「ちょっと出てくる…」20時頃、慌てて出かける夫。不審に思った妻は、ある物を鞄に忍ばせ…
透き通る海と、どこまでも続く青い空。
ゴルフやショッピング、マリンスポーツなど、様々な魅力が詰まったハワイ。
2022年に行われたある調査では、コロナ禍が明けたら行きたい地域No.1に選ばれるほど、その人気は健在だ。
東京の喧騒を離れ、ハワイに住んでみたい…。
そんな野望を実際にかなえ、ハワイに3ヶ月間滞在することになったある幸せな家族。
彼らを待ち受けていた、楽園だけじゃないハワイのリアルとは…?
由依(35)と夫の圭介(38)は家族でアラモアナの高級マンションで3ヶ月間の短期移住をすることに。夏休みで遊びにきていた姪の日菜子から、長女の愛香(10)が誰かとLINEをしていると言われ、由依はLINEを確認することに。
▶前回:彼氏に内緒で突然会いに行ったら、家に入れてもらえず…。告げられた残酷な真実とは
Vol.7 それぞれの秘密
「きっと、愛香ちゃんがLINEをしてる相手って、彼氏だよ」
姪の日菜子は、10歳の愛香がコソコソとLINEをしているのを見て、由依にそう言った。
愛香には、親がいつでも確認していいという条件で、ハワイに来ている間だけ、iPadでの友人とのやりとりを許している。
だが日菜子にそんなことを言われ、由依は少し気になった。
相手が彼氏だとしても、内容に問題がなければ別にいい。
ただ、そのことを由依に内緒にしていることが気になったのだ。
由依と日菜子はリビングに置いてあるiPadを手に取り、開く。そしてLINEのアプリを探し出し、タップした。
すると、ある表示になった。
「パスコードを入力してください」
その画面に、由依は固まる。
「パスコード?何これ…?」
画面を横から覗き見ていた日菜子が言った。
「ロックかかってるね。由依ちゃん、コード知らないの?」
「知らない。ってかロックかけた覚えない。これ使ってるの、愛香だけだし」
「じゃあ、愛香ちゃんが?さすがネットネイティヴ!」
日菜子が素直に感心しているが、由依にとっては問題だ。
― 私がいつでも見られる約束だったのに、どうして?
由依は不信感を抱えながら、夜も遅かったこともあり、翌日まで待つことにした。
次の日の朝。
起きてきた愛香に、開口一番由依が言った。
「愛香、LINEにロックかかってたんだけど、愛香がやったの?」
すると彼女は、一瞬“やばい”という顔を浮かべ、取り繕いながら言った。
「あー、ごめん、なんか遊んでたらかかっちゃった。後で直しとく」
「ロックなんてかけないでよ。お母さんが見てもいいって約束でしょう?」
「ごめんって。後で直すから」
愛香は面倒くさそうに言うと、洗面所に行ってしまった。
朝ご飯を食べているとき、もう一度聞いてみる。
「ねえ、コード教えて?お母さんロック解除しておくから」
すると愛香は「もう解除したよ」と余裕の顔で言う。
「え、いつ?一体誰とLINEしてたの?」
「別に。アキちゃんとか、ヨリちゃんとか…」
愛香も聞いたことのある、仲のいい友達の名前だ。
「ね、実は彼氏とかいるんじゃない?」
「いないし。ほっといてよ」
愛香が不貞腐れてしまったので、これ以上聞くのをやめた。
そして2人が朝の勉強をしている間に、早速愛香のLINEを確認してみる。
だが、怪しい名前は見当たらなかった。
「ほんと?まあ、それならよかったじゃん」
起きてきた日菜子はのん気に言ったが、由依はどこかスッキリとしなかった。
◆
土曜日の朝8時。
同じ階に住む“パワーストーン”ことエミリに誘われ、由依はAla Moana Regional Parkでヨガをすることにした。
出会った当初は、とっつきにくい印象があったが、それから何度か顔を合わせるうちに、彼女がいい人だとわかってきた。
「さあ、鼻から大きく息を吸ってー、お腹がぺたんこになるまで吐いてー。ここにあるすべてのパワーを感じてー」
エミリはヨガの講師をしながら、パワーストーンのショップも経営している。
初めて会った時は、商品の入れ替えのタイミングで、たまたま袋がなかったので、体中にパワーストーンを身に着けて移動させている時だったらしい。
「あら、由依さん。姪っ子ちゃんはもう大丈夫?」
「あ、はい。今はすっかり元気になって、ハワイを楽しんでいます」
レッスンが終わり、他の生徒が帰った後、エミリが由依に話しかけてきた。
「よかった。ハワイにはマナの力があるから、傷ついた心も癒やしてくれるのよ」
エミリは眩しそうに目を細めながら、ゴロンと芝生の上で大の字に寝転がる。
「私も昔、恋愛で傷ついたの。それですべてが嫌になって、ハワイに来たのよ」
Silver Buttonwoodの木漏れ日の中、由依もゆっくりと座った。
「もう30年ほど前ね。仕事先で出会った人と付き合っていたの。結婚の約束もしていたのに、ある日、知らない女性から“彼と付き合ってます”って電話が来て」
爽やかな風が流れるのを感じながら、由依は静かにエミリの昔話に聞き入った。
「彼に問いただしたわ。彼は否定したけど、私は信じられなくなったの。2人が写っている写真なんかも送られてきたから。
それで、彼に別れを告げた。でも彼が、もう一度会って話したいっていうから、喫茶店で待ち合わせをしたの。
なのに、結局彼は現れなかった。それっきり連絡が途絶えておしまい。やっぱり、その女性の方に行ったと思ったわ」
一瞬言葉を詰まらせ、エミリは続けた。
「けれど数ヶ月して、知ったの。会う約束をしたあの日、事故に遭って亡くなったって。携帯もSNSもない時代で、すぐに知ることができなかった。
例の女性は、単なる彼女の片思いで、本当に何もなかったって知ったわ…。私はショックで立ち直れなくなったの。
“あの時、信じていれば”って。“私が彼を殺したんだ”って思っちゃってね」
エミリはむくりと体を起こすと、切ない目をして遠くの海を見つめた。
「どうしようもなく悲しくて、彼といつか行こうって話してたハワイに、1人で来たの。でも結局何もする気が起きなくって、ずっと海を眺めてたわ。
ある日、森林にきれいな赤い花が咲いていて、なんとなく手を伸ばしたの。その時に、現地の子どもに言われたの。
“その花摘まないで!明日は遠足なの”って」
「遠足と花になんの関係が…?」
不思議に思う由依に、エミリがくすくす笑う。
「私もね、その時初めて知ったの。“Ōhiʻa Lehua Tree”って知らない?赤いトゲトゲの花。ハワイにある木なんだけど、神話があるの」
そしてエミリは、絵本を読み聞かせるかのように、抑揚感を交えて話した。
昔、“オヒア”という戦士には“レフア”という恋人がいたが、火山の女神の“ペレ”がオヒアを好きになってしまった。
自分になびかないオヒアに怒ったペレは、彼を木に変えてしまう。
そこで、可哀想に思った他の神様が、レフアを、オヒアの木に咲く花に変えたっていう話だった。
「だから花を摘むと、レフアはオヒアと離れることを悲しんで、涙の雨を降らすっていわれているのよ」
「なんだか切ないですね」
するとエミリは、悲しい目で微笑んだ。
「その話を聞いて、私も彼の元に行けたらって思った。でも、私にはそんな資格ないって思った。彼のことを信じてあげられなかったから」
話し終えるとエミリは、ゆっくりと背筋を伸ばして立ち上がり、由依の方を向いた。
「だから私は生きて、ずっと彼のことを忘れないでいようって決めたのよ。ここにいるとね、たまに彼を感じるの」
エミリは大きく伸びをすると、由依を真っすぐに見た。
「由依さんは?何か悩んでいるように見えるけど、もし、あなたの大事な人が生きているのなら、後悔のないよう、自分の思いを伝えてね」
由依は、エミリがすべてを見透かしているようで、何も言えなかった。
帰りの車の中で、運転しながら先ほどの話を思い返す。
神話の三角関係が、自分と圭介と元妻と、少し重なったのだ。
― 相手の嫉妬で、仲をさかれてしまった恋人たちか…。
◆
その夜、子どもをベッドに行かせた20時過ぎ。圭介がスマホを確認しながら言った。
「ごめん、俺ちょっと出てくるわ」
「え、こんな時間に?」
「うん、仕事関係の人が今ハワイに遊びに来てるらしくてさ。悪い、先に寝てて」
慌ただしく靴を履く圭介に驚きながら、由依はあることを思いついた。
そしてそっと彼のカバンに、GPS付きのワイヤレスイヤホンを入れる。
「わかった。気をつけてね」
静かに閉まるドアの隙間から見える、焦った彼の背中が、由依の不安をかき立てた。
▶前回:彼氏に内緒で突然会いに行ったら、家に入れてもらえず…。告げられた残酷な真実とは
▶1話目はこちら:親子留学も兼ねてハワイに滞在。旅行気分で浮かれていた妻が直面した現実とは
▶︎NEXT:5月7日 日曜更新予定
圭介のあとをつける由依。そこで見てしまった光景とは…?