◆これまでのあらすじ

高校の頃に顔の印象だけで選んだダメ男と、10年もの付き合いを経て別れた杏奈。高校時代モテモテだった彼女は、振った同級生がエリートになっていることを知りビックリ。逃した魚を捕まえるべく、奮闘するも…。

▶前回:「はい、これ○○代」食事会で盛り上げ役になった29歳女子に、男が差し出したお金の意味




Vol.5 元カレに似たひと


名目上は“食事会”の、いわゆるギャラ飲み会から2週間経った。

高校の同級生・須賀からその場に呼ばれたショックを、杏奈はいまだ引きずっている。

「はぁ…」

ランチタイムの閑散としたオフィス。

フロアの隅にあるカフェスペースで、杏奈はひとり、大きなため息をつく。

元カレと別れてからというもの、男性に傷つけられることばかりだ。寒くなってきたからか、麻沙美は体調を崩していると言って会うことができず、グチを聞いてもらう相手もいない。

― いつだってお姫様みたいにチヤホヤされて、いい気になっていたけど…。間違っていたのかな…。

どうしようもない苛立ちを通り越した後に襲ってきたのは、猛烈な自己嫌悪だ。

練習と称して手あたり次第にデートをしていく、なんていう発想が、そもそも相手を軽んじていて失礼な行為だった。正直言って、独りになった寂しさで周りが見えなくなっていた。こんな目にあうのは当然だ…。と、様々な自責の念が去来する。

「あー、もう、やんなる!」

頭を抱えたとき、後輩たちがランチから戻ってきた。何も知らない彼女たちは、明るく杏奈に声をかけてきた。

「杏奈さーん、これからCMの撮影立ち合いですよね。いいなぁー」

「野球選手見られるなんてうらやましい!」

後輩たちの言う通り、午後から杏奈は自社のCM撮影現場に顔を出すことになっている。

自分の担当ではなかったが、美人広報として知られる杏奈に「ぜひ現場に華を添えてほしい」という広告代理店側からの要望があったのだ。

「あ、そうだった。でも…こういうのも、なんだかなぁ」

沈んだ気持ちで資料を眺めていると、出演者として名前が並ぶプロ野球選手の名前に目がとまった。

<松崎洋輔>

現在、人気球団の1軍選手として活躍する松崎洋輔。その松崎選手は、杏奈の高校時代の1年先輩なのだった。


学園のスター同士の再会


「倉持さん久しぶり!!僕のこと、覚えてる?」

撮影スタジオで顔を合わせるなり、松崎洋輔は杏奈の方にやってきて白い歯をのぞかせた。

「も…もちろんです!」

スポーツコースで、しかも1年先輩だった松崎。高校時代はほぼ繋がりはなかった。ただ、当時からスカウト注目の選手だったこともあり、気になる存在だったことは否定できない。

「学校のスターだったじゃないですか。甲子園予選も草薙へ応援行きましたよ」




それを聞いた松崎は大きな目と口をいっぱいに開き、両手でガッツポーズを掲げた。

「やっべーそうなの?超うれしい!!!」

跳びはねる姿は、まるで少年のようだ。

初対面であれば驚く挙動だろうが、昔から知っている人物となると補正がかかる。高校時代から変わらない無邪気さはむしろほほえましく感じ、荒んだ心が洗われるようだった。

先ほどまでは来ることをためらっていた杏奈だったが、「この現場に参加できて良かった」と、素直に思うことができたのだった。

「今日はよろしくお願いしますね、先輩」

「先輩っていい響き。じゃ、僕は杏奈ちゃんって呼んでいい?」

「はい、もちろん」

「わーい。よろしくね!うれしいな!」

知らぬ間に、胸の鼓動が速くなっている。

― もしかして、これって…?

こんなことで心が動くなんて、我ながら単純だと思う。

けれど、目の前で笑顔を見せる松崎は、子どもっぽいところはあるものの魅力的だ。少なくとも、既読スルーの高濱、暴言を吐かれた足立、ギャラ飲み女子扱いをされた須賀と比べれば、はるかに印象がいい。

もしも松崎と交際したら、きっと自分の価値まで高めてくれるだろう。それに…。下世話な話にはなるが、松崎の年俸は、これまでデートした男性たちの何十倍もあるはずだ。

― 「とにかく、次よ、次!」

ふと、そんな麻沙美の声が聞こえたような気がした。杏奈の心に火が灯る。

男性のせいで生じた心のモヤモヤは、男性との良い経験で払拭するしかないのかもしれない。

そう自分を鼓舞した杏奈は、無事撮影を終えたその夜、松崎にSNSからメッセージを送った。



再会時の期待を裏切ることなく、松崎は杏奈からのメッセージにすぐに返信をしてくれた。

撮影の打ち上げと、久々の再会を祝してのプチ同窓会。どちらからともなく、そのふたつを兼ねてゆっくり食事でもしようという話になり、さっそく翌週、六本木にある『BENJAMIN STEAK HOUSE ROPPONGI』で食事をすることになった。




「うんめー、杏奈ちゃんもいっぱい食べな!」

店内に響き渡る声をあげ、松崎は豪快にステーキをほおばっている。

― か、かわいいっ。

年上、しかも一流のプロスポーツ選手に、こう思ってしまうのは失礼かもしれない。だが、素直にそう感じてしまうのだ。

「杏奈ちゃん、ワインもボトル空けちゃおうぜ!次はどうする?おススメされたやつでいいかー」

「結構なお値段しますけど、いいんですか?」

「遠慮しないで。俺が飲みたくて飲むんだもん!」

やれやれと彼の笑顔を見つめていると、杏奈はふと気がついた。

― なんだかこういうところ、直人に、似ているかも…。

未練ではない。そもそも杏奈は、少年のような無邪気さを持つ人がタイプなのだ。彼氏として直人を選んだのも、顔が良かったことはもちろん、そういう部分があったからなのは間違いない。

― 私には、気取った人より、こういうタイプの男性の方が相性いいんだろうな…。


意外なスキャンダル


2軒目のバーでは、ソファのある個室に通された。

「先輩…」

座るなり杏奈は、松崎の肩にもたれかかるという勝負に出る。

「え、杏奈ちゃん…?」

こんなに大胆になれるのは、スポーツドリンクのようにワインを口にする松崎のペースに合わせていたからだろうか。

それとも…。

とにかく、このチャンスを逃すまいと、気が急いていたのは事実だった。

松崎は杏奈に応じ、そのたくましい腕で肩を抱いてくれた。

杏奈の体温が急上昇する。そして、彼は耳元で囁く。

「夢みたいだよ…。高校の時、杏奈ちゃんをはじめて見て、本当のお姫様みたいだって、ずっと憧れていたから」

「ありがとうございます。でも夢みたい、というのは私の方ですよ。先輩はもう、雲の上の存在ですから」

杏奈は松崎を見つめる。松崎の抱きしめる力もさらに強くなった。

「そんなことない。僕は今、ここにいるよ」

そのまっすぐな答えに、杏奈は照れて笑う。




冷静に考えれば、松崎は自社の広告のイメージキャラクターだ。もしも男女の関係になったら、仕事上、差しさわりのある人物と言えなくもない。

けれど、杏奈にとってはイメージキャラクターである以前に、同じ高校の先輩後輩。そんな言い訳が思い浮かべば、理性やしがらみなど、どうでもよくなる。

「先輩、この後どうしますか」

確信を持った杏奈は、自分から誘惑するように尋ねてみた。

しかし、松崎から返ってきたのは意外な言葉だった。

「明日、朝から先輩と自主トレなんだ。12時には帰るよ」

「え…」

「あれ?もしかして、終電ないの?」

杏奈はぶんぶんと首を振った。そして松崎のシャツの裾を掴み、もっと一緒にいたいという意志表示をする。

いくら純粋な松崎でも、そのいじらしい態度から意図を察したようだ。

「杏奈ちゃん…やめた方がいいよ。僕、ダメ男だよ。野球バカだから」

「え…?」

松崎の澄んだ瞳が痛かった。その中に映る自分はかなり痛々しかった。

「女の子の気持ち、わからないし、僕はこういう奴なんだよね…。でも今、杏奈ちゃんを好きなのはホント。また会いたいな」

「…???」

辻褄が合わない。意味不明な松崎のセリフを、杏奈は紐解こうとする。

しかし、どうしても理解できなかった。だんだんと酔いがさめ、頭がはっきりとしてくる。

また、元カレもこんな人だったことを思い出した。

― 直人も、自分のダメさをまず示し、確認する人だった…。

『こんな俺でもいいか?』『俺はこういう男だから』とあらかじめ提示し、『それでもいい』という言質をとった上で好き放題をする。少年のような無邪気さも共通している。悪気はないのだろう。

つまり、ズルい男。

「わかった」

いくら好きなタイプでも、相性が良くても、同じことの繰り返しになる。

そう判断した杏奈は、黙って松崎のシャツの裾から手を放した。



それから2週間後。

麻沙美から突然LINEで連絡があったのは、松崎とのことは忘れ、前を向いて歩こうとしていた矢先のことだった。

「ねえ杏奈、松崎先輩覚えてる?すごいことになってるね〜」

「え、どういうこと?」

「えげつないスキャンダルが出てるよ」




メッセージと一緒に送られてきたのは、ネットニュースのリンクだった。

― もしかして、デート場面を撮られたかも?

そうドキドキしながら開くものの、スマホの画面に現れたのは予想外の内容だ。

<WBC戦士・松崎洋輔、アナウンサーと結婚秒読み間近も、オフはインスタDMナンパで夜のFA宣言!>

「はああ?」

二重の意味で驚いてしまった。

本命がいたこと。そして、純朴だと思っていた松崎の姿とはかけ離れた、“DMナンパ”というチャラチャラしたワード。記事を読むと、何股もかけている状態とある。

― 男として、ある意味純粋というか…。謙遜じゃなくて、本当にダメ男だったんだ。

2週間前、もしも松崎と先に進んでしまっていたら…。

想像しただけでゾッとしてしまった杏奈は、手応えがなかったあの夜を思い出して胸を撫で下ろす。

― やっぱり、高濱くんの方がいい男だわ。

改めて現状の本命である高濱のことを想うも、相変わらずLINEの返信はない。

何をやってもうまく行かない現状に、杏奈の憂鬱はさらに深まるのだった。

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杏奈を見かね、友人の麻沙美はエリートとの食事会をセッティングする。