読者から届いた素朴なお悩みや何気ない疑問に、人気作『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社刊)の作者・菊池良さんがショートストーリーでお答えします。今回は一体どんな相談が届いているのでしょうか。

ここはふしぎなお悩み相談室。この部屋には世界中から悩みや素朴なギモンを書いた手紙が届きます。この部屋に住む“作者”さんは、毎日せっせと手紙に返事を書いています。彼の仕事は手紙に書かれている悩みや素朴なギモンに答えること。あらゆる場所から手紙が届くので、部屋のなかはぱんぱんです。

「早く返事しないと手紙に押しつぶされちゃう!」それが彼の口ぐせです。
相談に答えてくれるなんて、なんていい人なんだって? いえいえ。彼の書く返事はどれも想像力だけで考えたショートストーリーなのです。

さぁ、今日も手紙がやってきましたよ──。

【今回の相談】人と会ったときに名前が出てこない

人と会ったときに名前が出てこないことが多くなりました。失礼にならない方法はないでしょうか。(PN.シンディさん)

【作者さんの回答】黒いかたまりはまだ名前がつけられていない

「黒いかたまりを見つけても、むやみに捕まえることはやめてください」

ニュースキャスターが真剣な表情で原稿を読み上げた。

「つづいては──」

つぎの瞬間にはキャスターは笑顔に変わり、セレブリティが結婚したことを楽しそうに報告しだした。そのニュースを見ながらシンディさんは黒いかたまりのことをぼんやりと考えていた。

「黒いかたまり」とは近頃急速に増えて街を徘徊する生きものだ。身長は40センチほどで、人間の膝ぐらいの高さ。全身が黒い毛で覆われており、一見すると毛糸のかたまりのようにも思える。しかし、よく見るとつぶらな瞳が輝いているのだ。夜中に見つけて驚いてひっくり返るひともいる。

この生物は驚くことに土から生えてくる。正確には幼体は土のなかで過ごし、十分な体格にまで生育すると地上に出てきて活動するようになる。幼体のときは土のなかから黒い毛をすこしだけ出していて、まるで植物のように見える。だから、この生物が土から出てくる様子は、人間からしたら雑草が生物へと変体したかのように見えてたいへん面白い。

おとなは警戒したが、こどもはすぐにかわいがりだした。

「もふもふしていてさわると気持ちいいなぁ!」

「こら、やめなさい。毒を持っているかもしれないよ……」

「大丈夫。みんなさわっているけど、平気だよ」

●「黒いかたまり」に名前をつける会議が開かれますが…

専門家たちが集まって名前を決める会議が開かれた。しかし、各国ばらばらにいる専門家を集めるのには骨が折れた。日時はいつにするか。会場はどこか。だれが調整役をするのか。結局、だれかを優遇していることにならないよう全員の所属先がある国を外して中立的な国で行うことになった。やっと集まったときには発見からずいぶんと時間が経っていて、みんな長旅で疲れている。会議中もいろいろと揉めて遅々として進まない。

「よし、ピザを取って食べながら話そう。なにがいいかな?」

「ぼくはきのこが好きなんだ。でも、パインは苦手だよ」

「ちょっと待って。サイドメニューにカレーがある。いっそカレーにしようか?」

「おいおい、ピザじゃなくていいんなら店を変えてもいいだろう。ぼくはさっき軽く食べたんだ。パフェがいい」

「ねえ、聞いてくれ。ホテルのベッドが硬すぎるんだ。みんなの部屋はどうかな?」

議論は紛糾して、いつまでも終わらなかった。せっかく外国へ来たんだから観光しようと会議から出た日もあった。そうして、名前が決まらないままずるずると月日が経ち、専門家たちは観光地への知見を深めていた。

ある日、シンディさんは家のそばに黒いかたまりがいるのを見つけた。なぜか毛布が敷かれている。だれかが親切にしてやったらしい。黒いかたまりはシンディさんに気がつくと、じっとそちらを見た。ああ、声をかけたいが、名前がない。そうだ、適当に名前をつけてしまおう。

「黒丸!」

そう呼ばれると黒いかたまりはシンディさんに人なつっこく近づいてくる。黒いかたまりについて、みんな名前がわからないから、適当に自分で名前をつけて読んでいた。吾郎、ピーたん、ボッティチェリ、ジョージ・クルーニー、悪魔が流した大粒の涙、よしのぶ。

名前がわからなかったら、名前をつければいい。

【編集部より】

相談者の方が言っているのは、久しぶりに会った知り合いのことですよね。そんな人に名前を勝手につけたら、余計失礼だと思います。名前をそれとなく聞く方法はいろいろあります。そういったことを調べると困る場面が減るかもしれませんね。

「ふしぎなお悩み相談室」は、毎月第2金曜日に更新予定! あなたも、手紙を出してみませんか? その相談がすてきなショートストーリーになって返ってきます。