◆これまでのあらすじ
人気女性誌のWeb媒体でコラムの編集をする優斗(34)。彼には、過去の恋愛で苦い思い出がある。3回連続「そういうとこだよ」という言葉で振られてきたのだ。そのうちの1人、元カノ・香澄との再会を控えた優斗は…。

▶前回:早大卒34歳編集者。歴代彼女に同じセリフで振られ…




Vol.2 7年ぶりの再会


日曜日の午後。

渋谷駅で電車を降りると、あいにくの曇り空だった。

― そういえば、チャペルは屋上だって言ってたよな?屋根はあるらしいけど…天気、持つといいな。

だが、次第に小雨がパラつき始める。『TRUNK HOTEL』に着く頃には、本降りになっていた。

蒼汰の挙式まで、あと40分。

華やかな場所が得意ではない僕は、ドレスアップした参列者たちと、浮き立つ空気に気後れする。

受付に向かう途中、大学時代のフットサルサークルの仲間に声をかけられると、見慣れた顔にホッとした。

「優斗、久しぶり!みんなあっちで集まってるよ」
「おー!あとで行くよ」
「いや、あ…そうか。優斗は…」
「ん?どうかした?」

歯切れの悪さに違和感を覚えた僕は、ひときわにぎやかな方に視線を向ける。理由はすぐにわかった。

― …そういうことか。

ブラックスーツの友人たちに囲まれて、ラベンダーグレージュのワンピースの裾がふわりと揺れている。

ふと、学生時代の記憶がよみがえった。

いつだって、こんなふうに男たちに輪の中心にいたのは…。


― 香澄…来てるんだ。

7年ぶりに見かけた香澄は、昔と変わらずちょっと困ったように男性に囲まれているものの、どこか凛とした佇まいだ。

Iラインのミモレ丈ワンピースは、オーガンジー素材の七分丈のパフスリーブが上品で、色もデザインも彼女によく似合っている。

ふと、編集部の先輩・三橋さんとの会話を思い出す。心臓がドクンと跳ねた。

― 香澄が、あの日別れ際に僕に言った“そういうとこ”ってセリフ。真意を聞いてみてもいいのか?…って今、目が合った?

ところが、1人動揺する僕を気にするふうでもなく、香澄はスッと女友達の輪の中に消えていった。

挙式会場や披露宴会場でも、挨拶くらいはしたい…とタイミングを計った。しかし、お互い久しぶりに会う友人らに囲まれていて、なかなかきっかけをつかめない。

元カノとの再会でスムーズに会話ができるなんて、所詮ドラマや小説の中の話でしかない。ちょっとでも期待した自分にがっかりする。

「優斗も帰るなら、一緒に出よう」

2次会には出席しないという友人たちに交じって、僕も帰ろうとしたときだった。

「優斗くん…」

手にしていたスマホの画面から顔を上げると、目の前に香澄が立っていた。




「優斗くん、2次会行かないの?」
「香澄…。えっと…みんな出ないみたいだし、僕もここで帰るよ」

久しぶりに聞いた香澄の声は、昔と変わらず涼やかで耳に心地いい。

「そっか、私も。でも、新婦さんにも何度か会ったことがあるから、どうしようかなって…」
「…僕でよかったら、ちょっと出席しようか?」

彼女と2人で話す、二度とないチャンスかもしれない。それに、香澄から声をかけてきてくれたってことは、僕に対してそこまで悪い印象を抱いていないのだろう。

「本当っ?よかった〜!」

彼女の顔がパッと明るくなると、つられて微笑んでしまう。右側にだけできるえくぼは、かつての僕にとって恋の落とし穴だった。

懐かしさを感じつつ、クロークに預けていたコートを手に取ると、2次会の会場へと向かった。




「結局、ずっと雨だったね」

香澄は、とっくに日が沈んで暗くなった窓の外に視線を向けている。その姿を見ながら、僕は言った。

「そういえば、雨の日の結婚式ってふたりに幸運をもたらすらしいよ」

「え?」

「確か、フランスの言い伝えなんだけど、これから新郎新婦が流す一生分の涙を神様が代わりに流してくれてるとか、そんな意味だった気がする」

「それって、すごく素敵!逆に、雨でよかったって思っちゃうかも」

最近では演出なし、ゲームなしの2次会が増えていると聞くけれど、賑やかなことが好きな蒼汰は王道パターンでいくようだ。

会社の同期や後輩らが盛り上がる傍らで、僕たちは会話を続ける。

「優斗くんは今も出版社で働いてるんだよね?何の雑誌を担当してるの?」

「ちょっと前から、女性誌のWeb媒体でコラムの編集とか…かな」

「えっ?前はずっと付録…なんて言うんだっけ、あ、知育付録?の企画に夢中で、小学生みたいだったのに〜!」

「笑うなよ。僕、意外と今の部署が合ってるかもしれないんだから。香澄のその…ラベンダーグレージュのワンピース、すごく似合ってるよ」

「“ラベンダーグレージュ”って、男の人から初めて聞いたよ!さすがだね」

楽しそうに笑ってくれる香澄のおかげで、空気が和む。

「それと、優斗くん。ずっと気になってたんだけど…」

彼女は僕の背後にまわると、予想外の言葉を口にした。


「優斗くん、筋トレとかしてる?」

「…えっ?いや、特にしてないけど」

自分の後ろ姿を、香澄がジッと見つめている。その気配に妙にドキドキする。

「じゃあ、この筋肉は?スーツの肩甲骨のあたりがピンッて横に張ってるのって、筋肉だよね」

「あぁ、もしかしたらボルダリングで筋肉がついたのかもしれないな」

ここでも、彼女の反応は予想外だった。

「ボルダリング?動画で見たことあるけど、体ってそんなに変わるんだ」

「有酸素運動と無酸素運動が組み合わさった動きっていうからね。いい運動になるし、ゴールできたときの達成感はヤバい!アドレナリンが出まくってる感じがするよ」

「大人になると、頑張るのが当たり前で達成感ってなかなか得られないもんね。ねぇ、私にもできるかな?」

「う、うん?一緒に…行く?」

自分の身にも、ドラマや小説のようなことが起こった。

香澄も僕もLINEが変わっていなかったから、連絡もスムーズに取ることができた。別れているとはいえ、交際していた期間は長い。だから、スルスルと話が進んでいったのかもしれない。

別日に一度お茶をして、次の休みに、本当にボルダリングをすることになった。




ボルダリングを始めたのは、今から4年前。

まだアウトドア雑誌の編集をしていた僕は、クライミングに興味を持ち、手はじめにボルダリングジムに入会したのだ。

ボルダリングには、明確なスタートとゴールがある。香澄も言っていたように、普段の生活ではあまり感じられない達成感や高揚感が得られるところが、醍醐味だ。

すっかりハマった僕は、10級から始めて今では4級を完登。難関といわれる3級の壁に差し掛かっている。

この日、香澄には、僕が通っているジムの体験コースに申し込んでもらった。

彼女が更衣室で着替えをしているあいだ、ストレッチをしてから簡単なコースを登ってウォームアップを済ませる。

「ホールド」と呼ばれる石を手でつかんだり、足を乗せたりして下りてくると、香澄が驚きの声を上げる。

「すっごい…。“くも”みたい!あ、くもって“スパイダー”じゃなくて“クラウド”のほうね。フワフワ〜って軽々登るんだもん」

「まぁ、蜘蛛っぽい動きっていうのも合ってるよね」

彼女と笑い合っていると、いつものボルダリングとは違う楽しさがあった。

次は、いよいよ香澄が登る番だ。




僕は、基本のルールと登りやすいコースを教えると、少し離れた場所から香澄を見守る。

― あれ、思ったより全然登れそうだな?

「香澄、ボルダリング初めてだよね?」

「うん、思ってたより息があがるね。腕も疲れちゃう」

「でもすごい登れるから、級が上がるのも早いんじゃないかな」

「え〜、そう?32歳の体には早くも堪えてるんだけどな」

週に1回ピラティスに通っているという彼女は、体幹の力がちゃんとしているのか筋がいい。だから、教える僕も力が入る。

「そうそう、次は右手で斜め上のホールドをつかんで!」
「はしごを登るイメージで!」
「腕はなるべく伸ばしたまま、ひざを曲げて脚の力を使おう!」

30分ほど経った頃。香澄はホールドをつかみ損ねて、落下した。さほど高い場所からではなかったし、ボルダリングではよくある尻もちだ。床には分厚いマットだって敷いてある。

とはいえ心配になった僕は、彼女に駆け寄る。

「大丈夫?痛いところは?」

「ううん、全然大丈夫!もう一回やってみる」

自分が登るときよりも、10倍はハラハラする。

「そろそろ手が痛くなってきてない?大丈夫?」

「優斗くん、心配しすぎ!まだイケるよ」

さらに15分ほど経つと、徐々に疲労の色が濃くなってきた。本人には自覚がなさそうだけれど、もしかしたらハイになっているのかもしれない。僕もよくなるから、わかる。

「香澄、今日はもう終わりにしよう?はい、これおしぼり。手は大丈夫?」

ホールドを伝ってゆっくり下りてきた彼女に、おしぼりを手渡す。香澄は、汗を押さえるためのチョークで真っ白になった手をジッと見つめながら、表情を曇らせていた。

― やっぱり、手が痛いんだ。いや、違うな?この表情…僕、前にも見たことがあるような…。

この日を境に、彼女からの連絡はわかりやすく減っていった。

これまで、2人のあいだには嫌な空気なんて漂っていなかった。むしろ、ふたたび恋の落とし穴に片脚を突っ込みかけていた僕だったが、何か彼女の気に障ることをしてしまったのだろうか。

まさかまた、「そういうとこ」が…?

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7年ぶりの再会から、急速に距離が縮んだ2人。それなのに、元カノ・香澄がスッと引いた理由は?