「他に好きな人ができたから」

「浮気したから」「されたから」

男女の別れはそんなに単純じゃない。

付き合う前、付き合った後、結婚前、結婚後…。

さまざまなタイミングで“別れ”のトラップは潜んでいる。

些細な出来事であっても、許せるか、許せないかはその人次第。

パートナーのその言動、あなたなら許す?許さない?

▶前回:「幼馴染みとディナー」はウソ?彼の“密会”を知り、女は意外な行動に




Vol.2 専業主婦・黒木瑠璃(26歳)の場合


「えっ、別れちゃったの…?」

瑠璃は、東京エディション虎ノ門の『ロビー バー』で、友人の愛菜に「彼氏と別れた」と告げられた。

「もしかして、そのきっかけって…」

「うん。瑠璃があのコトを教えてくれたからだよ」

瑠璃は先日、愛菜の恋人・雄大が見知らぬ美女と飲んでいるところを目撃し、それを愛菜に報告していたのだ。

― 私のせいだ…。

少しばかり胸が痛む。楽しんでいたアフタヌーンティーも味がしなくなった。

瑠璃の気持ちを悟ったのか、愛菜は言う。

「瑠璃は何も悪くないからね」

愛菜は、雄大と別れを決意するまでの経緯を語ってくれた。

「同い年だけど、大人の男だと思ってたの。でもどうしようもなく子どもだったんだよね…」

愛菜から話を詳しく聞くうちに、瑠璃は納得した。

「あー、その別れ方は20代の男女によくあることだね」

語り始めた瑠璃は、アフタヌーンティーが再び楽しくなってくる。


「幼いころから、男に比べて女のほうが精神年齢が高いし、早熟でしょ?」

瑠璃が語り始めると、愛菜は黙って頷いた。

「でも特に20代になると、男女の精神年齢の差はさらに大きく開くと思うの」

20代の女は“年上の男”とデートする機会が増えて、恋愛観だけでなく人間としても成熟していく。

だが20代の男は、同世代の女を“年上の男”に奪われ、年下の女とデートするしかなく、なかなか成熟できない。

「だから愛菜が、同い年の雄大さんのことを“子どもだな”って思うことは、仕方ないんだよ」

「そっか…。でもこの前、雄大と会ってね」

「えっ、会ったの?」

「偶然ばったり会ったの。4ヶ月ぶりだったんだけど、すごく成長してるように感じた」

「だから、そういうことなのよ」

瑠璃はしたり顔で腕を組んでみせた。

「20代の男って、まだまだ成長の余地があるわけ。愛菜は、雄大さんを成長させるだけ成長させて、放流しちゃったのよ。

で、それを別の女が美味しくいただてるってわけよ」

「は〜たしかに。なるほど、そうだよね」

心の底から納得したように頷いた愛菜を見て、瑠璃は気持ちが良かった。友人に先駆けてゴールインした者として、誇らしくもある。

ただ、瑠璃は今、夫のことを考えると少しモヤモヤしてしまう。




瑠璃は同世代の男を避け、15歳年上の男・敬太と結婚していた。

今年で42歳になる敬太は、グラフィックデザイン事務所を経営する経験豊富なバツ2だ。

2度の離婚歴については知り合った当初こそ引っかかったが、元妻たちとの間に子どもがいないこともあり、今はまったく気にならない。

現在、入籍してから1年余り。

まだ新婚真っ只中だ。

だが、指輪はしていない。

瑠璃だけでなく敬太もしていない。エンゲージリングも結婚指輪も、買っていない。

それは瑠璃の提案だった。

瑠璃は昔からアクセサリーの類が苦手で、ネックレスもイヤリングもつけないのだ。当然、ピアスの穴も開いていない。

敬太も「日頃からアクセサリーはつけない」と言っていたので、話し合いの結果、指輪は買わないことにしたのだ。

しかし数ヶ月前、その考えが揺らいだ。




発端は、瑠璃と愛菜の共通の友人で大学のサークル仲間・美琴の結婚式に招待されたことだった。

美琴と新郎は揃って交友関係が広く、二次会パーティには多くの友人が集まるらしい。

列席者の多くが独身ということもあり、さしずめ“婚活パーティー”あるいは“異性品評会”になりそうなムードが漂っていた。

だから瑠璃は結婚式で「配偶者がいること」をアピールしたかった。

独身に間違われたら困る。つまり指輪が必要だ。

瑠璃はこのことを、夕食終わりのワインを飲みながら、敬太に相談した。

「いらないって言ってたけど、やっぱり指輪を買ってほしいんだ」

大きな石がついているような高価なものでなくていい。なにしろ瑠璃はアクセサリーが苦手だ。

「20万円ぐらいの小さなものでいいからさ」

すでに相場は調べていた。

「買ってほしいの。結婚してるっていう証」

懇願する瑠璃に対し、敬太の表情はあきらかに曇った。

「いらないって言ってたじゃないか」

「言ったけど、やっぱり欲しくなったの」

「んー」と言いながら敬太は椅子にふんぞり返って腕を組んだ。

敬太が不機嫌になると無意識にやるポーズだ。

「じゃ、今度買ってくるよ」

「え、一緒に買いに行こうよ。私に選ばせてよ」

「それは…」

敬太は髪をかき上げる。これは、敬太が困ると無意識にやるポーズだ。

「どうしたの?」

何を困っているのかが不思議で、瑠璃は尋ねる。しかし敬太は答えなかった。

「わかったよ。今度、買いに行こう」

だが、その“今度”はなかなか訪れない。


指輪が欲しいと言った日を境に、敬太の仕事が忙しくなった。

休日も返上して働くようになり、一緒に指輪を買いに行くタイミングがない。

美琴の結婚式の日が、迫っていた。

苛立ちを隠しきれなくなった瑠璃は、ある夜、強い口調で敬太を責めた。

「指輪、買ってよ!」

すると敬太は観念したように溜息をついて白状する。

「買ってもいいけど、ブランドがないんだ」

「え?どういうこと?」

「瑠璃に買ってあげたいブランドがない」

ますます意味がわからない。

瑠璃が丁寧な説明を促すと、敬太は再び溜息をついてから言った。

「俺、元妻たちには指輪を買ったんだよ。婚約指輪と結婚指輪、それぞれ2つずつ。計4つ買った。

そのすべてが違うブランドなんだ」

内訳はハリー・ウィンストン、ティファニー、カルティエ、グラフ。

他にショーメやヴァンクリの指輪も、別の機会に元妻たちにプレゼントしていたという。

「元妻たちと同じブランドの指輪を、瑠璃にあげるわけにはいかないんだ」

瑠璃は、開いた口が塞がらなかった。

夫の奇妙なこだわりに落胆したと同時に、2人の元妻たちに負けたようで、悔しさを覚える。

― いや、思い返せば、この感覚は初めてじゃない。

現在の夫婦の住居は、敬太が2番目の妻と一緒に住んでいたマンションだ。気に入ってるから引っ越したくないそうだ。

「前の人を思い出すから引っ越したい」

瑠璃がそう伝えても「家に罪はないから」と言い返してくる。

さらには自家用車のナンバーは最初の妻の誕生日の4桁で、それは銀行やクレジットカードの暗証番号とも一緒だ。

「どうして変えないの?」

瑠璃が訴えても「体が覚えてるから変えたくない」と言い返してくる。

どれも、夫の奇妙なこだわり、と気にしないフリをしていた。

でも、もう限界だ。

経験豊富で懐の深い男だと思っていた敬太に、その夜、初めて疑問符がついたのだった。

正直なところ“離婚”の2文字もチラついた。瑠璃は、そんなことを考えた自分に驚いた。

― さすがに、こんなことで別れるべきじゃない。

瑠璃はそう自分に言い聞かせ、今までどおりの生活に戻った。

二度と、指輪を敬太にせがむことはしなかった。




結局、敬太から指輪をプレゼントされないまま、美琴の結婚式の日を迎えた。

瑠璃は安いリングを左手薬指につけ、あたかも結婚指輪であるように見せかけた。

それは大学生のころに付き合っていた侑也からのプレゼントで、思い出の品として敬太に隠してこっそり保管していたものだ。

たしかに指輪を買ってくれない敬太には腹が立った。しかし自分もこそこそと元カレの思い出のリングを保管している。

どっちもどっちだと瑠璃は思う。

― だから、やっぱり“離婚”なんて大袈裟だ。

あらためてそう自分に言い聞かせ、瑠璃は美琴の結婚式を楽しんで、敬太との日常に戻っていった。

指輪をせがまなくなった途端、敬太の仕事の繁忙期が終わった。

今までどおり瑠璃と敬太は、指輪をしないで休日デートへ出かける日々だ。

― これでいいんだ。これで。

瑠璃は釈然としない気持ちにフタをして、笑顔を作って敬太と過ごしている。

すべてがすべて作り笑顔なわけではない。むしろ、心の底から楽しくて笑うことも多い。

敬太のことを愛している。それは変わらない。

でも時折瑠璃は、ふっと思う。

本当にこれで良かったのかな、と。



愛菜とのアフタヌーンティーを楽しんだ日の夜。

瑠璃は、フタをしたはずの敬太へのモヤモヤが、なぜか再び溢れてくるのを感じた。

そして何を血迷ったか、LINEを開き、ある名前を検索していた。

元カレの侑也の名前だ。

タップすると、トーク画面が表示される。




『瑠璃:久しぶり。元気にしてる?』

衝動的にメッセージを打ち込み、気がつけば送信ボタンを押していた。

慌てて送信取消をしようとしたが、遅かった。

すぐに既読がついた。

瑠璃は、侑也から返信が来るのを待つ。期待と後悔が、同時に押し寄せる。

でも、いくら時が経っても、侑也から返信が来ることはなかった。

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瑠璃の元カレ・侑也は、束縛の激しいカノジョに捕らわれていて…