心を健康に保つにはどうするといいか。健康・科学専門のジャーナリストであるマックス・ルガヴェア氏と医師のポール・グレワル氏は「小麦に含まれるグルテンによる腸の内壁の損傷が、倦怠感やうつ、不安の症状などの一因になるということがわかってきた。グルテンを極力摂らない食事を心がけることが大切だ」という――。

※本稿は、マックス・ルガヴェア、ポール・グレワル『脳が強くなる食事 GENIUS FOODS』(かんき出版)の一部を再編集したものです。

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■「忘れられた臓器」と呼ばれる腸内細菌

私たちは細菌なしでは、おそらくどこにも存在しないだろう。皮膚や耳、体毛、口のなか、性器、そして腸には無数の微生物がいる。かつて無菌だと考えられていた肺や乳腺なども、微生物の高級カントリークラブであることがわかっている。

この単純な単細胞生物の遺伝情報の集合体は、一般的に「細菌叢(マイクロバイオーム)」と呼ばれている。

あなたの体外には、そこらじゅうに細菌がいるが、あなたが保有している細菌のほとんどは腸に住んでいる。それが、あなたの腸のマイクロバイオームだ。マイクロバイオームは、たとえば体内の免疫システムを正常に保ったり、食べ物から栄養素を取りだしたり、ビタミンなどの重要な化学物質を合成したりと、広範囲の仕事をしている。

意外に思うかもしれないが、腸もやはり脳と密接につながっている。マイクロバイオームは気分やふるまいと関係があり、脳との直通電話ともいうべき迷走神経を通して、脳とコミュニケーションを取っている。

また、さまざまな化学物質をつくり、それを血流に乗せて脳にメッセージを送ったりもしている。こんなふうに細菌たちはきちんと家賃を払って私たちの身体を間借りしているのに、それに見合った評価をしてもらえていない。科学者たちが、この無数にうごめく遺伝物質のかたまりを、「忘れられた臓器」と呼ぶのも無理はないかもしれない。

■身体を守る腸の免疫システム

あまり考えたくはないが、人間は実質的には脚のついた精巧な消化管だ。人間の特質のほとんどは、食料からエネルギーをより効率的に得るために進化してきた。

この長く曲がりくねった管は、腸と呼ばれることもあれば、消化管と呼ばれることもある。

消化管に住みついている細菌のほとんどは結腸(大腸)にいる。そして、結腸の内側を覆っている細胞には、2つの重要な仕事が割り当てられている。1つは、病原体や細菌が血液中に漏れないように封鎖すること。もう1つは、小腸で吸収しきれなかった水分や栄養素を吸収することだ。この物理的なバリアは、身体にもともと装備されている免疫システムとしても働いている。

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腸管のバリア、つまり上皮細胞は、城の跳ね橋のように開いたり閉じたりする密着結合(タイトジャンクション)によって結びついている。ありがたいことに、この細胞はたいていは閉じている。だが、たとえば小腸に危険な細菌が入りこむと、この結合が緩んで、水分と免疫細胞が腸管の内腔に入りこんでしまうことがある。この場合、たいていはトラブルメーカーを洗い流すために下痢が起きる。これは、急性の感染症にかかったときの重要な防御反応だ。

あいにく、現代人の生活のある種の要因によっても腸のバリアが緩んで「逆行輸送」、つまり腸の内容物が内壁深くに運ばれてしまうことがある。これは重大な結果をもたらし、自己免疫性疾患につながる「分子擬態」を誘発するかもしれない。

■腸の内壁を損傷させる2つのタンパク質

腸の内壁のバリアを緩ませる可能性があるものの1つは、グルテンだ。

これは小麦やライ麦、大麦、そしてたくさんの加工食品に含まれているタンパク質だ。グルテンは、私たちが食べるタンパク質のなかでも独特で、たとえば鶏の胸肉を食べると摂取できるタンパク質とは違い、人間はこのグルテンを完全に消化しきれない。たいていのタンパク質は、消化されるときに、その構成成分であるアミノ酸に分解されるが、グルテンはその前の段階の「ペプチド」という大きな断片までにしか分解されない。この断片は腸の緩んだバリアを刺激し、細菌性の侵入者に対する反応に似た免疫システムの反応を誘発するといわれている。

この反応の中心にいるのは、「ゾヌリン」というもう1つのタンパク質だ。

これは腸にグルテンがあると必ずつくられる。ゾヌリンは、細胞の門番のように働き、上皮細胞のタイトジャンクションを制御している。そしてゾヌリンがあるところには、透過性がある(このゾヌリンという腸の透過性の重要な門番を発見したのは、マサチューセッツ総合病院セリアック病研究センターの創設者で、セリアック病の権威としても世界的に有名なアレッシオ・ファサーノ博士だ)。この「腸透過性亢進」は誰にでも生じる可能性があるが、セリアック病の人はとりわけその傾向が強い。セリアック病にかかっている人の場合、グルテンを摂取すると過剰な自己免疫反応が起きて、やがて小腸の内壁が損傷してしまう。

■腸の透過は倦怠感やうつなどを引き起こす

透過しやすい腸の危険性の1つは、細菌の「内毒素(エンドトキシン)」(リポ多糖、またはLPS)が腸壁から漏れて血液中に放出されてしまうことだ。

LPSはある種の細菌の外膜を構成する分子で、普段は大腸のなかでひっそり安全に暮らしている。ところが血液中に放出されると、細菌の侵入を知らせるシグナルが発信される。そして炎症性サイトカインが産生され、酸化ストレスが増進し、体内のさまざまなシステムに大混乱が起きる──脳も含めて。

家畜に炎症が起きるのはたいていは感染症によるものだが、その場合、倦怠(けんたい)感やうつ、不安の症状が見られ、毛づくろいをしなくなるなど行動に変化が起きる。そして身体を癒やすためにエネルギーを温存し、健康な仲間に感染させないように群れから離れてじっとうずくまっている。だが、これは家畜だけに見られる現象ではなく、人間も同じような行動を取る。

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人間の場合は短気になり、食事や他者との交流に興味がなくなり、ものごとに集中できなくなり、つい最近の出来事でさえ思い出せなくなるこのような症状は「病者行動」と呼ばれ、農場主や動物園の飼育係、科学者のあいだではよく知られている現象だ。心理学者は、これを生存のための生物学的な適応戦略だと考えている。

うつ病は、この疾病行動の極端な形かもしれない。うつ病は心血管疾患や関節炎、糖尿病、ガンなど、炎症がともなう疾患の患者に多いことがよく知られている。表面上、こうした症状は脳とは無関係に見えるが、血中の炎症マーカーとうつ病のリスクには強い相関関係がある。

つまり炎症マーカーの値が上がるほど、うつ病の症状も重くなるのだ。

世界では、3億5000万人以上もの人がうつ病を患っているといわれている。そして既存の治療法に挑戦すべく、この病気の原因においてまったく新しい説が生まれた。うつ病は、炎症性サイトカインが原因だという仮説である。

さらに腸のバリアの透過性を促すタンパク質、ゾヌリンは別の特殊な上皮細胞の層――血液脳関門のタイトジャンクションも緩ませることができる。血液脳関門の破壊は、アルツハイマー病の初期段階と関わっているため、これは重大事だ。

■腸の透過を防ぐ方法

ではどうしたら、腸の透過による炎症性サイトカインや血液脳関門の破壊を防ぐことができるのか。

当然ながら、グルテン・フリーの食事(グルテンを摂らない食事)はゾヌリンのレベルも腸の透過性も抑え、血液脳関門の保護バリアも維持できる可能性がある。

では、セリアック病や小麦アレルギーでなくとも、食生活から小麦を除いたら脳の機能が改善されるのだろうか?

先頃、コロンビア大学の研究チームが、まさにこの疑問に答えようと、セリアック病でも小麦アレルギーでもない被験者を対象に研究を行った。ところが、この被験者たちは小麦を含む食品を食べたあとで疲労感を覚えたり、認知機能に衰えがあるなどの症状を訴えた。

そこで研究チームは、被験者に小麦やライ麦、大麦を除いた食事をとるように指示した。すると6カ月後、免疫細胞が活性化しているのがわかり、腸の細胞のダメージは解消していた。被験者からアンケートを通して詳しい話を聞いたところ、消化管の症状や認知機能も大幅に改善していたという。医学界では、グルテン過敏症の存在そのものについて議論や論争が続いている。だが、この興味深い研究は、客観的な調査によって初めて「非セリアック小麦過敏症」を実証したといえるだろう。

■腸のバリアを破壊する6つの要因

バリアの透過性を促進する容疑者はグルテンだけではないことにも注意してほしい。腸を漏れやすくする可能性のあるほかの要因を挙げておこう。

飲酒 

普段アルコールを飲まない健康な人がウォッカを一気飲みすると、血液中のエンドトキシンと炎症性サイトカインが劇的に増える。これはアルコールが炎症を引き起こし、腸の透過性を促進するといわれているためで、常習的な飲酒が肝臓やほかの臓器に与えるダメージについていくらか説明している。

果糖 

天然の果物の食物繊維やファイトケミカルから取りだされた果糖は、腸の透過性を促す可能性がある。市販の甘い飲み物に広く使われている高果糖コーンシロップやアガベシロップは、特に要注意だ。

慢性的なストレス 

大勢の前でのスピーチ(多くの人に共通するストレス要因)は、腸の透過性をたちまち誘発することがわかっている。これは慢性的なストレスが健康を損なう新たなメカニズムを示している。

運動のしすぎ 

持久力が必要なアスリートは、有酸素運動を続けるストレスによって腸の透過性を生じさせるかもしれない。

脂肪を糖質と一緒に摂る 

動物実験では、高脂肪食(糖質も含まれていることが多い)は、腸透過性亢進と炎症を誘発することがわかっている。

加工食品の添加剤 

加工食品には、成分を均一にして滑らかにする乳化剤がたっぷり入っている。乳化剤は、サラダドレッシングやアイスクリーム、ナッツミルク、コーヒーフレッシュなどの加工食品によく使われている。動物実験では、乳化剤をちょっと餌に入れるだけでも、腸の細菌叢が大きく変化し、粘膜にびらんができて、細菌と上皮細胞の平均的な距離が半分以上も減ったという。

マックス・ルガヴェア、ポール・グレワル『脳が強くなる食事 GENIUS FOODS』(かんき出版)

こういった刺激はすべて、たとえグルテン・フリーの食生活を送っていても、エンドトキシンを血液中に漏れやすくする可能性がある。

逆に、ケルセチンなどさまざまな植物由来の成分(タマネギやケイパー[ケッパー]、ブルーベリー、紅茶などに含まれるポリフェノール)や、Lグルタミンというアミノ酸は腸の透過性を減らし、バリアの働きを高めるという研究知見がある。

そして驚異的な作用があるのに過小評価されている栄養素、つまり食物繊維は、何より大事かもしれない。この食物繊維が腸内細菌の餌となって酪酸塩がつくられ、その酪酸塩をエネルギーにして上皮細胞が粘液をつくり、その結果、腸壁を保護する力が増す。逆に食物繊維をあまり摂らないと、腸内細菌は飢えて、粘液層を食べるよりほかなくなってしまうのだ。

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マックス・ルガヴェア健康・科学専門ジャーナリスト
映画製作者。「メドスケープ」「ヴァイス」「ファスト・カンパニー」「デイリー・ビースト」などのメディアに寄稿し、「NBCナイトリーニュース」や「ドクター・オズ・ショー」「ザ・ドクターズ」などのテレビ番組に出演、「ウォールストリートジャーナル」紙で紹介されるなど幅広く活動している。講演者としても人気を博し、ニューヨーク科学アカデミーや、ワイルコーネル医療センターなど権威ある学術機関に講師として招かれた。また、スウェーデンのストックホルムで開催されたバイオハッカーサミットでも講演を行った。2005年から2011年まで、アル・ゴアの「カレントTV」のジャーナリストを務める。主にニューヨークとロサンゼルスを拠点に活動を続けている。
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ポール・グレワル内科医
食生活とライフスタイルという視点から減量や代謝機能、不老長寿のための医療を実践し、講演も行っている内科医。彼自身45キロ近い減量に成功し、その体重を維持している。大きな誇りと情熱を持ちながら、患者が健康に生きるために楽しく続けられる、万人に適用できる療法を探る。ジョンズ・ホプキンズ大学で細胞・分子神経科学の学士号を取得。ラトガース大学メディカル・スクールで医学を学び、ノース・ショア・ロング・アイランド・ジューイッシュ・ホスピタルで研修課程を修了。MyMDメディカルグループを創設し、ニューヨークシティで開業、金融会社や健康管理会社のメディカルアドバイザーを務めている。
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(健康・科学専門ジャーナリスト マックス・ルガヴェア、内科医 ポール・グレワル)