル・オルブリフスキーと当時交際中だったためだが、隠れず取材に応じている。

続編が遺作に

「男と女」の50年余り後を描いた「男と女 人生最良の日々」(19年)は、同じくルルーシュ監督のもと、トランティニャン、エーメさん、彼らの子供役らも再集結し、同じ役柄を演じた。

 かつて20年後の設定で「男と女II」(86年)が作られたが、反響はいま一つ。だが、実際の二人が80代後半を迎えた19年の作品は続編の意味を超えていた。

 往年のカーレーサーは高齢者施設に暮らし記憶が曖昧になりつつある。一緒になれなかった彼女への思いを語り続けていた父のため、息子は彼女を捜し出す。再会は実現。二人はいかに愛し愛されていたかを知る。

「役柄と実際の人生の両方で重ねた歳月が伝わってきた。過去を懐かしむのではなく、老いを受け入れ希望も感じさせた」(垣井さん)

 二人は、これが遺作に。

 6月18日、92歳で逝去。

 役の気持ちを整理し過ぎてしまうと、それは本当の感情ではないと考えた。役は人生のように瞬間を生きるもの、とは彼女らしい。

「週刊新潮」2024年7月4日号 掲載