日夜数多く生み出される科学論文には、私たちの生活を豊かにしてくれる論文が含まれる一方で、データの捏造(ねつぞう)や他の論文からの盗用を行った不正な論文も含まれています。オックスフォード大学で発達神経心理学教授を務めるドロシー・ビショップ氏が、不正論文の実態と、不正論文が生み出されないための新たな修士課程のあり方について解説しています。

BishopBlog: Defence against the dark arts: a proposal for a new MSc course

http://deevybee.blogspot.com/2023/11/defence-against-dark-arts-proposal-for.html



これまでに、パオロ・マッキャリーニ氏やジョン・ダーシー氏、エリザベス・ホームズ氏のように研究不正によって逮捕された科学者は数多く存在します。それでも、科学界は自己修正が可能で、研究不正が行われたとしても繁栄を続けてきました。

しかし、今日では数多くの科学論文が発表される一方で、有益な論文とそうではない論文を区別することは難しくなっています。ビショップ氏は「多くの分野で、信頼できる発見のための確固たる基盤が存在しないため、累積的な科学を構築することが不可能になっており、その状況はどんどん悪化している可能性があります」と推測しています。

また、ビショップ氏は一見本物の研究に見える不正な論文を作成、および販売する営利目的の組織である「Research paper mill」について警鐘を鳴らしています。

ビショップ氏によると、自身の功績やキャリアアップのためにデータを捏造する個人の科学者と異なり、Research paper millは組織的に不正な論文を数多く作成し、一部の論文は査読付きジャーナルに掲載され、一般市民に販売されるとのこと。Research paper millが作り出した論文の中には、不正な論文だと検出することが難しいものもあることが報告されています。



Research paper millが作り出したこれらの論文は、複数の説得力のあるテンプレートを用いて作成され、論文をオリジナルなものにするため、テンプレートにさまざまな変更が加わっている場合があります。また、他の論文から文章を盗用していることが明るみに出ないよう、「拷問されたフレーズ」が文章内に挿入され、意味の通じない支離滅裂な文章が出来上がっている場合もあるそうです。

通常であれば、このような論文は「信頼に値しない」として排除されますが、不正を行う科学者はビッグデータを活用して「遺伝子型」や「表現型」などのデータベースを作成し、架空の発見を生み出すなどの手法を用いて追及を回避しているとのこと。ビショップ氏は、不正を犯した科学者が、不正な論文で得た名誉を元に影響力のある地位に上り詰める可能性を危惧しています。影響力を得た不正な科学者は、金と引き換えにさらなる不正論文を発表し、誠実な科学者に対して悪影響を及ぼします。また、教授職に就任した科学者によって新たな世代の不正な科学者が生み出されることも危惧しています。



これまで、不正論文に対する科学界の対応は不十分でした。「誰もが立派な目的を持って論文を発表している」という信念がある科学界では、不正を積極的にチェックする試みがほとんどなかったことが報告されており、仮に不正が見つかっても論文が撤回されるまでに数カ月から数年かかることも指摘されています。

また、主に不正を暴く作業は「科学が堕落し、不正な科学者がのうのうとはびこっていることに憤りを感じている」ボランティアによって行われており、画像操作やデータのあり得ないパターンなどを見抜くことに特化しています。一方で、不正な論文であることを指摘された科学者は一般的に、ボランティアによる指摘を無視するか、証拠の隠滅、ボランティアの行動を非難することが多いとのこと。



こうした不正を暴く作業がボランティア頼みになっている現状を憂いたビショップ氏は、「不正撲滅の研究者世代の育成」を推奨しています。

ビショップ氏が推奨する、大学院修士課程で習得すべきトピックが以下。

・危険なデータセットを見つける方法

・操作されたグラフなど図形を見分ける方法

・不正論文のテキスト特性

・科学的信ぴょう性の確認

・サイト運営者の認証情報の確認と粗悪なサイト運営者の特定

・不正が疑われる場合の苦情の申し立て方法

・法的な攻撃から身を守る方法

・個人を不正に導く認知プロセス

・ひねくれたインセンティブを生み出す制度的慣行

・科学の信用を失墜させることを目的とした「疑いの商人」の存在

ビショップ氏は「問題の規模が大きいため、これまでのボランティア頼みではなく、警察に相当するものが必要です。科学的な不正を調査し、不正が発見された場合に適切な行動を起こすために、正式な組織を設置する必要性についての認識が高まることを願っています」と述べています。