進撃の「ガチ中華」#7…これぞ「ラーメンの元祖」だ! 中華第一麺の称号にふさわしい、池袋「薩斐蘭州牛肉麺」の味

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現代ビジネス「北京のランダムウォーカー」でお馴染みの中国ウォッチャー・近藤大介が、このたび新著『進撃の「ガチ中華」』を上梓しました。その発売を記念して、2022年10月からマネー現代で連載され、本書に収録された「快食エッセイ」の数々を、再掲載してご紹介します。食文化から民族的考察まで書き連ねた、近藤的激ウマ中華料理店探訪記をお楽しみください。

第7回は、池袋「薩斐蘭州牛肉麺」で出会った、まさしく本場の絶品の味ーー。

ラーメンの歴史を知っていますか?

ラーメンは、純粋な日本料理と思い込んでいる人も多いかもしれないが、残念ながら違う。

小麦粉の塊に、鹹水(かんすい)(アルカリ塩水溶液)を沁み込ませ、両手で引っ張って伸ばし、細い麺にしていく。中国語で、両手で引っ張って伸ばす行為を、「拉」(ラー)と呼ぶ。だから、「拉麺」(ラーミェン)なのである。

つまり、中国が原産だ。日本の麺文化の権威である石毛直道・元国立民族学博物館館長も、『文化麺類学ことはじめ』(講談社文庫、1995年)で、はっきりこう述べている。「日本のラーメンは、拉麺に起源することばだという説が説得力を持つ」。

日本には、明治維新前後の開国の時期に来日した中国人たちが伝えた。その後、第二次世界大戦後になって、いまの絢爛たる「ラーメン文化」が花開いた。

では、中国国内で「拉麺」の発祥地はどこか?

それは甘粛(かんしゅく)省、河南省、山西省、陝西(せんせい)省など諸説あり、定かでない。いずれにしても、小麦の穀倉地帯だろう。

このように、発祥の地は諸説あるが、現在、中国で最も有名な「拉麺」と言えば、それは間違いなく甘粛省の省都・蘭州(らんしゅう)が誇る「蘭州拉麺」である。「蘭州牛肉麺」とも呼ぶ。1999年には、中国政府が「中国3大ファストフード」の一つに認定し、「中華第一麺」の称号を与えた。

蘭州牛肉麺が料理として確立したのは、清朝の嘉慶年間とされる。西暦に直せば、1799年。日本は江戸幕府の11代、徳川家斉将軍の時代だ。

砂漠の町にて

ラーメンの元祖とも言える「蘭州牛肉麺」とは、一体どんな「ラーメン」なのか? 私はいまから10年ほど前、北京に住んでいた頃、一週間ほど甘粛省を旅して回った。

北京から空路で約2時間半、西へ西へと行ったところに、蘭州は位置する。飛行機が北京を離れ、内モンゴル自治区、寧夏(ねいか)回族自治区の上空を飛んでいる間、眼下にはゴツゴツした「岩肌の砂漠」が広がっていた。

中国の急速な砂漠化の進行に度肝を抜かれていると、山脈のある一角だけが、オアシスとして緑色に覆われていた。そこが蘭州だった。黄河の上流に位置し、雄大な黄河が街を二分している。

実は朝食だった

夕刻にホテルへ投宿し、チェックインの際、フロントに立つ老ホテルマンに、「この近くで旨い蘭州牛肉麺を食べたいのですが……」と言うと、意外な答えだった。「蘭州には、羊肉や牛肉料理を中心に、旨い料理がたくさんありますよ。何も今晩、牛肉麺を食べなくても……」

その意味するところは、翌朝になって分かった。蘭州人にとって牛肉麺とは、朝飯なのである。早朝に街を散策すると、香菜(パクチー)を含んだ牛肉麺独特の香りが、そこかしこから漂ってきた。

数十メートルに一軒くらい、牛肉麺の店が立ち並んでいて、朝の蘭州市民たちの憩いの場になっていた。蘭州の380万老若男女は、牛肉麺を啜(すす)りながら、一日を始めるのである。

散歩から帰ると、私は再び、前日の老ホテルマンに尋ねた。

「この近くであなたが通う牛肉麺の店を教えて下さい」

今度はにっこり笑って、2軒教えてくれた。一軒は一杯8元(約160円)の庶民的な店で、もう一軒は一杯12元(約240円)で、頗る清潔な店だという。

私はまず、ホテルからより近い8元の店に行ってみた。だが、「門庭若市」(メンティンルオシ=門前市を成す)の賑わいで、踵(きびす)を返すより他なかった。

次に少し離れた12元の店へ行くと、今度は座れた。そこは、おせっかいな女将が切り盛りしていた。「私は日本人で、今日が蘭州牛肉麺デビューの日なんです」と告白すると、喜々として言った。

蘭州牛肉麺に宿る「五つの命」

「それでは、主人が特別、腕によりをかけて作ってあげるからね。蘭州牛肉麺には、『5つの命』が宿っているの。すなわち、『一清、二白、三紅、四緑、五香』。まさに『中華第一麺』にふさわしい『麺の王様』よ」

女将の講釈によれば、次の通りだ。

一清(イーチン)……牛骨で煮込んだ香ばしいスープが、清らかに澄んでいる。

二白(アルバイ)……煮込んだ新鮮な大根が、細切りにして添えられている。

三紅(サンホン)……真っ赤な香り深いラー油を振りかけ、食欲をそそらせる。

四緑(スーリュイ)……緑色の葉ニンニクと香菜を振りかける。彩りがよく、やはり食欲をそそらせる。

五香(ウーシアン)……それらの中に潜っている麺が、香るような食感を漂わせる。

たしかに、12元でこんなに旨い麺があるのかと感心するほど、絶品だった。蘭州人は細麺を好むことも知った。山西人が太麺を好むのと対照的だ。

それから、もたもた食べていると、麺が固まってきてしまうことも知った。それだけ新鮮な食べ物なのだ。

以後3日間、毎朝その店に通い詰めた。そして、「もっちり、しっとり」の味と「涙の別れ」となった……。

「外れの店」もあるけれど

東京へ戻ってからも、街を歩いていて、「蘭州牛肉麺」という看板は、たびたび見かけた。そのたびに店に入るのだが、いつも期待は落胆に変わった。「違うんだよなあ……」と、独りごちながら。

実は今晩も、寒空の夜更けに、池袋のガチ中華街の片隅で見つけた「蘭州牛肉麺」の店に入ってみた。蘭州人がコックをしている店という触れ込みなので、今度こそ期待していたのだが、「麺が死んでいた」。牛肉は噛めないくらい固く、大根はしなびていた。「アンタ本当に蘭州人?」とコックに詰問してやりたくなったが、黙って勘定して出た。

実際、ガチ中華の店には、「外れの店」も多いのである。むしろ大半が、「外れ店」と言っても過言ではない。それでも営業していけるのは、ひとえに客の主流である若い中国人の味覚が落ちているからだ。

モヤモヤしたままガチ中華街を徘徊していたら、駅前の大通りに行き着く手前に、もう一軒、「蘭州牛肉麺」という看板の店が目に入った。店外にはウーバーの配達員が立っている。いつか入ってみようと思い、おもむろに通り過ぎた。

その時、私の携帯電話が鳴った。テレビ局のディレクターからで、まもなく北京で始まる全国人民代表大会について、明日の番組で私のコメントを掲載したいという。

結局、30分近くも話し、電話を切ったら悪寒が走った。と、再び眼前に先ほどの「蘭州牛肉麺」の看板。「ええい、スープだけでも飲んで温まろう」と、店に入った。

狭い店内を見渡して驚いた。この時間には珍しく、中国人女性客が多かったのだ。カップルもいれば、お一人様もいる。私の「ガチ中華経験則」によれば、中国人女性客が多い店は「当たり」である。なぜなら、中国では一般に、女性の方が男性より味覚が優れているからだ。

奥に空いていた席へ腰を下ろすと、女性の店員がやって来た。

「喝点儿热茶吧,还是喝凉水?」(温かいお茶をどうぞ。それともお冷がいいですか?)

「要热茶」(温かいお茶にして)

注文する前に、さっとお茶と、使い捨てのエプロンが供された。身体が震えていたので、がぶりと一口含む。

「んっ?」。ジャスミン茶に棗(なつめ)を入れているに違いなかった。それで茶に香りと甘みを持たせているのだ。この店、ただ者でない……。

私は女性店員に、正直に告げた。「あまり空腹ではないので、大きな碗でないようにして蘭州牛肉麺を持って来てもらうことはできませんか?」

すると彼女は微笑んだ。「いいですよ、小盛りにしましょう。それで、麺の種類はどうします?」

「はっ?」

私はその時まで、蘭州牛肉麺=「細麺」という先入観を持っていた。だが考えてみれば、東京に住む蘭州人の数など、たかが知れている。山西人が客として入って来たら、「太麺はないのか!」となるかもしれない。

本場の絶品の味

そのため、この店では、客の好みに応じて6種類、作り分けているのだという。具体的には、以下の通りだ。

1.細麺……麺の直径は2mm。しなやかな弾力があり、スープとよく絡み合う。蘭州の一般的な麺。

2.二細……「やや細麺」で、麺の直径は3mm。麺のもっちり感、こしが味わえる。

3.蕎麦棱……いわゆる「三角麺」。細麺よりもさらに、スープを吸収しやすい。

4.韮葉麺……いわゆる「平麺」。幅5mmで、ニラの葉を連想させる形。

5.寛麺……幅20mmで、すべすべ感のある太麺。

6.皮帯麺……「大寛麺」とも言う。「皮帯」はベルトのことで、ベルトの太さほどもある幅40mmの太麺。麺の歯ごたえが抜群。

少し迷ったが、やはり「細麺」で作ってもらうことにした。まず客に麺の太さを選ばせるということは、客が注文してから「麺を作る」ということだ。私は居ても立ってもいられなくなり、厨房に向かった。

厨房では、蘭州人の「师傅」(シーフ=コック)が、「拉麺」(ラーミェン=麺を両手で引っ張る)の行為の真っ最中だった。私に気づくと、「細麺にするには技術がいるのさ」と、やや自慢げにほほ笑んだ。

待つこと10分あまり、一杯750円の蘭州牛肉麺が、テーブルに届いた。これは小盛りの値段で、普通盛りは980円だ。

碗の上から眺めると、蘭州牛肉麺の鉄則である「一清、二白、三紅、四緑、五香」は、きっちり守られていた。

そして、スープと麺を一口ずつ啜った瞬間、脳裏には走馬灯のように、蘭州での光景が甦ってきた。老ホテルマン、女将、そして「主役」として鎮座する牛肉麺……。

この店の碗には、粋な計らいが施してあった。食べ進んで麺とスープが減っていくと、碗の内側に、青色の中山橋が姿を現すのだ。中山橋は、清朝の宣統元年(1909年)、蘭州を二分する黄河に初めて掛かった鉄橋だ。いまでも中山橋は、蘭州人の誇りである。

もっちり、しっとり。もっちり、しっとり……。そうしていつしか固まっていく。本場の絶品の味が、東京で甦った。(次回につづく)

「ガチ中華」#7

店名: 薩斐蘭州牛肉麺

住所: 東京都豊島区池袋2-13-8

『進撃のガチ中華』出版記念インタビュー「中華料理の神髄とは何か?」