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『キングスマン:ゴールデン・サークル』(2017)ではエルトン・ジョンごと映画に登場させた事例に代表されるように、マシュー・ヴォーン監督は音楽を大切にするフィルムメーカーだ。最新作『ARGYLLE/アーガイル』では、ビートルズ“最後の新曲”である『Now and Then(ナウ・アンド・ゼン)』が、劇中で合計10分ほど流れるほど大々的に起用されている。

この楽曲が持つ物語と、いかにして映画に使用されたかの背景を知ると、『ARGYLLE/アーガイル』の印象がより深まるはずだ。

ボーイ・ジョージやアリアナ・デボーズ、ナイル・ロジャースによる映画オリジナル楽曲『Electric Energy』など、ディスコ/ファンクの楽曲が彩った『ARGYLLE/アーガイル』に、ビターでセンチメンタルな質感を与えているのが『Now and Then』である。ビートルズ“最後の新曲”として2023年11月にリリースされたばかりだったこの曲、運命的な形で映画に組み込まれることとなった。

『Now and Then』は、1970年代後半に録音されていたジョン・レノンによるピアノとボーカルの音源を、最新技術によって甦らせた楽曲。1994年、妻のヨーコ・オノ・レノンは、ジョンの「フリー・アズ・ア・バード」と「リアル・ラヴのデモとともにこの音源をポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターに渡したこの2曲はザ・ビートルズの新曲として完成し、『ザ・ビートルズ・アンソロジー』のプロジェクトの一環として、1995年と1996年にそれぞれシングルとしてリリースされた。

このとき同時にポール、ジョージ、リンゴは新しいパートをレコーディングし、プロデューサーのジェフ・リンとともに『Now and Then』のラフ・ミックスを完成させていた。しかし、その時点ではジョンのヴォーカルとピアノを分離して、クリアで曇りのないミックスを実現し、曲を仕上げることが技術的な制限により不可能だった。そして 「ナウ・アンド・ゼン」は、将来的に再度作業を行う可能性を残しながらもお蔵入りとなった。

転機となったのは、2021年のドキュメンタリー映画『ザ・ビートルズ:Get Back』だ。『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズで知られるピーター・ジャクソンが監督を務めたこの作品では、最新のオーディオ・テクノロジーを用いて、古い音源の楽器とヴォーカル、そしてザ・ビートルズの会話の中の個々の声を分離する手法が確立された。これによって『Now and Then』にも何かできるのではないかとの考えが浮上し、ジョンのボーカルをピアノの音から分離することに成功した。そして2022年、ポールとリンゴが新たにスライド・ギター・ソロとバッキング・ボーカルを新たに追加し、『Now and Then』が完成した。

哀愁漂うこの“最後の新曲”は、失われた愛や、変わってしまった愛が歌われている。タイトルの『Now and Then』は「ときどき」を意味するイディオムだが、そのまま「今(Now)と昔(Then)」と訳すこともできる。ビートルズのMVでも表現されているように、オリジナルの文脈では、全メンバーが存命だったかつてのバンドや青春時代に思いを馳せながら、現代において昔を懐かしむという懐古主義的な趣がある。

耳に優しく馴染むサビの歌詞は“Now and then / I miss  you / Oh, now and then / I want you to be there for me / Always to return to me”で、最初の部分は「時々、君が恋しくなるよ」とも、「今とあの頃、君が恋しい」とも自在に解釈することができる。そして「君にそばにいてほしい / いつでも戻ってきてほしい」と続く。

ちなみに“Now and then"という言葉は、ビートルズにとって別の深みを持つものでもある。ビートルズ解散後の1976年4月23日、ジョンは「たまには僕のことも思い出してくれよな、古き友よ(Think about me every now and then, old friend)」と、ポールの肩を叩いて言ったそうだ。それが、生前のジョンからポールへの最後の言葉となったという。

事情に詳しい観客は、2023年11月にリリースされたばかりの『Now and Then』が、2024年2月米公開の映画『ARGYLLE/アーガイル』に早くも使用されていたことに驚いただろう。それも劇中の『Now and Then』は、単なる挿入曲以上の役割を務めている。壮大なオーケストラアレンジは劇中のアクションと見事に調和しており、ラストシーンではキーアイテムから流れる音色にも変化した。おまけに、「今と昔」を比べながら愛する人を想うという『Now and then』の主題までが、ストーリーに織り込まれた。

筋金入りのビートルズ・マニアであるマシュー・ヴォーン監督、実は『Now and Then』の一般リリース前から、水面下でビートルズと共に準備を進めていたのだという。最初にヴォーン監督に話題を持ちかけたのは、ビートルズの伝説的なマネージャーであるジョージ・マーティンの息子にして音楽プロデューサーのジャイルズ・マーティンだ。

監督は映画公開時から「1年半以上前」にジャイルズと話をしたとので、遅くとも2022年の夏頃から楽曲に取り掛かっていたと見られる。当時、監督は『ARGYLLE/アーガイル』に使用する「哀しいが、希望を感じさせるような」ラブソングが見つからず苦労していた。そこにジャイルズが「ビートルズの新曲を聴いてみますか」と持ちかけたのだそう。

「ジャイルズはユーモアのセンスがある方なので、“はぁ、いいですよ”と」、監督はまさか新曲などが本当に存在するとは、初め信じていなかった。「すると彼が、“僕はいたって本気です”、と」。

『Now and Then』を聴いた監督は、この曲がはじめから映画と調和していたことに驚いた。「まるで、ジョン・レノンがこの映画を観て書いたようだった」。編集なしでそのまま流すだけで、「映像と完全にハマった」という。

映画で音楽を手がけたローン・バルフも曲を聴き、壮大なオーケストラ・アレンジに挑んだ。「メロディは非常にクラシックで美しく、この曲を40年前からずっと知っていたかのような響きがあります」と、バルフは話している。「エリー・コンウェイにとってのトリガーとなっています」。

「ビートルズ最後の楽曲で仕事ができたなんて、光栄だというほかありません」と監督は感激の様子で話しながら、この楽曲の存在について「1年以上、秘密にしておくのは大変でした」とも振り返っている。劇中のスパイ同様、監督も秘密を漏らさずに過ごしていたと言うことだ。

かくして、『Now and Then』はリリース後わずか4ヶ月に、『ARGYLLE/アーガイル』で早くも映画デビューを果たすこととなった。もしもこの楽曲がなかったら、『ARGYLLE/アーガイル』の印象も大きく違っていたに違いない。

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