透き通る海と、どこまでも続く青い空。

ゴルフやショッピング、マリンスポーツなど、様々な魅力が詰まったハワイ。

2022年に行われたある調査では、コロナ禍が明けたら行きたい地域No.1に選ばれるほど、その人気は健在だ。

東京の喧騒を離れ、ハワイに住んでみたい…。

そんな野望を実際にかなえ、ハワイに3ヶ月間滞在することになったある幸せな家族。

彼らを待ち受けていた、楽園だけじゃないハワイのリアルとは…?

◆これまでのあらすじ

由依(35)と夫の圭介(38)は家族でアラモアナの高級マンションで3ヶ月間の短期移住をすることに。夢の生活にワクワクしていた由依。だが、夫に元妻と思われる人物から電話があり、夫を疑うようになる。

▶前回:「娘の顔が、夫にも私にも似ていない」母親がひた隠しにする秘密とは




Vol.6 由依の不安


「待って。連れて行かないで…」

朝の6時。

遠くの空が白んできた頃、由依はベッドの上で汗をびっしょりとかきながら飛び起きた。

手で目を覆い、俯く。

「っ―…」

声にならない声を漏らし、「夢か…」と安堵した。

先日、夫のスマホにあった着信が、元妻からだったのかもしれないと思うと、由依は突然不安に襲われるようになった。

由依が圭介と結婚した時、愛香はまだ2歳前だった。

しばらくすると母親の記憶はなくなり、由依と圭介は話し合った結果、時が来るまで愛香に本当のことを言わないでおこうと決めたのだ。

元妻の藤井直子は、愛香が生後9ヶ月の時に、突然離婚届だけを置いて家を出たきり、音沙汰がない。

当時直子は、都内でフットエステサロンを経営していたが、いつの間にか事業をたたみ、実家にも帰っておらず、連絡が取れなくなってしまったという。

圭介はもう、直子の存在はなかったものとしている。

しかし、由依は、直子がいつか目の前に現れ「愛香は、私の子。返して」と、言い出すのではないかと心配している。

それに、由依は「圭介はまだ直子に未練があるのでは」と思うことがある。

由依が圭介と出会った時、彼は失意のどん底だった。

圭介の憔悴ぶりを放っておけなくなった由依は、半ば強引に彼と仲良くなり、愛香の面倒も見るようになったからだ。

― 私たち家族は大丈夫。

そう思うものの、いつかこの幸せな家族を壊されるのではないかと、不安で仕方がなかったのだ。


「朝ご飯を食べたら、夏休みの宿題をやろうね」

8月に入り現地の学校が始まったが、子どもたちはビザの関係でアメリカの学校には行けないため、午前中は家で勉強をし、午後は現地の習い事に通っている。

そのため、由依と圭介は交代で、子どもたちの勉強を見ることにした。




「あー、いい香り…」

先日Notrh Shoreに行った帰りに寄った『Green World Coffee Farm』で買ったフレーバーコーヒーを淹れると、部屋中にバニラとナッツのような甘い香りが立ち込め、由依は少しだけ心が落ち着いた。

その時、LINEの着信があった。

こんな時間に珍しいと思い名前を確認すると、姪の日菜子からだった。

「由依ちゃん?よかった、出てくれて!実はね、今空港にいるんだけど、彼氏と連絡が取れなくて。由依ちゃん迎えに来てくれない?」
「空港?彼氏?」

由依は、訳がわからないまま、日菜子を空港まで迎えに行く。

「由依ちゃーん、久しぶり!」

まだ21歳の日菜子は、大学3年生。夏休みを利用してハワイに遊びに来たという。

とりあえず車に乗せて走っていると、車内で日菜子がマシンガントークをかました。

「私の彼氏がね、ハワイに住んでるの。彼を驚かせちゃおうと思って、日本から来たのに、全然連絡つかなくって」
「驚かせるって、もしかして、内緒で来たの!?」
「うん、だってその方が盛り上がるでしょ?」

日菜子は由依の10歳離れた姉の子どもで、一人っ子。昔から自由奔放で向こうみずなところがある。

「宿泊先は…?」
「決めてない。彼氏の家に泊まるつもり」

由依は頭を抱えながら、日菜子をとりあえず家まで連れて帰った。

「わー、キレーイ。由依ちゃん、いい旦那さん捕まえたね!」

家に入るや否や、日菜子はリビングのガラスの壁へと駆け寄り、青い海を眺めながら無邪気に言う。

「いいなー、私も彼氏とここに住みたいな。彼氏ね、プロのサーファーなの」

日菜子は自慢げな顔をして、スマホで彼氏だという男性の写真を見せてきた。

「素敵ね。でも、宿泊先も連絡もなしに来るなんて、あまりに無謀よ…」
「大丈夫。ほら、由依ちゃんもいるしね」

呆れる由依など気にも留めず、日菜子が「あ!」と叫んだ。

「彼氏から連絡が来た!カフェで会おうって!」
「よかったね。じゃあ荷物も持っていく?」

だが由依が言うことも聞かず、日菜子はスーツケースを置いて、急いで出て行ってしまった。

数時間後。

子どもたちをサーフスクールへ連れて行った後、由依が家で仕事をしていると、日菜子から電話があり呼び出された。




嫌な予感を抱えながら、由依は『Island Brew Coffeehouse』へと向かう。

「由依ちゃん!ごめんね、家だと圭介さんの邪魔になるかと思って」
「それよりどうしたの?彼氏は?」

由依が問いかけると、日菜子は泣きながら話した。

「それが、彼がヒナを泊めることはできないって。しかもなんて言ったと思う!?僕は君を彼女だと思ったことはないって!」

日菜子は人目もはばからずに泣くので、アイライナーが取れて目尻が黒くなっている。


「そもそも、彼とどうやって出会ったの?」
「ビーチで。半年前、友達とハワイに来たときに、LINEを聞かれて仲良くなって」




由依は「ナンパか…」という言葉をなんとか飲み込んだ。

「彼、日本語も話せるの。おばあちゃんが日本人らしくて。それで仲良くなって、旅行の間中一緒にいたの。日本に帰ってからもずっと連絡を取り合って」

日菜子は表情をコロコロと変えて話した。

「夏休みになってやっと会いに来たのに、急に付き合ってないとか、もう最悪」

日菜子のテンションは高いが、その表情は暗い。

すると、後ろに座っていた女性が、突然日本語で話しかけてきた。

「彼、LINEを聞いてきたの?」
「え?はい。LINE交換しようって」

唐突にそう聞かれ、日菜子は驚きながらも答える。

由依が女性の顔をよく見てみると、前にエレベーターの前で出会った、パワーストーンをくれたエミリだった。

今日は年相応の格好をして、パワーストーンも控えめで、一瞬誰かわからなかった。

「残念だけど、日本人観光客をターゲットにした遊び目的かしら。そもそも現地の人はLINEって使わないし」
「そうなんですか?世界共通かと…」

エミリは困ったように微笑む。

「付き合う前に色々と確かめなくちゃ。バックグラウンドとかもね」
「バックグラウンド?」
「そうよ。こっちじゃ犯罪歴だって調べられるんだから、事前にチェックしなくちゃ」

彼女はそう言うと、あるサイトにその彼氏の名前を入力して、検索しだした。

「あら。彼、交通違反や軽犯罪で何度も捕まってるみたいね。何をやってる人?結婚は?」
「プロのサーファーで、結婚はしてないって…」

エミリがスマホで彼のことを調べると、ふうっとため息をついた。

「プロのサーファーでもないわね、名前が見当たらないわ。もしかしたら結婚もしてるかもね。観光客は後腐れがないからって、狙われやすいのよ」

エミリからの言葉に、日菜子は言葉を失った。

「これも一つの経験よ。“Ole Ua, Ole Anuenue”(雨が降らなければ虹は出ない)。次はいい人と出会えるといいわね」

エミリはウィンクをすると「突然ごめんなさいね。じゃあ」と先に帰ってしまった。

由依は落ち込む日菜子を放っておけず、家のオーナーに許可を得て、夏休みの間彼女を泊めることにした。

子どもたちは嬉しそうに日菜子を歓迎し、愛香は特にお姉ちゃんができたと喜んだ。

夜、子どもたちが寝静まった後、日菜子が由依に小声で言った。




「愛香ちゃん、彼氏いるの?やっぱり今の子は早いよね」
「彼氏?」
「コソコソLINEをしてたから。きっと彼氏だよ、あれ」

愛香と春斗には、家族共用のiPadを使わせている。

LINEに関しては、愛香にせがまれた。ハワイに来ている間だけ、友人と連絡を取りたいからと。

だから、由依が見てもいいという条件で、時間を決めて許している。

だが、彼氏などという話は聞いていない。

「友達じゃない?何も聞いてないけど」
「小学4年生にもなると、親に内緒にしたいことも出てくるよ」

「えー」と疑いつつも由依は、念のため確認をしようとiPadを開き、LINEをタップする。

その画面には、まさかのものが映し出され、唖然とするのだった。

▶前回:「娘の顔が、夫にも私にも似ていない」母親がひた隠しにする秘密とは

▶1話目はこちら:親子留学も兼ねてハワイに滞在。旅行気分で浮かれていた妻が直面した現実とは

▶︎NEXT:4月30日 日曜更新予定
LINEを見てショックを受けた由依が愛香を問いただすと…?