ラグビーW杯8強超えを狙う日本代表。4度目出場の堀江翔太は手応えを口にしている【写真:Getty Images】

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メンバー選考から見えたラグビー日本代表の現在地

 ラグビーワールドカップ(W杯)フランス大会(現地時間9月8日開幕)に挑む日本代表は、8月19日に事前合宿を行うイタリア・トレビゾへ向けて旅立った。現地時間26日のイタリア戦を経て、9月10日のチリ代表とのプールD第1戦(トゥールーズ)へと準備を進める。15日のメンバー発表会見で、ジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HC)は、当初の33人ではなく30人のみを発表。18日に残りのメンバーを決め、渡航日には帯同するバックアップメンバー3人を発表するなど、慌ただしいやり繰りの中での出発となった。15日のメンバー発表前にもポジションごとに勢力図を紹介したが、あらためて正式に発表された「33+3人」で挑む、ベスト8超えという挑戦の可能性を考える。(文=吉田 宏)

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 W杯へと旅立った19日に、ようやくバックアップ3人が発表される駆け込み出陣。15日のメンバー発表会見からの数日で、目まぐるしく顔ぶれが変わる中で確定した33人の代表総キャップ数は640(1人平均19.4)。この数値は19年大会の平均22.0キャップをわずかに下回り、W杯でも対戦するイングランドの1402(同42.5)、連覇を狙う南アフリカの1324(同40.1)と比べるとかなり経験値が低い布陣で、前回大会のベスト8超えという新たな歴史に挑む。

 顔ぶれは一部の選手を除き、多くのファンも想定内だったのではないだろうか。FB(フルバック)山中亮平(コベルコ神戸スティーラーズ)の落選については、8月14日のコラムで触れたように評価を急速に落としたことが理由で、既定路線だったと考えられる。

 そのコラムでリストアップしたメンバーの中では、LO(ロック)兼FL(フランカー)アマト・ファカタヴァ(リコーブラックラムズ東京)、FLジェームス・ムーア(浦安D-Rocks)が怪我のため33人枠を逃し、NO8(ナンバーエイト)テビタ・タタフ(ボルドー・ベグル)が選外。CTB(センター)中野将伍(東京サントリーサンゴリアス)、WTB(ウイング)レメキ・ロマノ・ラヴァ(NECグリーンロケッツ東葛)らが選出された。タタフについては、山中同様に評価を下げての判断だという関係者の声もある。

 山中の“代役”のような位置づけで、SO(スタンドオフ)兼FBで選出された小倉順平(横浜キヤノンイーグルス)だが、プレー時間が「代表」とも名乗らなかった7月8日のジャパンXV(フィフティーン)によるオールブラックスXV戦の後半24分間のみ。この実績から考えると、選出に驚きを感じた読者もいたはずだ。小倉本人は自身のW杯メンバー入りをこう受け止めている。

「去年は(代表枠に)1回入っていたみたいですが、骨折して辞退して、それで正直終わったなと思っていました。今回は、W杯メンバーに選ばれたという現実があるので責任を持って役割を果たしたい。練習ではSOを8割くらいのウエートでやってきたので、世界レベルの相手に、速い判断をして、スペースにボールを運ぶことを考えてやっています。(代表経験の少なさは)全く不安がないと言ったら嘘ですね。けれど不安を抱えていてもしようがない。自分に必要なことを練習でやって、後はもうやりきるだけです。それ以上も、それ以下もないと考えています」

 サバサバした口調で、W杯へ臨む意気込みを語ってくれた。

小倉順平のポジションは「SOで考えている」

 小倉の選出は山中の落選が前提なのは間違いないが、ジョセフHCはメンバー発表会見で、その山中の落選をこう説明している。

「山中は本当に素晴らしい選手です。でもユーティリティーの部分で、神戸で実際に10番をカバーするところを見られなかった。FBのスペシャリストの一番手は松島(幸太朗/東京SG)を考えている。もし松島に怪我があれば、レメキ、(セミシ・)マシレワ(WTB/花園近鉄ライナーズ)がカバーすると思っています。そういうカバーのところで山中が外れたということです」

 関係者らを取材すると、これ以外の“話”も聞こえてくるが、会見での指揮官の説明は、他のポジションもできるユーティリティーとFBの優先順位で、2019年大会から15番を背負ってきたベテランを外したというものだった。その一方で、当初はFB兼SOという扱いだった小倉が、山中の立ち位置だけではなく、6月の合宿序盤からSOとしての可能性を高めていたのも間違いない。

 6月の千葉・浦安合宿は、メディアへの練習公開は時間制限があり1日20分程度だった。その限られた時間内の攻撃練習で、SOでプレーする小倉の姿が印象に残った。合宿期間中に、元ニュージーランド代表SOでもあるトニー・ブラウン・アシスタントコーチに小倉のポジションについて聞くと、「SOで考えている。以前に代表、サンウルブズにも参加したし、リーグワンでのプレーも見てきたからね。そこにFBのカバーも考えている」と説明してくれた。そんなSOでの可能性を高めるなかで、山中の落選が小倉の残留をさらに後押ししたことになる。

 小倉順平は、神奈川・桐蔭学園高時代からSOとして注目を浴び、主将だった2010年度の花園(全国高校ラグビー大会)では、同じ日本代表のFB松島幸太朗とともに、当時最強を誇った東福岡高と引き分け(31-31)、両校優勝に輝いた。今や常勝軍団の桐蔭学園だが、小倉主将が掴んだ日本一がチームにとっても初の花園制覇だった。

 その後も、早稲田大、NTTコム(現・浦安D-Rocks)と実績を積み、2020年に移籍した横浜Eで、不動の10番として活躍する元日本代表の田村優との兼ね合いもあり、FBを中心に活躍してきた。横浜Eでの小倉の役割は、司令塔としての経験値、視野の広さを生かして、しんがりのFBから指示を出し、状況に応じてライン攻撃に参加する第2の司令塔だ。

 実績から考えれば、小倉の立ち位置は松田力也(埼玉パナソニックワイルドナイツ)、李承信(神戸S)に次ぐ“第3の10番”ということになるだろう。だが、持ち前の広い視野を生かして、アタック重視のジャパンのBK(バックス)ラインを動かせれば、定番の2人とはまた一味違った攻撃を見せてくれるというのは、期待を膨らませすぎだろうか。

 小倉のボール回しを見ると、相手にギャップを作るために、ふっと溜めたパスや、飛ばしパスのタイミングなどに特有の感覚を感じさせる。パススキル(特にロングパス)やキックの飛距離は、W杯ベスト8クラスの司令塔としては、まだ足りないものを感じるが、横浜Eで見せた田村との連携によるアタックや、2人目の司令塔のような立ち回りでの、気の利いた周囲の生かし方を桜のジャージーでも見せることができれば面白い。

ムーア離脱で失った日本代表LO勢の高さ

 15日のメンバー発表に伴い、様々なハプニングが起きたが、その中でも最も深刻なのはLOムーアの緊急離脱だ。15日のW杯メンバー発表時点では選ばれていたが、18日に怪我による辞退が発表された。前回W杯では、無名の存在からタックルを中心としたワークレートの高さで日本の躍進を後押し。その仕事ぶりは、今季の代表戦でも実証してきた。

 先発した4試合でも、チーム内でのムーアのタックル成功数はオールブラックスXV第1戦3位(12回)、同第2戦1位(12回)、サモア戦2位(10回)、フィジー戦1位(16回)という数値を残している。10回成功すれば評価されるタックルだが、常に2桁以上のタックルを決めて、防御の要と位置付けられてきただけに、ムーアの不在をどこまで現行のメンバーがカバーできるかは大きなチャレンジだ。

 ムーアは、タックルに加えて空中戦でも欠かせない存在だった。195センチという身長は、LOとしては世界基準ではない。だが、跳躍力と瞬発性を生かしたジャンプは、日本伝統のタイミングとスピードでボールを確保するラインアウトには重要な存在だった。201センチのワーナー・ディアンズ(東芝ブレイブルーパス東京)との連携による高さとタイミングのバリエーションで、ムーアに負う部分が大きかっただけに、その離脱の影響は否めない。

 ムーアを失ったことで日本代表LO勢の高さは、ディアンズを除くとヘル・ウヴェ(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)の193センチ、サウマキ・アナマキ(神戸S)の189センチ、FL兼務のジャック・コーネルセン(埼玉WK)の195センチという顔ぶれだ。世界のトップ8以上を目指すチームの高さとしてはかなり厳しい状況で、前回大会までと同様にタイミングを駆使した空中戦を強いられることになる。

 首脳陣も“高さ”への対策を打ってきている。渡欧当日に発表されたバックアップメンバー3人はファカタヴァ、FL下川甲嗣(東京SG)に加えて、今季は代表に呼ばれていないLOサナイラ・ワクァ(花園L)を呼び戻している。202センチ、120キロの大型LOは、昨秋のオーストラリアA代表との第1戦で負傷退場してから代表を離れていた。リーグワン終盤の4、5月の公式戦には出場していたにもかかわらず、離日直前のまさに緊急招聘は、現在リハビリ中のディアンズの回復が遅れるか、さらに負傷した場合に、どうしても200センチ級の選手を確保しておきたいという思惑が反映されている。

 しかし、ワクァの突然の招聘は、メンバー選考の一貫性の難しさも露呈する。伏線としては、新型コロナウイルスによる代表活動の出遅れと、スーパーラグビーに日本から参入したサンウルブズが2020年シーズンを最後に脱退したことがある。そのために、代表クラスの選手の強化・育成に充てる時間と環境の減少という、コーチ泣かせのハンディキャップの中で日本の強化が続けられてきた。

 その一方で、どこまで継続的な選手の強化という投資を続けて、成長という配当を得られたかは、W杯後の検証も必要だろう。最終選考で落選した山中亮平やテビタ・タタフ、昨秋は代表司令塔争いを演じていた山沢拓也(埼玉WK)らの落選には、ゲームでのパフォーマンスも大きく影響している一方で、それ以外の理由も聞こえてくる。

37歳堀江翔太「新しいメンバーは能力が高い」

 ムーアの離脱や、ディアンズらいまだに数人の選手が調整中という状況の中で、離日前の都内での短期合宿は、チームにプラス材料もあったようだ。渡航前日の18日、都内で行われた国内最後の取材対応で、リーチとともに4度目のW杯に挑む37歳のHO(フッカー)堀江翔太(埼玉WK)は、こんな手応えを感じている。

「今日の練習も、猛暑の中ですごくミスが少なかった。メンバーが選ばれた時点で、ぐっとチームが締まったというか、全員の意識が1個に集中しているなという感じはします。僕も含めてボールを落とす選手はいなかった。これからどう戦うかが、頭に入っている印象です」

 その背景には、メンバーの半数を超える2019年以降に代表入りした若手の能力の高さがあると、チーム最年長は考えている。前回W杯経験者は33人中14人。残る19人は、代表規約をクリアした海外出身選手と若手だが、堀江はそのW杯初陣組への期待感を語っている。

「新しいメンバーは能力が高いので、こういう戦術・戦略でこういう風にやるからと話せば、たぶん5分ぐらい合わせたらすぐできます。こういう理解度の速さは、過去に出場したW杯の時はなかったですね。まず2015年じゃ無理だし、2011年ももちろんない。2019年がちょっと足りないレベルのことを、今の若い選手は簡単にできている。それはラグビーの能力というか、リーグワンに凄い外国人選手がたくさんいたためだと思う。ラグビーの理解度が高くなり、外国人選手に対するフィジカルの差やコンプレックスも全然ない選手たちですね」

 国内での代表戦を終えて、結果もチームの完成度もまだ万全のレベルには達していない日本代表だが、堀江の感触が正しければ、残された2週間あまりの準備期間で組織力を高めて、4年前の日本を舞台にした躍進が再現されることになる。

 まずは、現地時間26日に敵地トレヴィーゾで行われるイタリアとのW杯前最後のテストマッチが注目だ。世界ランキングでは日本を1つ上回る13位だが、昨秋はオーストラリア、サモアを撃破して、先週末の19日にはルーマニア(同ランク19位)を57-7と一蹴した相手との80分が、W杯8強超えの試金石になる。

【ラグビー日本代表・フランスW杯メンバー】
FW
■プロップ
稲垣啓太(埼玉パナソニックワイルドナイツ)
クレイグ・ミラー(埼玉パナソニックワイルドナイツ)
シオネ・ハラシリ(横浜キヤノンイーグルス)
具智元(コベルコ神戸スティーラーズ)
垣永真之介(東京サントリーサンゴリアス)
ヴァル・アサエリ愛(埼玉パナソニックワイルドナイツ)
■フッカー
堀江翔太(埼玉パナソニックワイルドナイツ)
坂手淳史(埼玉パナソニックワイルドナイツ)
堀越康介(東京サントリーサンゴリアス)
■ロック
サウマキ・アマナキ(コベルコ神戸スティーラーズ)
ワーナー・ディアンズ(東芝ブレイブルーパス東京)
ヘル・ウヴェ(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)
■ロック/フランカー
ジャック・コーネルセン(埼玉パナソニックワイルドナイツ)
■フランカー
ベン・ガンター(埼玉パナソニックワイルドナイツ)
姫野和樹(トヨタヴェルブリッツ)
福井翔大(埼玉パナソニックワイルドナイツ)
ピーター・ラブスカフニ(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)
リーチ・マイケル(東芝ブレイブルーパス東京)

BK
■スクラムハーフ
齋藤直人(東京サントリーサンゴリアス)
流大(東京サントリーサンゴリアス)
福田健太(トヨタヴェルブリッツ)
■スタンドオフ/フルバック
小倉順平(横浜キヤノンイーグルス)
■スタンドオフ
李承信(コベルコ神戸スティーラーズ)
松田力也(埼玉パナソニックワイルドナイツ)
■センター
長田智希(埼玉パナソニックワイルドナイツ)
中野将伍(東京サントリーサンゴリアス)
中村亮土(東京サントリーサンゴリアス)
ディラン・ライリー(埼玉パナソニックワイルドナイツ)
■ウイング
ジョネ・ナイカブラ(東芝ブレイブルーパス東京)
シオサイア・フィフィタ(トヨタヴェルブリッツ)
セミシ・マシレワ(花園近鉄ライナーズ)
レメキ・ロマノ・ラヴァ(NECグリーンロケッツ東葛)
■フルバック/ウイング
松島幸太朗(東京サントリーサンゴリアス)

【バックアップメンバー】
■ロック/フランカー
アマト・ファカタヴァ(リコーブラックラムズ東京)
■フランカー
下川甲嗣(東京サントリーサンゴリアス)
■ロック
サナイラ・ワクァ(花園近鉄ライナーズ)

(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)

吉田 宏
サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。W杯は1999、2003、07、11、15年と5大会連続で取材。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。