『絶対内定』(ダイヤモンド社)の著者で、「我究館」の創設者である杉村太郎さんは、がんのため47歳で亡くなった。妻の杉村貴子さんは「夫は『やり残したことはない』と言って亡くなった。どうすれば、そんな生き方を実践できるのか。探求する課程で、ポジティブ心理学という考え方に出会った」という――。

※本稿は、杉村貴子『たとえ明日終わったとしても「やり残したことはない」と思える人生にする』(日本実業出版社)を再編集したものです。

■47歳で亡くなった夫が死の直前に語った言葉

「やりたいことは次々と出てきてきりがないけれど……、うん。やり残したことはない」

これは2011年に47歳で他界したわたしの夫、杉村太郎が死の直前に絞り出すような声で残した言葉です。

杉村太郎は日本初のキャリアデザインスクール「我究館」の創設者です。もしかしたら大学時代、就職活動の際に『絶対内定』(ダイヤモンド社)を読んだ方もいるかもしれません。太郎が書いた『絶対内定』は1994年の創刊以来、累計発行部数241万部(2022年12月時点)を超え、15年連続で大学生協1位と大学生の就職ガイドブックとしてロングセラーとなっています。

40代以上の方なら、テレビ番組で太郎を見た記憶のある方もいるかもしれません。太郎は、バブル期にサラリーマンデュオ「シャインズ」でCDデビューしたこともあったからです。

太郎は2011年8月、原発不明がんで天に召されました。死の直前に語った言葉「やりたいことは次々と出てきてきりがないけれど……、うん。やり残したことはない」は、わたしの心の中に深い余韻を残しました。

写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz

■「満たされた幸せな人生」のために必要なこと

以来、わたしは「やり残したことはない人生」「最後の日を迎えても後悔のない生き方」について、ずっと考えるようになりました。

どうすれば「やり残したことはない」と言える生き方を実践できるのか。探求する課程で出会ったもの──。

それが、ポジティブ心理学の「ウェルビーイング」でした。ウェルビーイングとはひと言で言えば、「満たされた幸せな人生」と表現できるかもしれません。

ウェルビーイングについて、わたしなりの解釈を加えるならば、死を前にしても「やり残したことはない」「自分なりによく生きた」と思える生き方ともとらえることができます。「幸せ」のかたちが人それぞれであるように、ウェルビーイングな生き方もそれぞれです。単純に「こうすればよい」とは言えません。

しかし、わたしの専門分野であるキャリア理論をベースに、「ポジティブ心理学」と呼ばれる「どうすれば幸せになれるのか」を科学的に研究する心理学の新しい分野を組み合わせることで、だれでもウェルビーイングな生き方を実践することは可能になるのです。

■「四つ葉のクローバー理論」とは

咲く花の色や形は違ったとしても、花を育てるのに「土壌に種をまく」「太陽の光をあてる」「水をやる」といった基本は変わりません。

同じようにウェルビーイングな生き方にも基本的な法則があります。基本的な法則を知っていれば、現状に足りないものに気づくと同時に、それを補うことで自分なりの幸せが実現できるのです。

その法則を「四つ葉のクローバー理論」と名づけました。見つけると幸せになるとされる四つ葉のクローバー。その名を冠した理論に則れば、だれでも幸せを見つけ、育てられるのです。

寿命は自分で決められませんが、悔いなく生きることはだれにもできます。残りの人生の長さに関係なく、ウェルビーイングな生き方は年齢に関係なくはじめられるのです。

どうすれば、もし明日が人生最後の日だとしても「やり残したことはない」と思えるウェルビーイングな生き方ができるかを解き明かしていきます。

ウェルビーイングな人生を送るための「四つ葉のクローバー理論」は、キャリア理論とポジティブ心理学をかけ合わせたものです。

■「4つのL」のバランスが重要

四つ葉は、全米キャリア発達学会の元会長のサニー・ハンセン博士による、幸せに欠かせない具体的な要素として4つのLの頭文字ではじまる「4L理論」にもとづいています。

【4つのL】
◇ Labor(仕事):本業、副業・複業問わず収入を得る活動、家事や社会貢献など
◇ Love(愛):家族やパートナー、恋人、仲間、ペットなどの大切な存在と、一緒にすごすための時間
◇ Leisure(余暇):趣味、スポーツ、休養、地域活動など
◇ Learning(学び・自己成長):読書、オンライン教育、セミナー参加などで学んだり、ほかの3つを受けて自己成長している実感

「仕事」「愛」「余暇」「学び・自己成長」のバランスを大切にするのが「4L理論」です。

わたしたちは多くの時間を「仕事」に費やし、「仕事」を中心に生活しています。米国でも、かつては「キャリア=仕事」といった考え方が主流(中心的)でした。しかし、ハンセン博士はキャリアを人生そのものととらえ、「4つのL」のバランスこそが幸せな人生に欠かせないと考えました。

■現状が恵まれているかどうかは関係ない

幸せを満たす感情であり、四つ葉のクローバーの栄養となるのが、ポジティブ心理学の創始者であるマーティン・セリグマン博士による「PERMA(パーマ)」という幸せを感じるときの5つの感情や状態です。

「PERMA(パーマ)」とは、5つの要素の頭文字を取ったもので、具体的に次の5つです。

【PERMA】
◇ Positive Emotions・Pleasant Emotions(ポジティブ感情・心地よい感情)
◇ Engagement・Flow(エンゲージメント・フロー)
◇ Relationships・Positive Supporting(良好な人間関係(性))
◇ Meaning&Purpose(意味・意義と目的)
◇ Achievement・Accomplishment For its own sake(達成感)

「4つのL」が「PERMA」の感情で満たされていれば、たとえ今、病気を抱えていたとしても、十分にウェルビーイングな状態になることができます。

ウェルビーイングとは、病気や怪我などがない状態を指すものではありません。そうであっても、なお、幸せに生きることができるのです。

精神的に落ち込んでいたり、社会的に恵まれていなかったりしても同じです。「四つ葉のクローバー理論」を実践すれば、今を満たすことができ、より自分らしい幸せな人生を生きることができるのです。

■変化には人との別れと出会いがある

これまでの人生を振り返ってみると、数えきれないほどたくさんの出会いや別れがあったことでしょう。その中には、自分の人生が大きく変わった「忘れられない出会い」もあったはずです。

運命の出会いを思い出す過程では、わたしたちひとりひとりの人生のストーリーも自然と浮かび上がってきます。

人生は芝居に似ています。人生というステージで、シーンごとに登場人物は入れ替わりながらも、主人公である自分自身は出会いと別れのストーリーを通して成長し、自らのテーマを表現して生きています。

わたしの人生でも、フェーズが大きく変わったときには、必ず人との出会いと別れがありました。

そのひとりである杉村太郎との出会いでは「夢」を追いかけることの大切さ、喜びを知り、太郎との別れで「自分の果たすべき使命」を感じ、「人生は決して生きた長さで決まるものではない。“今”という瞬間をアツく生きているかに意味がある」という確信を得ました。

■「試乗してみませんか?」営業マンの人生を変えた

我究館やプレゼンス、そして『絶対内定』や『アツイ コトバ』といった本を通して、杉村太郎と出会って「人生が変わった」と言ってくださる方が多くいらっしゃいますが、ここにまた、太郎との出会いで、運命が変わったと話してくださった方がいます。

とある輸入車販売会社のセールスパーソンだった方も、そのひとりです。

太郎は車が大好きで、「これは!」という車はローンで購入して、ドライブすることが趣味でした。中でも好きだったのがポルシェです。

太郎はアメリカ留学から帰国した翌年、がんと告知された状況下でしたが、ポルシェのショールームにわたしたち家族も連れて足を運びました。

ピカピカに磨かれたポルシェ911を真剣に見つめる太郎に、さわやかな笑顔が印象的なセールスの方が話かけました。太郎も車の性能について次々と質問をし、その瞬間は病気であることを忘れているのではないかと思わせるほど、うれしそうでした。

すると、あまりにも太郎が楽しそうだったからか、セールスの方が「試乗してみませんか?」と言ったのです。

太郎は目を輝かせて「いいんですか!」と即答。わたしと娘はショールームに残り、太郎は意気揚々とセールスの方と試乗車に乗り込んで、ショールームをあとにしていきました。

写真=iStock.com/dikushin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/dikushin

■「家庭を持っている人の中での一番であれば十分」

ここからは、太郎が亡くなったあとに、セールスの方から聞いた話です。

高速での運転を体感するため、向かった先は第三京浜。車内でセールスの方から車の説明を受けながら、ハンドルを握る太郎が「営業成績いいでしょ?」と聞いたそうです。

当時、彼は常時全国のセールスランキングで3位にランクインするほどの若手ナンバーワンと言われるエースだったそうです。結婚もされ、仕事と家庭の両立も意識して仕事をしていたので、「わたしはトップをめざしてるわけではなく、家庭を持っている営業の中でのナンバーワンであれば十分なんです」と自信満々に答えたそうです。

すると太郎は顔つきが変わり、アクセルを一段踏み込みながら意外な反応を示したそうです。「それだったら、もう辞めたほうがいい」「やるんだったらナンバーワンをめざすべきだ」「そのほうが格好いいし、楽しいはず」。

太郎とはまだ出会ったばかりで彼はその唐突な言葉を受け、とまどいを感じたのは言うまでもありません。

■家族を言い訳に自分の可能性にフタをしていた…

しかし、太郎の真剣な眼差しに、彼は自分に言い訳をし、自身の可能性に自らフタをしてしまっている弱さを見透かされたような気分になったそうです。そして、「やろうと思えばできるし、たとえできなくても、やろうと思わないよりマシだ」とエールを送ってくれたとも感じたそうです。

ほんの数分の間ですが、心を揺さぶられた彼は、数年後、「ワークライフバランスを大切にする」という価値観は崩さずに、見事、全国ナンバーワンの成績を残しました。

その後、彼はマネジメントを任されるようになり、今では会社を代表する立場となっています。この彼こそ、ポルシェの正規販売店である株式会社エポカルインターナショナル代表取締役社長の井上達哉さんです。

井上さんは多くの人から相談を受ける立場になった今、「太郎さんが自分にしてくれたように、ひとりひとりのことを真剣に考え、その人のためを思ってのエールをしっかりと伝えるように心がけています」と話してくれました。

■ひとつひとつの出会いに意味を見いだす

第三京浜を走る、わずか数分の出会いでも人生が変わるのです。

杉村貴子『たとえ明日終わったとしても「やり残したことはない」と思える人生にする』(日本実業出版社)

あなたにも、たくさんの運命の出会いがあったはずです。その出会いが、今のあなたをつくり、確実にあなたの人生のテーマにも影響を与えているはずです。

すべての人に、人生のテーマがあります。そのテーマこそがあなたの人生に意味や意義(Meaning)を与えてくれます。

「Meaning」とは、何も壮大なものである必要はありません。これまでのひとつひとつの出会いにも、必ず意味があります。その出会いに意味を見いだすことができると、そのつながりは唯一無二の「ご縁」として認識されていくのです。

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杉村 貴子(すぎむら・たかこ)
Well-being Academia代表
青山学院大学経済学部卒業。大学時代、テレビ朝日のお天気キャスターやスポーツリポーターとして活動したのち、1997年に日本航空にCAとして入社。1998年に『絶対内定』の著者であり、ジャパンビジネスラボ/我究館(日本初のキャリアデザインスクール)の創業者・杉村太郎と結婚。2000年に夫のハーバード大学ケネディスクール留学を機に渡米。帰国後、証券アナリスト(CA)としてBS朝日のニュースキャスターを務め、上場企業の経営者100人にインタビューを行い経済誌にも連載を持つ。夫の闘病を機に、大和総研に入社。杉村太郎没後、2014年よりジャパンビジネスラボの代表取締役に就任。2017年に自分らしい生き方を支援するスクール「ワーク・ライフデザイン」を設立。2019年にポジティブ心理学の創設者であるマーティン・セリグマン博士と幸福学研究の権威であるエド・ディーナー博士に師事したのち、Well-being Academiaを起ち上げる。
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(Well-being Academia代表 杉村 貴子)