「歩こう」と思ったときに発生する電気信号を無線で送受信する装置を体内に埋め込むことで、半身不随になった男性が再び歩けるようになったことが報告されました。

Walking naturally after spinal cord injury using a brain-spine interface | Nature

https://doi.org/10.1038/s41586-023-06094-5



Brain-spine interface allows paralysed man to walk using his thoughts

https://doi.org/10.1038/d41586-023-01728-0

2011年にサイクリング中の事故で首の脊髄を損傷したゲルト・ヤン・オスカム氏は、事故により足と腕の一部がまひしてしまいました。

事故後、オスカム氏はスイス連邦工科大学ローザンヌ校の神経科学者であるグレゴワール・コーティーヌ氏らが実施したインプラント実験に被験者として参加。コーティーヌ氏らは実験を通じ、電気パルスで脊椎下部を刺激する技術が脊髄損傷者を再び歩かせる助けになることを実証しました。

オスカム氏の経過はその後も観察されていましたが、3年後には改善が頭打ちになってしまったとのこと。そこでコーティーヌ氏らは新たにオスカム氏の頭蓋骨へインプラントを挿入し、すでにオスカム氏の体内にあった脊椎インプラントと組み合わせ、脳の信号を送受信させる実験を開始しました。



頭蓋骨に挿入されたインプラントは脚の動きを制御する脳の領域の上に設置され、オスカム氏が「歩こう」と思ったときに発生する電気信号を解読します。この信号はオスカム氏が装着したコンピューターによって無線で送信・復号され、脊髄インプラントに情報が送信されます。こうして送信された一連の電気信号が正しい順序で脚の筋肉を刺激し、歩けるようにするとのことです。

約40回のリハビリを経て、オスカム氏は足腰を自発的に動かす能力を取り戻したと報告されています。オスカム氏は「以前の装置はあらかじめプログラムされた刺激を受けるようなものでしたが、今は私の思考で刺激をコントロールすることができます。止まったり、歩いたり、階段を上ったりすることができるのです」と述べました。

以下の動画で、オスカム氏が実際に歩いている様子を確認できます。

Paralysed man able to stand and walk with an aid after doctors implant device - YouTube

このような自発的な動きは脊髄刺激療法だけでは不可能であり、新しい装置によるトレーニングが、事故に遭ったときには完全に切断されなかった神経細胞のさらなる回復を促したことも示唆されています。また、松葉杖を使えば、装置なしでも短距離の歩行が可能だとのこと。

オスカム氏の頭蓋骨インプラントの1つは、装着から約5ヵ月後に感染症を理由に一度取り外されてしまいました。しかし、研究に携わったジョセリン・ブロッホ氏「利点に比べればリスクは小さいです。感染症や出血のリスクは常に少しはありますが、非常に小さいので、リスクに見合うだけの価値があります」と主張しました。