早稲田卒・大手出版社34歳イケメンが撃沈。元カノ3人が別れ際に放った「同じセリフ」
恋人から「そういうとこだよ」と、指摘されたことはないだろうか。
そして、目の前から去られてしまったことはないか――。
恋愛において、別れの常套句として使われがちなこのセリフ。
でも「そういうとこ」って一体どういうところ?
「ハッキリ言ってくれないとわからない、頼むから説明してくれっ!」
主人公・林 優斗は、3回連続「そういうとこ」で振られた男。
これは、彼が自分の「そういうとこ」の答え合わせをしていく物語である。
Vol.1 「そういうとこって、どういうとこ!?」
…カチャカチャカチャ。
3月初旬の月曜日、20時30分。
週の始めにしては珍しく、同僚たちは早々に仕事を切り上げて帰っていった。広い編集部内には、自分が打つキーボードの音だけが響く。
「うん、これで今週配信分の原稿は大丈夫そうだ」
僕は、体をゆっくり起こす。
パソコンの前で何時間も前屈みになっていたせいで、全身が凝り固まっていた。両腕を伸ばしながら、椅子に体を預けてのけ反ると、背中や腰が気持ちいい。
“ダイエットカテゴリーの原稿チェック”
デスクトップの右下にある、この日最後のタスクが記された付箋。ピッとはがすと、達成感で満たされた。
グゴーーーッ!
次の瞬間、激しい音を立ててお腹が鳴る。
― いつものカレー専門店のラストオーダーって、確か21時だったよな?急げば間に合いそうだ。
心地よい疲労感が、カレーを強く欲している。皮つきのまま出てくる茹でたじゃがいもに、バターとほんのちょっとのカレールーをかけて、思いっきりかぶりつきたい。
だが、作業していたワードプレスをいそいそと閉じようとしたときだった。
「…えっ?この原稿って…」
たった今、投稿一覧にあがってきた原稿のタイトルに、僕は身震いする。
僕は早稲田大学時代から、神保町の古書店によく足を運んでいた。
そして神保町にある大手出版社に就職し、編集者として勤めて12年。
最初の配属は、小学生向けの雑誌だった。当時の自分は、知育付録の企画や試作に夢中になりすぎて、いつも目がバッキバキだったと記憶している。
「せっかくの横浜流星似イケメンが台なしだな」と、編集長によくからかわれていた。
― 横浜流星…くんって、まだ10代じゃないか!似てないと思うけれど…。
それから、アウトドア雑誌に携わること6年。クライミングに興味を持ち、ボルダリングジムに入会。上級者レベルのコースを登れるまでになった。
そんな経歴の僕が、どういうわけか3ヶ月前から、人気女性誌のWeb媒体で編集者をしている。
畑違いにも程がある部署異動。副編集長の三橋さんから直々に指名されたのだった。
去年の11月ごろ、三橋さんは突然言った。
「私、3月から産休と育休に入るのね。だから、林くんに副編集長を引き継いでもらいたいんだけど、どう?」
「…僕、ですか?」
三橋さんは、小学生向け雑誌の編集部時代にお世話になった先輩。僕が異動になったあと、彼女もまた文芸誌で経験を積み、3年前に今のファッション誌に異動になった。
「女性ファッション誌…ってことですよね。逆にご迷惑をおかけすることになると思いますよ」
「大丈夫!ファッション誌っていっても、Webコラムの配信がメインだから。編集長は私が一番信頼してる先輩だし、引き継ぎ期間が終わってからもサポートするから安心して」
突然の申し出に返答できずにいると、キラーワードが飛んできた。
「昔からよく知ってる林くんだからこそ、ぜひお願いしたいんだけどな」
「…いや。ほかにもっと適任な方がいますって」
「もしほかの人に任せることになったら、私、産後1ヶ月で職場復帰しちゃうよ?」
「そんな、無理しないでください!本当にもう…」
戸惑う僕に、彼女は最新号の雑誌を手渡してきた。表紙では、ドラマでも見たことがあるモデルが、キラキラしたニットを着て微笑んでいる。このニットは、ファッション用語では何か名前が付いているのだろうか。
「じゃあ、読んでおいてね。来月からお願いね」
「え?あ、来月っ!?」
こんなふうにして、何もわからないまま飛び込んだ、ファッション誌のWeb媒体。気がつけば副編集長になって、あっという間に3ヶ月近くが過ぎていた。
1人残っていた夜の編集部。
ふと目にした原稿のタイトルに、僕は身震いする。
カレーを食べようと思っていた気分は吹き飛び、体が芯から冷えていくのを感じる。
『“そういうとこ”って思われちゃうかも?男女共通、好きな相手にやってはいけないこと5選』
― これって、僕がさんざん言われてきた言葉じゃないか。
「そういうとこ」と言い残して、僕のもとから去って行った女性が、3人もいるのだ。
時には怒りをにじませ、時には詰問するかのように、そして時にはため息交じりで。三者三様に、彼女たちは同じセリフを僕に言い捨てた。
今思うに、間接的なダメ出しなのだろう。
「そういうところが良くないよ」という言葉の短縮形で、「自分で察しようよ」とか「空気を読もうよ」という意味が隠されている。
― だけどさ。
「そういうとこって。それだけじゃ…どういうとこかわからないよ」
僕はポツリとつぶやき、記事に答えを求めるかのようにタイトルをクリックした。
1.「だから言ったのに」と、相手の行動にダメ出しをする
― なるほど、これはやってない。
安堵したのも、つかの間。
「あれ、林くん?」
突然、背後から声をかけられた。
僕は「ヒャッ!」と情けない声を上げて、体をビクつかせる。
振り向くと、そこにいたのは…。
「ちょっと、林くん!大丈夫?」
「み、三橋さん。すみません、僕1人だと思っていたからビックリしてしまって」
三橋さんの視線が、僕を通り越してデスクトップに向かっている。
「やり残した仕事があって、ご飯食べて戻ってきたの。あー、それメグさんの原稿ね」
「はい、ついさっき納品されたので読ませてもらってました」
「ふ〜ん…?」
冷静なふりをしたつもりだけれど、もしかしたら声が上ずっていたのかもしれない。それをごまかすように、続ける。
「そもそも“そういうとこ”って、芸人さんのエピソードからきてるんですよね」
「そうだっけ?」
「結構前なんですけど、すべらない話でキム兄さんが話してました。何度も失敗を繰り返す相手に、“そういうとこやぞ”って諭すオチなんです」
「へぇ〜林くん、お笑い好きなんだっけ?詳しいね」
― ヤバい、饒舌になりすぎた…。
僕が黙っていると、彼女は少し考えごとをしてからゆっくり口を開いた。
「じゃあ、恋愛で相手に“そういうとこだよ”って伝えるときは、何か直してほしいことを我慢してるサイン…ってことか」
「でも…。言いたいことがあるなら、ハッキリ伝えてくれたほうが、話し合いができてよくないですか?」
「ハッキリ言わないことにも、理由があるんじゃない?」
そのときパッと頭に浮かんだのは、少し寂しそうに「そういうとこだよ!」と言ってきた元カノ・香澄の顔。
― 僕は彼女に何を我慢させていたのだろうか。
同じ大学のサッカーサークルで知り合った香澄とは、僕が4年生のときから5年間付き合ってきた。言いたいことは言い合える関係だったと思う。それなのに、あえて別れの理由を言わなかったのなら、どうしてだろう。
「もし、僕から聞いていたら…」
「えっ?」
僕は、これまでの失恋の経緯を三橋さんにすっかり話していた。
「実は…その彼女と、今週の日曜日に会うかもしれません。大学時代の友達の結婚式があるんです」
「なら、聞いてみたら?“そういうとこ”って何だったのって。ずっと気になってたんでしょ」
― そうは言ってもなぁ。
香澄と別れてから、もう7年も経つ。今さら、別れの理由を聞いたら、引かれるに決まっている。
だけど、僕に我慢ならないほどの直すべきところがあったのなら、それは知っておくべきだと思うし、機会があったらちゃんと謝りたい。
― 言いにくいことって…まさか体臭とかじゃないよな?いや、それは大丈夫だろう。
◆
友人・蒼汰の結婚式当日。
いつもの倍近く時間をかけて身だしなみを整えた僕は、式場のある表参道へと向かった。
彼女は、参列しているだろうか…?
▶他にも:「食の好みが合わない」と彼女をフッた男。数年後に彼女の今を知り、猛烈に後悔したワケ
▶NEXT:3月11日 月曜更新予定
1人目の“そういうとこだよ!”の元カノ・香澄とは、再会できるのか?